さらば使い捨て経営(3)

ということで昨日の続きで日経ビジネスの特集「さらば使い捨て経営」のPART3をみていきたいと思います。PART3は先進事例紹介と全体のまとめにあてられているのですが、事例はとばしてまとめを見てみましょう。「「採用氷河期」が到来」という見出しが躍っています。書き出しを結びを。

 「我が社の一番の財産は『人財』です」。こう公言する経営者は多い。だが、バブル崩壊後の日本で横行してきたのは、むしろ人材を使い捨てるような経営だったのではないか。
 「派遣切り」「ブラック企業」そして「追い出し部屋」…。こうした言葉が流行語になるほど、日本の労働環境は雇用する側に有利であり続けた。使える正社員だけを厚遇し、いつでも契約を打ち切れる非正規社員を増やして人件費を抑制してきた。そのツケは「超」が付く人手不足時代に“倍返し”で払わされることになる。
…不安定な境遇に押し込まれていた非正規社員を限定正社員として雇えば、当面の採用難はしのげるだろう。しかし、新たな問題を生む可能性がある。
 従来、非正規社員と正社員に待遇の格差があることは労使双方の暗黙の了解事項であった。だが、限定とはいえ「正社員」に昇格した途端、働き手は待遇面の比較を始めることになる。イオンの元人事担当者で神戸大学大学院経営学研究科の平野光俊教授は「自覚していなかった不満が覚醒してしまう恐れがある」と指摘する。パンドラの箱は開かれてしまった。
 いずれにしても、労働環境が「超」売り手市場となる近未来、労働者側が給与だけでなく福利厚生や管理職への昇格など働く条件を総合的に比べて会社を選ぶようになるのは必至だ。その影響は新卒採用だけでなく、中途採用にも広がる。
 そうした時代の到来を視野に抜本的な対策に乗り出した企業を、本特集では紹介した。非正規と正規の人事制度の垣根をなくし、37万人の全従業員の力を引き出そうとしているイオン。パートを管理職登用の中核に捉え、全従業員の労働意欲を劇的に改善した西友。そして期間工の待遇を引き上げて、「人を大事にする経営」を態度で示したコマツなどだ。
 いずれの企業も目先のコスト増をいとわず、中長期的な視点で自社の競争力を引き上げるために人事制度の改革に取り組んでいる。人材を財産と考えているならば、むしろ当然の帰結と言えるかもしれない。
 残された期間は少ない。貴重な「人財」を生かす経営に、本気で舵を切らなければ、企業の方が「使い捨て」にされるだけだ。

どうやら記事は限定正社員を否定したい、その問題点を指摘して警鐘を鳴らしたいという俗物的な野心こらこらこら、いや高邁な理想に燃えておられるようですが、大いに空振っているというか外しているようです。なにが外しているかというと、人材育成やキャリア形成に目を向けずに、労働条件(もっぱら賃金)ばかりに着目しているところです。
特集は「使い捨て」を連呼するわけですが、何をもって「使い捨て」と称しているのかは必ずしも明確ではありません。記事は「派遣切り」「ブラック企業」「追い出し部屋」を列挙していますが、やはり記事が「使い捨て」の例としてあげた(のだと思いますが)すき家ワタミはこれらのどれにも該当しません(まあブラック企業は定義次第ですが、今野晴貴氏的な意味でのブラック企業には該当しないはずです(ワタミの桑原社長も一昨日ご紹介したインタビュー記事の中で「厚生労働省が認定する「若者の『使い捨て』が疑われる企業」の調査対象になっていない」と誇って?います。まあ、これは調査対象になってなければいいのか、という気もしますが)。
厚労省の「若者の『使い捨て』が疑われる企業」というのはだいたい今野氏の意味でのブラック企業のことだと思われますが、有期雇用であることをもって「使い捨て」と称する向きもあるようです。これについては記事もコマツの事例の中でこう書いていて、

 製造業において景気循環に伴う需要の波はつきもの。好景気に合わせて正社員を大量に雇えば、不景気に人員を多く余らせてしまうことになる。そこで期間工や派遣など非正規社員を一定割合で採用せざるを得ない。需要の動向に応じて人件費を変動費化できる「調整弁」となる。

このような「調整弁」としての活用を「使い捨て」だ、と批判する意見も世間には相当あるのではないかと思います。ところが、記事はコマツの事例について「非正規という雇用形態を残しながらも、正社員との待遇格差に取り組んできたのが建機大手のコマツ」「コマツの雇用に対する思想は、単に安価な人件費だから非正規の労働力を求めるという、「使い捨て経営」とは対極にある」と書いていて、これは「使い捨て」ではないと明言しています。
ほかにも、日本郵政の事例の中で「もちろん非正規と正規の格差をなくせば、人件費は増える。だが、「従業員のやる気と生産性が高まればコスト増をはるかに上回るメリットがある」」と書いていたり、スターバックスの例の中で「人件費が年間数億円上昇すると試算しつつ」と書いていたり、あるいはきのうご紹介した「雇用が有期から無期になるだけで、労働条件がほとんど改善しないリスク」というのもそうですが、これらを見ると、記事が「使い捨て」か否かを判断するよりどころは結局のところ無期化して人件費・賃金が上がるかどうかであるかのように思われます。
もちろん、そういう考え方もありうるでしょう。しかし、日本企業の人事管理の実態からは、人材育成が行われるかどうか、キャリアへの配慮があるかどうかという点のほうがはるかに重要でないでしょうか。たとえば、リクルートの3年有期契約は有名ですが、あれを「使い捨て」という人はあまりいないだろうと思います。それは結局、リクルートが自信を持ってその3年間に労働市場で価値ある人材に育ちますと言い、実際そうなっているからでしょう。
記事をみても、イオンの例でも西友の例でも、パートから正社員になって仕事の幅が広がって管理職になって店長になって…というキャリアの話が中心で、これ(とその背景にあるOJT)がポイントであることは容易にわかりそうなものです(というか取材のときにそう言われているのではないかと思う)が、なぜかそこは見過ごされています。さらには、パートから正社員になった人は店舗ないし地域限定の限定正社員であり、かつ最初から正社員入社した人と較べれば昇格のスピードも緩やかなスローキャリアになっているのではないかと思います(今ウラをとったわけではないので自信なし)。両社とも十年の実績があり、限定正社員の先行例であり成功例であることは間違いなく、おおいに参考となる・すべき事例だろうと思うのですが、記事が無限定正社員となんら違いがないかのように書いているのは恣意的というか、実態と異なるように思います。
想像するに、記事は限定正社員には否定的ではないものの、解雇が容易になるとか労働条件が低位におかれるということには不満があるようで、それで解雇と労働条件にフォーカスした議論を展開しているのでしょう。気持ちはわからないではありませんが、結局のところ労働条件や雇用の安定と技能やキャリアとが不可分だというポイントをおさえていないので、結果的に大いに空振っているように思われます。
なお細かい話を2点ほど。記事はサンリフレホールディングスという会社を好事例として紹介しています。同社のウェブサイトによると社員は64人、年商19億円で「横浜発のベンチャー企業 高い建築施工技術とIT、そして物流ノウハウの融合で、新しい住宅設備機器産業のリーディングカンパニーを目指して参ります」という企業のようです。ちなみに昨年秋にも注目企業として日経ビジネスで取り上げられているようです。
ただ、

 住設機器のリフォーム工事。見積もりを取って工事を頼んだら、当日よく分からない工事が追加されて予算オーバー。こんな経験をした人も少なくないだろう。その原因は、業界が抱える構造にある。
 例えばトイレを取り換える工事の場合、発生する作業は壁紙の張り替えや付随する電気工事、そして配管工事など多岐にわたる。これだけの作業を1人でこなせる職人は少ない。そのため多くのリフォーム業者は作業ごとに施工を外部委託することになる。そのためトイレやコンロの交換など少額のリフォームでは採算が合わない。そこに不透明な追加工事が頻発する要因がある。
 サンリフレがこの問題を解決できた理由は同社の雇用形態にある。同社の施工スタッフは、正社員もしくは同社の仕事しかしない専属スタッフのみ。外部業者は利用しない。

外部委託しないところに惚れたのでしょうが(いやそれはたぶん大変な好事例なのだろうと思いますが)、しかし人事管理的には「正社員もしくは同社の仕事しかしない専属スタッフのみ」というのは大丈夫なのかなあと思うことしきり。いやINAXメンテナンス事件とか労働者性ガーという話があるわけで、あれも発端は非専属の業者さんが非純正品を使ったトラブルでしたから専属が大事だという話でもあるのですが、いかに「同社の仕事しかしない」とは言っても常識的に外部業者でしょと思わなくもありません。
もうひとつ、技術系人材派遣大手のメイテックの事例も紹介されていて、

 “低賃金”の象徴と思われがちな派遣労働者の中でも破格の評価を得ている人たちがいる。エンジニア派遣大手のメイテックの従業員だ。エンジニアを1時間派遣して得られる平均単価は、2013年3月期に初めて5000円を突破。2014年3月期は5022円となり、4期連続で上昇している。
 約5兆円の人材派遣市場の中でも技術者派遣は特別な領域となっている。高度な技術や資格が必要であるため派遣会社が正社員として技術者を雇い、顧客であるメーカーの研究開発部門に派遣する。こうした技術者の単価は3300円程度と一般事務職より2〜3倍も高い。その中でもメイテックのエンジニアの単価は、業界平均より5割以上も高い水準で推移している。
 高単価の秘密は、エンジニアが貪欲にスキルアップに励む仕組みにある。それが2002年にメイテックが導入した「ベストマッチングシステム」だ。
 このシステムにはエンジニアが習得している技能や職務経験などがすべてデータベースとして記録されている。それらの情報に基づき顧客企業が求めるエンジニアを素早く選び出せる仕組みになっている。
 ポイントは年間に3000件を超える顧客からの派遣依頼情報を、エンジニア側に包み隠さず公開したこと。顧客が外部のエンジニアに求めている技能や業務経験などの条件が単価も含めてガラス張りになっている。これを見れば、単価の高い仕事を受注するには自分がどんな経験やスキルを身に付ければよいかが分かる。

この「ベストマッチングシステム」は、実は労働組合が主導して労使で作り上げたものだということは、ぜひ強調してほしかったなあ。顧客からの派遣依頼情報を公開するというのは、労使関係の中だからこそできたことではないかと思います。当時は労働組合活動の先進事例とされていましたが、派遣自体がけしからんという論調の中で風化してしまったのでしょうか。残念な話だと思います。