同一労働同一賃金フォロー(2)

第4回検討会に提出されたワークス研究所の中村天江氏の資料を紹介したいと言って数日別の話をしていたところ第5回の資料も公表されていた件(笑)。ここにありますhttp://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000127426.html
第5回ではUAゼンセン同盟(誰がプレゼンしたかは不明)、川口大司先生、神吉知郁子先生、松浦民恵先生が資料を提出されたようで、だいぶ現実的な議論になってきた印象があります。神吉先生の資料は英国の紹介なのですが資料だけだとちょっとわかりにくいところもあるかな。
ということで第5回もご紹介したいところではあるのですがまずは手形を落とさなければ(笑)ということで第4回の中村天江氏提出資料をご紹介したいと思います。こちらになります。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11601000-Shokugyouanteikyoku-Soumuka/shiryou2.pdf
さてごらんのとおり表紙に「「非正社員の待遇改善」という観点から同一労働同一賃金の実現をとらえ直す」とあるように、基本的には非正社員の待遇改善の話が中心です。
まず非正規の賃金が低い要因が示されていますが、その中では「日本人のキャリア観」というページ(5ページ)の資料が非常に面白いのでぜひごらんいただければと思います。「仕事をする上で大切だと思うもの」上位3つを勤労者を対象に調査した結果の国際比較なのですが、他国はすべて第1位に「高い賃金・充実した福利厚生」をあげているのに対し、日本はこれが第4位に後退しており、回答率も他国が50〜80%程度なのに対して日本は39%にとどまっています。ちなみに日本の上位は1位が良好な職場の人間関係、2位が自分の希望する仕事内容、3位は適切な勤務時間・休日となっています。
中村氏をこれをもとに日本では「個人が賃金について表立って交渉することは少ない」から非正社員の待遇が低いと結論づけておられるわけですが、まあそういう面もあるだろうとは思いますが、しかしこの資料の読み方としてそれでいいのかという気はしました。
つまり、この手の「大切だと思うものをお答えください」という質問に対しては、人々は往々にして「足りないもの」を回答する傾向があるのではないか、人間は十分に持っているものより不足しているものを大切だと感じる傾向があるのではないか、と思うからです。この資料をみても、たしかに諸外国では賃金・福利厚生が1位ではありますが回答率は二極化しており、米独豪がいずれも50%台なのに対して中・韓・マレーシア・インドネシアは75%〜83%という高率になっています(インドは例外で58%)。所得水準の比較的高くない、生活水準向上への期待が大きい国ほど賃金や福利厚生を重視しているわけで、そう考えればこの結果は日本人は賃金や福利厚生については比較的充足している(まあ十分たあ言いませんが)ということの反映と考えることもできると思います。
同様に考えれば、日本では賃金以上に人間関係や仕事内容が充足されていないということになるわけで、なるほどこれはわが国労働市場の流動性の低さを反映しているのかもしれません。人間関係が悪いとか仕事が希望どおりでないとかいった問題に対して良好な転職で対処する可能性が日本では他国に較べて低いというのは、まあなんとなく感覚的にうなずける話でしょう。ただこれについては労働力の流動性が高いアメリカでも上げる人が多く、オーストラリアでも多いところを見ると、経済が成熟して学歴も高い国では働く人の仕事に対する希望もまた高いということが反映している可能性もありそうです。日本で労働時間や休日を上げる人が多いのも、韓国では日本以上に多いのも、まあそうかなという感じですね。
同一労働同一賃金とは全然関係ありませんが(笑)ほかにも面白いところがあり、たとえば中国では「明確なキャリアパス」が堂々の第2位であって50%超の支持を集めており、他国が軒並み10〜30%前後なのと比べて突出しています。将来を約束してくれ、というのはいかに将来が不透明かということの裏返しだと考えれば、まあ文化大革命を持ち出すのはともかく、かの国の歴史や国情を考えると妙に納得がいくような気がします。
「正当な評価」を求めるのは実は日本が最も多く、25.3%にのぼっています。これまた面白いのは対照的に中国が5.6%と比較国中最低になっているところで、うーんこれはなぜだろう。ちなみにその他は概ね10%前後でインドが22%、日本の高さはかなり際立っているようです。これまた正当に評価されていないと感じている人が多いということなのかどうか。
もうひとつだけあげると「会社のステイタス」という選択肢があるのですがこれを選ぶ人は少ないようで、9か国中5か国が10個の選択肢の中で最も少なく、少ない方から2番めが2か国、3番めが1か国となっており、数字も一桁から10%台にとどまっています。例外がインドで30%という突出した高率であり、10項目中堂々の4位となっています。先ほども書きましたがインドは賃金を重視する人が比較的少なく、その分ステータス重視の人が多いという感じになっていて、ステータスの高い会社であれば他のものもそろっているということなのか、それとも他のものよりステータスが大切だということなのか、このあたりはわかりません。
次のページ(6ページ)では日本では転職で賃金が上がりにくいというデータで、フルタイムについてはその相当部分を正社員が占めているでしょうからそうだろうなという感じなのですが、パートタイムでも上がりにくいのはなぜだろう。2014年に調べているようなので、日本でも時給は上がっている時期だったと思うのですが…。まああれかな、察するに諸外国に較べて日本のパートは好条件を求めて積極的に移動することをあまりしないということなのでしょうか。まあこれもわかりません。
さてここからが同一労働同一賃金というか非正規の賃金引き上げの話になるのですが、次のページ(7ページ)で「内部労働市場が発達してきた日本の実状に照らすと、最優先すべきは企業内の仕組みを整備すること」、つまり非正規についても評価をしてそれを昇給などで反映しろということで、これはスーパー大手などの例を想定しているのかなあ。もちろんそれは優れた先進事例であるわけですが、一方で非正規も多様であり、ありていに言って中には企業としては評価の手間やコストをかける必要性を感じない仕事というのもあるでしょう。まあ「最優先」というだけで全部が全部そうしろという話ではないのだろうと思いますが。
次からが各論になる(なぜかこの資料は7ページ以降がすべて7ページになっているので以下ページ数は省略します。すみません)のですが、雇用管理区分間、つまり正規と非正規の格差については「非正社員の賃金増のためには、「同一企業の複数の雇用管理区分“間”における不合理な賃金差の是正」に取り組む必要がある。雇用管理区分“内”の差は、企業の人的資源管理の範疇とみなす。」とかなり大胆な限定をしておられます。このブログで以前も書きましたが、同一労働同一賃金をやり始めると正規−非正規だけではなく正社員間の格差はどうなのよという話になるわけであり、それはなかなか手に負えないだろうと心配していたわけですが、もうそこは考えないことにしましょうよということですね。非常に現実的で好ましい考え方だと思います。
ただまあ雇用管理区分間の格差だけにフォーカスするということになるとこれはもはや限りなく「均衡」の議論であり、「均等=同一労働同一賃金」の議論じゃないよねえとはかなり思います。なるほど、「「非正社員の待遇改善」という観点から同一労働同一賃金の実現をとらえ直す」というのは、実質的には同一労働同一賃金じゃなくて非正規社員の待遇改善の議論をしましょうよという意味だったのだろうと憶測をめぐらす私。
この後は基本的に論点の提示で必ずしも結論が示されているわけではありませんのでポイントのみご紹介しますと、続く論点として集団的労使関係との整合性として、長期的には企業内労組等との集団的労使関係の中で正規・非正規の不合理でない処遇差を実現していくべきとの意見が示されています。労働運動的には非正規の組織化と正規・非正規の利害調整ということになるでしょうが、労使ともに重要かつ重く困難な課題といえそうです。
労働市場との整合性については「労働市場の需給バランスにともなう「雇用管理区分“内”の賃金差」は合理的な差と位置づける」ということできわめて妥当ではありますが同一労働同一賃金からはますます遠ざかっており、さらに同一労働同一賃金だと限定正社員の賃金が上がらなくなるという、これ自体はまことにもっともな指摘もされているのですが、もうここまで来たら同一労働同一賃金批判じゃないかと言う感じです。
あとは派遣は難しいから後回しという話と労働者への周知が必要という話が来て終わっているのですが、まあさすがリクルートというかかなり現実的な話にはなってきたと感じました。冒頭ご紹介した第5回の資料をみてもなんとか収束しそうな感じにはなってきており、だいたい昨日のエントリで書いたような内容に落ち着いていくのでしょうか。