働き方改革で副業拡大?

昨日の朝日新聞が1面で大々的に報じておりましたが…。

 政府は、会社員が副業・兼業をしやすくするための指針づくりに乗り出す。会社勤めを続けながら、勤め先に縛られない自由な発想で新しい事業を起こしたい人を支援し、経済の活性化につなげるのが狙い。24日に開く「働き方改革実現会議」の会合で、副業・兼業の環境整備を進める方針を打ち出す予定だ。
 日本では社員の副業・兼業を就業規則で禁止・制限する企業が圧倒的に多い。「働き方改革」を掲げ、柔軟な働き方への移行を目指す政府内には、一つの企業に定年まで勤める終身雇用を背景に「大企業が優秀な人材を抱え込みすぎだ」との見方が強い。就業規則を見直すときに必要な仕組みなどを盛り込んだガイドライン(指針)を策定し、企業の意識改革を促す。
 副業・兼業を容認するよう法律で企業に義務づけるのは難しいため、容認に伴って起きる問題への対応策などをまとめた手引をつくることで、労務管理の見直しを支援することにした。
 ロート製薬が今年から、国内の正社員を対象に他の会社やNPOなどで働くことを認める「社外チャレンジワーク制度」を始めるなど、副業・兼業を積極的に認める大手企業も出てきた。ロートでは、正社員約1500人のうち100人程度から兼業の申し出があったという。こうした先行事例を参考に、副業・兼業のメリットを指針で示すことも検討する。
 欧米の企業では、兼業を認められた社員が起こした新規事業が大きく成長するケースが目立つ。起業に失敗しても、兼業なら職を失うこともない。これに対し、中小企業庁が2014年度に国内の約4500社を対象に実施した委託調査によると、副業・兼業を認めている企業は3.8%にとどまった。本業がおろそかになることや、過労で健康を損なうことへの懸念が大きいうえに、会社への強い帰属意識を求める企業文化も背景にある。
 副業・兼業の容認が長時間労働を助長しかねないとの懸念もあることから、複数の企業で兼業する社員の働き過ぎを防ぐ時間管理のルールも示す方針だ。
平成28年10月23日付朝日新聞朝刊から)

多くの企業が就業規則で兼業を禁止・制限していることは事実だろうと思います。厚生労働省のモデル就業規則にも「遵守事項」として「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。」とあります(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/model/dl/model.pdf)が、事前に企業の許可が必要、としている例が多いのではないかと思います。記事中にあるロート製薬の事例(「社外チャレンジワーク」というらしい)も会社が「容認・支援します」ということなので(http://www.rohto.co.jp/news/release/2016/0614_01/)、積極的に推奨するという点では珍しいかもしれませんが就業規則的には会社の許可を要するという一般的なものではないかと思われます。
さて、記事では企業が兼業を制限する理由として「本業がおろそかになることや、過労で健康を損なうことへの懸念が大きいうえに、会社への強い帰属意識を求める企業文化も背景にある」と書いていて、まあ帰属意識云々はまったくないとはいわないが主な理由ではなかろうと思います。前2者についてはそのとおりであり、とりわけ安全配慮、たとえば睡眠不足で疲労した状態で就労したことが労働災害につながることを避けるというのは兼業を制限する大きな理由でしょう。
それに加えて、実務面での理由としては労基法38条の労働時間通算規定の問題が大きいというのは大方の人事担当者の賛同を得られるものと思います。労基法38条は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めており、さらに通達で「『事業場を異にする場合』とは事業主を異にする場合も含む」(昭23.5.14基発769号)、「法定時間外に使用した事業主は法第37条に基き、割増賃金を支払わなければならない」(昭23.10.14基収2117号)とされています。この場合、そうは言ってもどちらが「法定時間外に使用した事業主」に当たるのか、どちらが三六協定を締結し賃金の割増分を負担するのかが問題になりますが、これについては「通常は、当該労働者と時間的に後で労働契約を締結した事業主と解すべきであろう。けだし、後で契約を締結した事業主は、契約の締結に当たって、その労働者が他の事業場で労働していることを確認して契約を締結すべきであるからである。ただし、甲事業場で四時間、乙事業場で四時間働いている者の場合、甲事業場の使用者が、労働者がこの後乙事業場で四時間働くことを知りながら労働時間を延長するときは、甲事業場の使用者が時間外労働の手続を要するものと考えられる」との行政解釈が示されています(労働省労働基準局編(2000)『改訂新版労働基準法上』労務行政、pp.489-491)。
まあ理屈はわからないでもありませんが、しかし「事業主は、契約の締結に当たって、その労働者が他の事業場で労働していることを確認して契約を締結すべき」と言われても本人の自己申告によるしかないわけであり、したがって少なくとも会社への届出は求めるという定めは置かざるを得ないでしょう。さらに、行政解釈のとおり割増賃金を計算・負担するには、甲企業と乙企業とが本人の労働時間について連絡を取り合い、時間外労働にあたる労働を確定してその負担を決めるというかなり煩雑な調整が必要になります。加えて、甲企業での就労中に緊急の事由で一時的に乙企業の仕事をした場合(勤務医とかではすでにあるらしい)や、兼業先の1社または2社がフレックスタイム制や変形労働時間制を適用していた場合や、3社以上で兼業していた場合などなどを想定すると頭を抱えるよりないわけで、これが刑事罰になっているわけですからまあ制限したくなるのが普通の神経だろうと思います。
ということで、記事が「兼業を認められた社員が起こした新規事業が大きく成長するケースが目立つ。起業に失敗しても、兼業なら職を失うこともない」と書き、厚生労働省のモデル就業規則が「他の会社等の業務」となっているのも、雇われて働くのはどうかという話でもあるのでしょう。実際、兼業容認・奨励で知られる他の事例(サイボウズとかエンファクトリーとか)でも、具体的な事例は自営(起業)がほとんどのように思われますし、田畑を有する従業員が就労の傍ら営農することは古くから広く容認されてきました。ロート製薬にしても「本業は大切にしながらも、自身の時間を使って(兼業という形で)社会に貢献したいという方のための制度です」となっているので、どことなく自営が想定されているように見えなくもありません。というか、ロート製薬は明確に「条件は、本業に支障をきたさないもの。(就業時間外・休日のみ可能)」としていますので、兼業先の雇用主は基本的に(ロート製薬の所定労働時間が1日8時間であれば)ロート製薬の就業日についてはすべての労働時間に割増賃金の支払を要することになるわけで、それでも雇う企業がどれほどあるかという気がしなくもありませんし、そもそも兼業を制限している企業がロート製薬の社員を雇用するのかという問題もありますし…。
逆に、労基法38条は「労働時間に関する規定の適用については通算」としているのみで休日については定めていないので、休日に兼業しても企業には4週4日の問題は発生しない(もちろん1週40時間の上限を超えれば時間外の問題は発生しますが)ことになります。多くの企業が非正規社員については必ずしも兼業を制限していないのは(割増賃金は基本的に兼業先の問題となるわけで)休日にも別途就労したいというニーズに応じたものだろうと思われます。
いずれにしても記事がいう「副業・兼業の容認が長時間労働を助長しかねないとの懸念もある」というのはもっともであり、「複数の企業で兼業する社員の働き過ぎを防ぐ時間管理のルールも示す方針」とのことですが、であればこの労働時間の通算規定をどうするのかという問題もぜひとも解決してほしいものです(いや「複数の企業で兼業する」というのは普通はいずれも雇われて働くという意味でしょうから)。
というか、正直これは以前からある、既視感の強い議論であり、たとえばもう10年以上前の2004年に開催された厚生労働省の「仕事と生活の調和に関する検討会議」でも「複数就業」が検討課題となり、同年6月23日に発表された報告書にもすでに「労働時間管理の在り方については、本業・副業ともに雇用労働である場合においては労働時間が通算されて労働基準法の規制が課されるのに対し、本業又は副業のいずれかが請負等の自営業である場合には労働時間が通算されないが、この場合の労働時間管理の責任をどう考えるのかといった問題がある」との記載があります(ちなみに労災保険の給付基礎日額の算定についても問題提起がされているのですがこれもほったらかしだな)。これも働き過ぎ防止の観点から問題提起されているわけですが、その当時でも労働時間通算規定の問題点も指摘されていたはずです。
そして、やはりその当時すでに「週40時間制移行後の解釈としては、この規定は、同一使用者の二以上の事業場で労働する場合であって、労基法は事業場ごとに同法を適用しているために通算規定を設けたのである、と解釈すべき」との有力説が存在していたくらいで(菅野和夫(2003)『労働法第六版』弘文堂、pp.254-255、なお最新の第11版にも同じ記載があります)、今回兼業を政策的に奨励するのであれば、この際使用者が異なる場合の労働時間は通算しないという形ですっきりさせた方がいいのではないでしょうか。その上で、労働者が兼業(雇用であれ自営であれ)する場合にはその事実を使用者に報告することを義務付け、労働者・使用者双方の協力のもとに働き過ぎ防止がはかられるような仕組みを考える必要があるのでしょう。とはいえ企業に過度に責任や制約や配慮を求めるものだと「じゃあやっぱり禁止・制限」ということになりかねません。特に自営の場合には労働者にも相応の責任があると考えてしかるべきと思われます。まああれかな、兼業を容認・支援する企業に対しては実績に応じて助成金とか減税とか、そういう施策は考えられるような気はしますが…。
いずれにしても具体的な方法論はなかなか難問で、「就業規則を見直すときに必要な仕組みなどを盛り込んだガイドライン(指針)」「容認に伴って起きる問題への対応策などをまとめた手引」と記事は簡単に書きますが、それがどういうものになるのか、ちょっと想像つかないものがあります。「「働き方改革実現会議」の会合で…打ち出す」とのことですが、推進事務局にはなにか成案があるのか、厚生労働省に相談しているのか、どうにも心配ですが…。