春季労使交渉回顧(3)

引き続き春季労使交渉回顧を書いていきます。今回の春季労使交渉では、時間外割増率の引き上げへの取り組みも行われました。

 長時間労働の抑制を狙った残業代引き上げも連合側の要求の柱だった。しかしこの点では、「かつて残業代の割増率を上げた際、残業減につながらなかった」(日立製作所)という経営側の言い分を、労働側は突き崩せなかった。人手不足感が強い鉄鋼など一部を除き「継続協議」となり、春闘後に労使交渉を行うことになった。
(平成20年3月13日付読売新聞朝刊から)

中でも電機連合は共闘を組んで「「交渉の4分の3を時間外割増率に費やした」(電機連合の中村正武委員長)ほどの熱の入れようだった」(平成20年3月13日付産経新聞朝刊から)とのことですが、有額回答は得られなかったようです。

 電機大手の今春の労使交渉で大きな焦点だった「時間外手当の割増率引き上げ」は、主要十五社のすべてで議論が平行線に終わり合意に達しなかった。各社とも「継続協議」とする。割増率引き上げで企業側のコスト意識を高め、長時間労働の是正を進めたいという組合側の主張に対し、経営側は「電機各社の割増率はすでに高い。労働時間短縮の必要性は理解するが、コスト増につながるだけ」と否定的な姿勢を崩さなかった。
(平成20年3月13日付日本経済新聞朝刊から)

ただ、電機各社のように労使関係が安定・成熟している企業の労使では、要求事項について「継続審議」ということは基本的には「いずれ何らかのことはする」という意味だと考えていいでしょう(そうでもないのか?)から、現時点ではともかく将来的には引き上げが実現する可能性は高いものと思われます。
また、鉄鋼ではきのうも紹介したように、一定の前進がみられましたが、これも範囲は限定的なものにとどまったようです。

 新日本製鉄など鉄鋼大手五社は今春の労使交渉で、休日手当や深夜手当を増額することを決めた。休日手当の現在の割増率は新日鉄が三七・五%、JFEスチールなど四社が三五%。これをそろって四〇%にする。深夜手当は五社とも割増率を現行の三〇%から三三%に引き上げる。各社ともすでに労働基準法が定める二五%を上回っているが、さらに上積みする。四月から実施する。
 いずれも三交代制で連続操業する製鉄現場の従業員に報いる内容だ。各社は手当の増額を事実上の賃上げとする。労組によると一人あたり月額千五百円程度の賃金改善に相当するという。残業代(過勤務手当)については増額を見送った。新日鉄の平山喜三常務執行役員は「増額したからといって労働時間が減るわけではない」と説明した。
(平成20年3月13日付日本経済新聞朝刊から)

これはなかなか面白いところで、製鉄所は24時間・365日連続操業なのでどうしても一定の休日出勤や深夜業が避けられません。もちろん休日出勤や深夜業はないにこしたことはないわけですが、こうした事業上どうしても避けがたい、調整できないものについては手厚く報いていこう、という考え方でしょう。逆にいえばこれら休日出勤・深夜業は割増率をいくら上げても減りもしなければなくなりもしない(もちろん、単価が高くなれば自動化投資などの損益分岐点が下がるから省人化が進み、それによって休日出勤等が減少するということはあるでしょうし、それが望ましい道筋だろうとも思いますが)、そこを引き上げようというわけです。ちなみに、金属労協各社から1日遅れで回答が示されたJR東海でも「休日に臨時勤務した場合の超過手当の割増率を35%から50%へ引き上げることも決めた」(平成20年3月14日付毎日新聞朝刊)そうですが、これまた列車運行上必ず必要となる休日勤務への配慮といえましょう。
で、鉄鋼に戻りますと、一般的な残業代については「増額したからといって労働時間が減るわけではない」から引き上げない。これは電機での経営サイドの「かつて残業代の割増率を上げた際、残業減につながらなかった」とも通じるものがあります。やはり経営現場の実感としては割増率の引き上げは時間外労働へのインセンティブの増額であり、時間外労働を減らす効果は期待しにくいということのようで、連合の主張する「長時間労働の抑制を狙った残業代引き上げ」という理屈はなかなか通用しにくいのではないでしょうか。
もちろん、割増率の引き上げは労働条件の改善にほかなりませんから、労組がそれに取り組むことは十分ありうるものと思います。ただし、それは「長時間労働の抑制」といった無理な理屈ではなく、「長時間労働した人はもっと多く報われるべき」という意志のもとに進められるべきものでしょう。実際、たくさん時間外労働をしてたくさんおカネをもらいたい、割増率が引き上げられたならもっと喜んで時間外労働をしたい、という組合員もかなりの数でいるかもしれませんから、そうした要望に沿った運動に取り組むのも労組としてひとつの考え方ではあるでしょう。長時間労働の抑制に関しては、各単組が36協定の見直しや運用強化、あるいは定員の増員要求などを通じて取り組んでいくのが正論ではないかと思います。