ヤマト運輸、労使で業務負荷を調整

適正な法規制の導入というのももちろん大事だと思いますが、個別労使のこうした取り組みを積み上げることはさらに重要、かつ結局は実効的なのではないでしょうか。今朝の日経新聞から。

 ヤマト運輸労働組合が2017年の春季労使交渉で初めて宅配便の荷受量の抑制を求めたことが22日、わかった。人手不足とインターネット通販の市場拡大による物流危機で長時間労働が常態化。「現在の人員体制では限界」として、要求に盛り込み、会社側も応じる方向だ。深刻なドライバー不足を背景に、広がるネット通販を支えてきた「即日配送」などの物流サービスにきしみが生じている。ヤマト運輸労働組合は…18年3月期の宅配個数が17年3月期を上回らない水準に抑えることを求めており、会社側も応じる方向だ。労使一体で働き方改革に乗り出す。
 具体的には、ネット通販会社など割引料金を適用する大口顧客に対して値上げを求め、交渉が折り合わなければ荷受けの停止を検討する。ドライバーの労働負荷を高めている再配達や夜間の時間帯指定サービスなども見直しの対象になる可能性がある。人手不足は物流業界共通の課題のため追随する動きも出そうだ。
(平成29年2月23日付日本経済新聞朝刊から)

正直、きのうのプレミアムフライデーもそうでしたが最近はなんでもかんでも「働き方改革」にされてしまう感があり、今回のこれも働き方という質的な問題ではなく人手不足という量的な問題でしょう。そもそも、業務量とそれに応じた人員計画、残業計画といったものはもとより労使間の最重要のアジェンダのひとつであり、現実にも労使関係が安定し成熟した大手製造業などでは定常的に協議され、どうしても人手が足りなければ操業を低下させるという対応も取られているわけです。
これに対して、運輸やサービスでは業務が顧客の要請に大きく左右されがちなため人員計画や残業計画の立案・運用が難しいことが問題であり、昨年末に発生した佐川急便の大規模な遅配(https://netshop.impress.co.jp/node/3805)もその結果だろうと思います(記事によればヤマト運輸も「昨年末は急増した荷物をさばききれず一部で配達の遅延も生じた」ようです)。
そこで今回の組合の要求は「これ以上仕事を増やしてくれるな」というものであり、会社の対応も「大口顧客に対して値上げを求め、交渉が折り合わなければ荷受けの停止」ということですから、まあ働き方改革で生産性向上して労働時間短縮といった話ではありません(もちろんIT投資などは別途行われるものとは思いますが)。
結局のところ、これは人事管理の問題というよりは(もちろん人事管理の問題はあるにせよ)その背景にある商慣行、取引慣行の問題であり、端的にはサービスの水準に見合った価格設定になっていないという問題だろうと思うわけです。サービスの価値以下の価格で提供すればたくさん売れるのは当然であり、その結果として人手不足になるのも当然でしょう。人手を確保するためには労働条件を上げることが必要であり、そのコストが適切に転嫁された価格がサービスの価値に見合った価格だということになりましょう。記事は「人手不足は物流業界共通の課題のため追随する動きも出そうだ」と書いていますがもちろん企業にはカルテルはできません。いっぽう労働組合は一種のカルテル的なこともできるので、そういう意味では業界最大手の労使がこれに取り組むことはきわめて意義深く、産別組織(運輸労連かな)にもおおいに奮起してほしいところです。
ただ簡単ではないだろうなと思うところもあり、送料というのは(基本的には最終的な負担者である)消費者にとってはややわかりにくい側面があることは否めません。さすがにこれだけインターネット通販が普及してくればかつてのZOZOTOWN炎上事件のときのような「送料がかかるなんて思ってませんでした」「別に送料取られるなんで詐欺みたい」みたいな人はもういないでしょうが、本体価格はぐっと抑える一方送料は実勢より高く設定して送料でさやを抜くご商売というのもあるようであり(いや悪いたあ言いませんがもめ事の原因になっていることも事実)、逆に送料も本体価格に織り込んでしまって送料無料をウリにしたり、一定額以上については送料無料をサービスにしたりするのはむしろ当たり前に見られるものでしょう。消費者にとってみると適正な送料というのが見えにくくなっているなとは思うところです。
というのも、記事によると「ドライバーの労働負荷を高めている再配達や夜間の時間帯指定サービスなども見直しの対象になる可能性がある」とのことですが、これも見直すとすれば料金で対応ということも考えられるわけです。再配達には追加料金(あるいは拠点まで取りに来てください)、夜間の時間帯指定は別料金といった方法ですね(あるいは夜間の時間帯指定はやめてしまうとか。もっとも時間帯指定は在宅確率が高まると思われるので生産性への寄与は微妙なような気もしますが)。これもサービスに見合った価格ということにはなると思いますが、しかしますます複雑化して消費者の反発を招く危険性もありそうです。
さて記事によれば、ほかの交渉事項としてはこうなっているそうで、

 ヤマト労組は宅配個数の抑制と併せて退社から次の出社まで10時間以上あける「勤務間インターバル制度」の導入も求める。宅配便は基本的に午前8時から午後9時までに配達しており、ドライバーや荷物の仕分け担当者は交代制で勤務する。だが、荷物の増加に処理が追いつかず、早番の勤務者が夜まで残って作業することがあるという状況の改善を目指す。
 ヤマト労組は賃上げについては定期昇給相当分とベースアップの合計で前年と同じ組合員平均1万1000円(前年の妥結額は5024円)を要求。陸運の賃金水準は他業界に比べて低く、ここ数年要求額を増やしてきたが、働き方改革を優先して要求を据え置いた。

賃上げについては、「働き方改革」というよりは得意先に値上げ要請をする以上はそれほど高い要求もしにくいという自主規制なのではないかなあ。なんかデフレ的だなあと思わなくもありませんが、まあそれだけ業務量抑制が切実で優先順位が高いのだということなのでしょう。賃上げより大事なのだ、という判断であれば交渉の作戦上十分ありうるものだと思います。
インターバル規制についても、過去このブログでも繰り返し書いているとおり現場の実情と必要に応じて設定すればよいのであり、こうした就業実態がある中で現場をよく知る個別労使が協議交渉のうえ合意に達するのであればたいへん立派なことであり尊重されるべきものと思います。それがコストアップにつながるとしたら(まあこのあたりは生産性向上努力で吸収してほしいという気はします…無責任な他人事ですが)、やはり価格に反映するということも考えられるわけで、最初に戻ってこれも含めて価格交渉だという話でしょう。なかなかチャレンジングな取り組みですが、奏功すれば付加価値が拡大することで生産性が向上するという好ましい形が実現するということでもありますので、おおいに注目したいと思います。多少送料が上がっても文句言わないぞ(笑)