「3点セット」のなぜ

働き方改革実行計画について連投していたところ読者の方からYahoo!Japanニュースに掲載された上西充子先生の記事についてのコメントを求められました。
「働かせ方改革」ならぬ「働き方改革」のためには、「残業代ゼロ法案」の撤廃と「休息時間確保権」の保障を
たいへん興味深い問題提起や提案が含まれており、また議論を整理する上でも有意義かと思いましたので、だいぶ遅くなってしまったのですが以下書きたいと思います。まず、この論考の論点として以下のとおり整理されています。

 1つは「働き方改革実現会議」のメンバー構成や会議の様子からこの会議の性格を把握したうえで、既に国会に提出されている労働基準法改正案(残業代ゼロ法案)の成立に向けた動きに警戒する必要性である。
 もう1つは、努力義務としてこの実行計画に含まれることになった「勤務間インターバル制度」(休息時間の確保のための制度)を普及させていくことの重要性である。
https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20170402-00069430/
(以下同じ)

ひとつめは「この会議の性格」と「労働基準法改正案」のふたつに分かれるように思われますので、まず前段について見ていきます。

…決定された「働き方改革実行計画」は、冒頭に「1 働く人の視点に立った働き方改革の意義」という見出しを掲げ…ている。…しかし果たしてこの会議は、「働く人の視点」に立って設けられたものだろうか。メンバー構成を見ると、多いに疑問がわく。
…全24名のうち、政府関係者が9名、有識者が15名である。有識者15名のうち、…実に7名が産業界から選ばれており、労働界から選ばれた者は…連合の神津会長ただ1人だ。これで「働く人の視点に立った働き方改革」を検討するにふさわしい人選と言えるのだろうか?
 「働き方改革」を謳いながらも、この人選では「働かせ方改革」ではないのだろうか、という疑問がわく。

これはなかなか興味深い問題提起で、たしかにそのように見えるかもしれません。
ただ、実際に会議の中で果たされた各人のお役目というか役回りを見てみますと、女優の生稲晃子氏とジャーナリストの白河桃子氏はかなりはっきりとプロレイバーの立場を取っておられます。さらに産業界のメンバーについても、岡崎瑞穂氏、新屋和代氏、田中弘樹氏は働き方改革の先進事例の紹介のために召集されたこともまずまず明らかでしょう(ちなみに新屋氏は定義上は労働者)。残る産業界のメンバーは金丸氏がベンチャーの、大村氏と三村氏が中小企業の、榊原氏が大企業の代表というところで、労働界と異なり経済界はナショナルセンターが統一されていないという事情の違いではないかと思います。連合に加えて全労連をメンバーにしようとか、未組織労働者の代表(誰?)を入れようとかいう話は連合としては耐えられないのではないかと(ただ人数バランスという観点からゼンセン同盟とか有力産別の代表を加えるといった配慮はあってもよかったかもしれない)。なお中小企業代表が2人いるのは重複のようですが、これはおそらく働き方改革の実行上重要な取引慣行適正化で中央会と連合が協働して取り組んでいるからではないかと推測します(形としてはあるいは実行会議のほうが先行していたのかもしれませんが)。
ちなみに研究系のメンバーについては樋口先生と岩村先生は労政審会長・同労働条件分科会長というお立場で巻き込まれたものと想像されまずが、残るメンバーについては水町先生は同一労働同一賃金が実現できると主張するおそらく唯一の労働研究者として動員されたものであり、高橋氏も武田氏も基本的には働き方改革をプッシュする立場での参加でしたので、私の感想としては上西先生が言われるほどには均衡を失してはおらず、むしろ会議の趣旨を考えればことバランスだけを考えればまずまずの人選ではないかと思っています。
ここでわざわざだけと強調したのはもちろん他の面で問題があるからであり、まず最も問題なのは15人の有識者のうち労働の専門家というのは樋口先生、岩村先生、水町先生と神津会長の4人しかいないという点です(まあ生稲氏は病者労働に限れば専門家かもしれませんが)。他のメンバーの方々はもちろんどこからも文句の出ない立派な有識者ではありますがしかし労働の専門家ではないわけであり、それでこれだけ幅広な論点をこんな短期間でやるというのですから出てくるものがお粗末になるのは当然の帰結と申せましょう。まあもちろん平場ですべての議論がされるというわけではなく、予備的な議論はそれなりに重ねられてはいたのでしょうし、その中では官僚や研究者などの専門性も動員されていたとは思うのですが(ものによりますがすでに検討の蓄積が相当あるわけで)、それでもやはり(4回にわたって長々と書いてきたように)平場でそれなりに議論された案件でも有意義な内容になったのはほぼ労働時間の上限規制のみであり、同一労働同一賃金の話はダメダメですし、あとは役所がすでにやっているかやると決まっている・やろうとしている話がほとんどという代物ですからな。
結局のところ政労使のバランスと言ってもしょせんはそれらしい体裁になっているというだけのことであり、本気で政策を議論するならやはり公労使三者の専門家で・労使同数で構成された労政審のような組織でやるべきだということであってそこは私も上西先生に同意です。でまあ労働時間の上限規制については上西先生も言われるようにこれから大きく変わることはないだろうと思いますが、その他の部分は労政審できちんと議論されまともに方向付けされていくものと私は期待しています。
さて次の「労働基準法改正案」については、上西先生はここについては高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しについては労働サイドは合意していないと指摘され(これは事実)、これら制度をさんざんdisった上でその成立を阻止すべきと強く主張しておられます。
これら高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しについての私の意見はこのブログでも過去さんざん書いてきたとおりで、簡単に申し上げれば「透明かつ予見可能性が高く労働者保護に欠けないホワイトカラー・エグゼンプション的制度は必要だが、今回の法案は基本的な性格付けに問題があってあまり評価できない」というものです(前段の「必要」について「不要」とする人は高級官僚や大学教授の働き方を想起すること)。つまり、本来この制度は目先の残業代より将来のキャリアのほうにはるかに関心が高く「私の仕事は時間の切り売りではありません」という高度なハイパフォーマーとその予備軍が「働き過ぎ」にならない範囲で思う存分働ける制度であるべきなわけですが(だからイノベーションにもつながるわけで)、「成果で評価」「短時間・高密度に働いて生産性向上・労働時間短縮」などといった残業代ドロボー対策的な発想に囚われて本来の趣旨を忘却している点が労基法改正法案の最大の問題だと考えています。そういう意味では今回の実行計画がこれについて「創造性の高い仕事で自律的に働く個人が、意欲と能力を最大限に発揮し、 自己実現をすることを支援する労働法制が必要」と書いているのは私としては高く評価しているところで、まあ自己実現という用語は手垢がついていてどうかねえとは思うものの、これが能力の向上とキャリアの形成を意味しているのであれば一応そのとおりとも思うわけです。とはいえ過去あれだけ残業代ドロボー対策論を垂れ流してきたことを考えると依然として正直これじゃあ労働者保護に欠けるとの不安を与えるのも致し方ない部分はあるよねえという感も残り、上西先生がとってつけたように感じられておおいに警戒されるのもわからないではありません(ただ現実には対象業務をかなり厳しく絞り込んでいるので(いやなにを震え上がっているのかと思うくらいで)実用的には使えないんじゃないかとも思っているのですが)。産業競争力会議の長谷川主査ペーパーとか、罪深いことをしてくれたもんだなあといまさらながらあらためて。
いっぽうでたしかにブラック企業もあれば今般の電通のようなブラック職場もあるわけですが、そこで行われているのは端的に法違反であって監督行政の強化徹底で対処すべき問題であり、そういうのがいるからといってまともにやっている企業や職場まで規制緩和を阻止されるのもかなわないなあとも強く思います。法律家の先生方はどうしてもことを法制度で解決しようとされる傾向があるように思うのですが、法違反の問題には監督行政が対応するのが筋の面でも実効性の面でも正論であって若干戦い方を誤っているような気もしなくはない。
さてそれはそれとして、今回の話との関連で議論の整理が必要だなと思ったのは、今回の話は労働時間の上限規制を実施するにあたっての「新たな規制+その適用除外範囲」という枠組みが加わった、という観点を踏まえる必要があるという点です。
どういうことかといいますと、従来は36協定の特別条項を使えば事実上労働時間の上限規制はないに等しい状態だったわけですが、そこに新たに原則月45・年360時間、例外月100・複数月平均80時間(休日労働を含む)という規制が導入されることになった。そのとき、この規制を一切の例外なくすべての労働者に適用するかというと、さすがにそうではないだろう。いやもちろん一切例外を認めないという考え方もあり得るかもしれませんが、しかしまあ100人の部下を率いる部課長や、大学教授やキャリア官僚までこの規制で縛るのがいいと思う人というのもそれほど多くはないのではないかとも思います(いや私だって一介のヒラ社員ですがこんな規制マッピラですし。他人にどうこうしろというつもりはありませんが)。実際、働き方改革実現会議でも議論があったように、現行の限度基準で適用除外となっている運輸・建設および新技術、新商品等の研究開発の業務などについては今後も(運輸・建設は当面ですが)適用除外になるとされています。これに加えて、高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しとかいうのは、従来であれば割増賃金支払の話に過ぎなかった(いやもちろんそれだけでも重大事だが)わけですが、今回は労基法42条2号の管理監督者なども含めて上限規制の適用を免れる特権階級の範囲を定めるという性格も持つようになったわけです。要するに、ここで適用除外とされている「新技術、新商品等の研究開発の業務」では部課長やキャリア官僚や大学教授は救済できないよねえという話であり、部課長はまあ労基法41条2号、キャリア官僚は国公法附則16条で救済できるとしても大学教授は困ったことになる可能性があります。なにかというと以前書いたように現行制度を厳格に適用すると大学教授の相当割合は裁量労働を適用できない可能性が高いからです。

  • 厳密にいうと大学教授については限度基準が目安時間だったころの行政解釈で「新技術、新商品等の研究開発の業務」に該当するものとして「自然科学、人文・社会科学の分野の基礎的または応用的な学問上、技術上の問題を解明するための試験、研究、調査」が例示されているので上限規制についてはこれで救済できる可能性はあります。ただしではなぜ限度基準になったときにこれが廃止されて放置されているのかという問題はあり、また学務も教育も例示されていませんので専門型裁量労働制で問題となる「主として研究に従事するものに限る。」がここでも問題になる可能性もあろうかとも思います。

そこで私は民間の政策屋なので(一般論として)国民の自由を制約する規制は抑制的であるべきだと考えており、今回の上限規制も必要・適切な範囲にとどめてほしいと思っているわけですが(繰り返しになりますが私自身こんな規制マッピラですし。まあ実態としてそこまで働くことはもうなかろうとも思うわけですが規制されているということ自体が不愉快)、しかし働き方改革実行計画には「現行制度で対象となっている範囲を超えた職種に拡大することのないよう、その対象を明確化した上で適用除外とする」と書かれているわけだorz。まあことの経緯からして政治的に致し方のないところだったのでしょうがしかし軽率だなあとも思う。上限規制そのものの適用除外にするほうが割増賃金が支払われる分はるかに筋がいいわけですよ。そこで手を縛ってしまったものだから、あまり筋がよくないけれどすでに提案されている高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しでそれに代えようという「3点セット」論になってしまっているわけですね。上西先生は「抱き合わせ」と憤られるわけですがしかしそうなるのにはそれなりに理由があるというか致し方ないのかなと。何度も言ってるけど短期間であれこれやろうとするからこういうことに(ry
なので、上西先生はものすごく悪いことが行われようとしているように書かれていますが、本質的には大臣告示による行政指導を罰則付きの強行法規として大幅に規制強化するわけなので、その適用範囲については従来より抑制的に考えることが必要だという、これ自体はかなり常識的な話ではないかと思います。もちろんそれが高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の見直しでいいのかといえば、私自身は上でも書いたようにもっとうまいやり方はあるだろうと思っていますが、しかしそれに伴う懸念は一部で喧伝されているのに較べればかなり小さいとは思いますので、まずはやってみて評価して必要に応じて見直すのかなあとも思っています。まあ労政審の場で公労使の専門家が議論すればいいのではないでしょうか。
勤務間インターバル制度については、健康確保の観点からは上限規制より優れた点が多いとのご指摘は同感するところです。ひっくりかえせは事実上の上限規制にもなるわけですしね。これについても過去繰り返し書いているように必要な人に必要な規制を行うことが重要であり、自動車運転者についてはすでに事実上のインターバル規制が導入されていますし、(一般論として)交替制勤務や危険有害業務などには積極的な導入がはかられることが望ましいと私も思います。ここで重要なのは現場の実態に通じた労使による協議・交渉を通じて適切に実現していくことであり、今回の実行計画がこれを努力義務としてまずは労使の取り組みを促すものとなっていることは適切だと思います。
その関係で私がたいへん興味深く思ったのは上西先生の「「休息時間確保権」という言葉を提唱してみたい」とのご提案で、なるほどそういう考え方もいいのではないかと思いました。つまり、勤務間インターバルを導入する過程では「労働者が11時間以下の勤務間インターバルを請求した場合には、使用者はそれを与えなければならない」という権利として設定するという段階もありうるのではないかと思ったわけです。これなら私のようにそんな規制はマッピラだねという人は請求しなければいいだけの話ですし、災害等臨時の必要の例外規定とノーワークノーペイ原則が確保されれば経営サイドもそれほど抵抗はないのではないかと思われます(さすがに健康確保目的なので年次有給休暇の時季変更のような「事業の正常な運営を妨げる」まで広げることはできないと思う)。まあ労使間の力関係を考えれば「請求しにくい雰囲気ガー」という声はあがるだろうと思われますが、しかし労使の努力で勤務間インターバルを普及拡大していくプロセスにおいては一つのステップとして十分にありうる考え方のように思われ、おおいに労使で実情に応じた知恵を出してほしいと思います。
ということでご質問いただいた方の意図に沿ったご回答になっているかどうかは自信のないところではあるのですが、私としてはたいへん有益でしたので情報提供感謝です。