第6回一億総活躍国民会議(続)

すこし間が空いてしまいましたが3月25日に開催された第6回一億総活躍国民会議の提出資料を見ていきたいと思います。
話の流れでお一方飛んでしまいましたが日商の三村明夫会頭からも資料が提出されています(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai6/siryou5.pdf)。ただ見てみるとまず会員企業による「人手不足解消に向けた」「若者・女性・高齢者の活躍、外国人の受入れ」および「労働生産性向上」への取り組み状況をまとめた1枚紙の資料があり、それに日商・東商の作成した「中小企業のための女性活躍推進ハンドブック」というパンフレットが添付されているというもので、具体的にどのような話があったのかは議事要旨が出てこないとはっきりしません。ただまあ女性については両立支援の話が中心で、均等施策についても触れられてはいますが両立支援などに較べると扱いはだいぶ小さい印象です。また、労働生産性向上の部分でそれに取り組んでいる企業が全体の53.9%あり、その中で「人員配置の見直し、長時間労働の抑制」には56.9%(ということは全体の30.7%)の企業が取り組んでいるという紹介があるものの、残念ながら働き方の見直しにはほとんど踏み込んでいない資料ではあります。ただ繰り返しになりますが資料は説明資料というよりは補足・参考資料という感じなので、口頭の発言では踏み込んでいたのではないかとも思われます。
樋口美雄先生の資料(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai6/siryou7.pdf)もデータ集という印象のもので必ずしもストーリーが明確に読み取れるものではないのですが、労働時間の国際比較で欧州に較べて日本の労働時間が長く、時間外労働をしている人も多いこと(いっぽうで米国に較べれば短く・少ないことも示されているのでフェアな比較にはなっている)、日本では産業別の差が大きく特に建設業、運輸業・郵便業で長くなっていることが示されています。
次に脳・心臓疾患と精神疾患の労災補償支給決定件数を時間外労働の長さ別に集計した資料があり、脳・心臓疾患については平成25年も26年も時間外労働が月60時間未満だと1件も決定していないという表になっていますので、まあ上限月60時間というのがひとつの規制ラインだということが言いたいのでしょうか。いっぽうで精神疾患については時間外労働が最も少ない20時間未満のカテゴリが最多となっているので長時間残業との関係はあまり強くないようには見えますが、ただこれは脳・心臓疾患も同じなのですが件数であって出現率ではないので母数の大きさの違いが反映されいている可能性はありますので、留保付で見る必要がある資料であるとも思います。これについては繰り返し書いていますが私としても上限規制を全否定するつもりはなく、むしろ一定の身体的負荷のかかる業務や夏季・冬季の屋外作業など作業環境が良好でない業務などについては月60時間の上限規制も十分あり得るのではないかと思います。大切なのは業務の実態に合致した規制を行うことでしょう。
その次のページの「行動の種類別総平均時間−週全体,末子が6歳以下(日本,アメリカは5歳以下)の夫・妻,有業者」という国際比較の資料がなかなか面白く、まあ樋口先生の意図するところは諸外国と較べて日本は夫の労働時間が長く家事時間が短く、妻の労働時間が短く家事時間が長くなっていることからその平準化、つまり男性の育児家事参加(とそのための労働時間短縮)が女性の就労促進のためには必要だ、という働き方改革の話だろうと思われます。これもまあ繰り返し書いているとおり私としても否定するものではない、というかむしろ積極的に賛同するところですが、あらゆる男女がすべて等しくという画一的な発想ではなく、自主的な選択を通じて多様性を確保することが大前提だといういつもの話です。なお余計なことですがここでも目についたのが日本は夫婦合計の「家事と家族のケア」の時間が諸外国に較べて明らかに短いという点で、日本は夫婦計日当たり6.46時間で、諸外国より概ね1時間程度短くなっています。これはおそらく祖父母が孫のケアをする程度の差ではないかとあてずっぽうで推測するのですが正確なところはわかりません。
あとは週60時間以上労働比率と合計特殊出生率の逆相関のグラフのあとセクハラ関連の資料が3ページ続き、こうした面での職場風土の改革を訴えられたのではないかと思われます。いずれにしても樋口先生についても議事要旨が待たれるところです。
土居丈朗先生の資料は前回同様シンプルなものですが内容もシンプルで、まず長時間労働については「36協定の特別条項の要件厳格化」「特別条項付き協定の遵守を今まで以上に徹底させることは言うまでもなく、無限定的な働き方を助長する特別条項を規制する必要がある」ということで、まあ必ずしもリジッドな上限規制を設けるところまでは踏み込まず、特別条項の要件を厳格化してその取締りも強化する、と言ったことをお考えなのかもしれません。また、「労働時間が限定された無期雇用の積極活用」とのご提案もありますが、これはキャリアとの関連性が重要だというのも繰り返し書いているとおりです。
女性の就業促進については「男性の働き方改革」「長時間労働の是正と連動させて、男性の働き方改革や労働時間等が限定された無期雇用の積極活用が、女性の就労促進につながる」と書かれていて、かなり核心に迫っているなという感じです。要するに男性もスローキャリアとして働こう、ノンエリートとして働こうということだと思われ、これをさらに推し進めていけば男性の専業主夫とファストトラックの妻というカップルになるわけです。
また、女性の就業促進についてはもうひとつ「1人親世帯に焦点を当てた子育て支援」というのがあって「インフォーマル・ケアに頼れない1人親世帯には子育て支援の必要度が高く、それにより女性の就労支援につながる」と書かれているのですが、いやもちろんひとり親世帯への支援が重要なことには異論ありませんが、しかしこれだと(ひとり親であるなしを問わず)インフォーマルケアが可能な家庭はインフォーマルケアを活用すべきであって支援は行わないと読めてしまうのですがそういうことなんでしょうか。私にはかなり抵抗がありますが…。
有識者議員最後の一人は増田寛也総務相ですが、この資料は文章化されていてストーリーがはっきりしています(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/dai6/siryou10.pdf)。
ただし内容をみると表現の問題(笑)も含めてちょっと待てよというところが多く、たとえば冒頭いきなりこう来るわけですが。

 日本の雇用慣行の中で、高度成長期からほとんど変わらず欧米に比べて極めて特異なものが長時間労働である。日本では働き方に関する柔軟性に乏しく、特に労働時間の柔軟性は弱く、職場の事情を優先せざるを得ない。また、労働時間の質という面においても、時間の長さがいまだに人事の評価軸になりやすい傾向にあり、生産性という点においても課題が多い。…
…これを抜本的に改善するためには企業の取り組みに期待するだけではなく、欧米に比べて不十分な労働法規制の改革にも踏み込むべきである。

いやだから米国の労働時間は日本より長いって言ってるだろ。「高度成長期からほとんど変わらず」というのも、高度成長まっただ中の1960年の年間総実労働時間は2,426時間なので、明らかに誤り。さらに雇用保障との関係といった論点をすべてパスして長時間労働だけ取り出して「極めて特異」と言うのはかなり乱暴なように思います。「時間の長さがいまだに人事の評価軸になりやすい傾向にあり」ってのも証拠を見せてみろとは思うなあ。いやもちろん評価にまったく影響しないなどと申し上げるつもりは当然ながらありませんが、「評価軸」ってことは能力よりも職務よりも成果よりも時間の長さで評価してるっていうことですよね?まああれだな、増田氏は岩手県総務省で時間の長さを評価軸にしてきたんでしょうね。だったら事例がひとつあるということは認めます。そしてそうですか日本の労働法規制は米国よりも不十分ですか。もちろん年齢差別禁止とかのように米国のほうが規制が強いところもありますが、ここはそういう話ではないですよねえ。
ということで最初がこんな調子じゃあとの具体論もまあまともなものにはならなかろうと思われるところ意外にもそうでもない。引用しますと、

(1)労働時間の運用の強化と上限規制
 長時間働いた者が有利であるという「時間と報酬」がリンクするという考え方を見直し、仕事とその成果の付加価値で評価するという先進国型の賃金の在り方を目指すべきであり、そのためにも労働時間の上限規制について検討すべきである。その際には、労働基準法第36条に基づく協定(いわゆるサブロク協定)の特例条項の見直しも行うべきである。
 具体的に法令上の対応とするか、労使間の協議にゆだねる仕組みとするかは、その実効性などを踏まえて検討する必要がある。
 併せて、ブラック企業があとを絶たないように、労働基準法が労働者を守る法律として十分機能しておらず、執行体制の強化を図るべきである。
 残業や転勤の有無など生産性とは関連のない要因により、低い賃金プレミアムのキャリアコースや昇進機会が設定されやすいことから、女性の多様な就労機会の喪失につながりやすいという面にも十分考慮する必要がある。

「長時間働いた者が有利である」が「時間と報酬」の話であればそのとおりですし、それに続く議論も(わかりにくいですが)基本的には規制改革会議で鶴先生などが提起された「労働時間上限規制・年次有給休暇取得義務化・ホワイトカラーエグゼンプション導入」の三位一体改革と似た趣旨だと思われ、それは有力な考え方だと思います。重要なのは適切な範囲に適切な規制を行うことであり、そういう意味でも労使協議に委ねるという考え方が示されているのも好ましく感じます。また労働基準監督行政の体制強化(質・量両面での)をはかるべきとの主張も私にはたいへん同感できるものです。
いっぽう「残業や転勤の有無など生産性とは関連のない要因」って関連ないわけないだろう。100個の注文があったときに8時間で80個作るしかできない労働者と10時間で100個作れる労働者と企業経営の見地からどちらが生産性が高いか、明々白々ではないかと思います。中国地方の営業で広島支店に加えて新たに岡山支店を設置するのでマネージャーが必要ですという時に、私転勤できますという人と行けませんという人の生産性が同じだとは、まさか元総務相は言わないと思いますが。また、「低い賃金プレミアムのキャリアコースや昇進機会が設定されやすい」というのも、それが女性に固定されることが問題であって、男女がともに選択でき、現に選択しているというのであれば、むしろ働き方の選択肢の多様化ということで望ましいことではないかと思います。スローキャリアでかまわないから勤務地や職種の専門性にこだわりたいという人は男女を問わずいるのではないかと思います(が、特に男性にどれだけいるのかは必ずしも確信があるわけではありません、このあたり私も明白な証拠を持ち合わせているわけではないことは認めます)。
(2)は時間貯蓄制度、(3)は地域働き方改革会議の話なので省略させていただいて、女性の就労促進についてはこうなっています。

 女性活躍新法の4月からの施行を控えて、従業員301人以上の企業のみならず、できる限り多くの企業が主体的に行動計画の策定に取り組むように啓発していくとともに、一昨年末の最高裁での判決を踏まえて、マタハラなどのハラスメントが発生することがないよう、人事の担当者だけでなく、一般の労働者や現場の管理職に対する周知・啓発が重要である。
 また、短時間正社員、地域限定正社員等の家庭と仕事の両立が図られる多様な働き方が選択出来るような雇用環境整備を図るとともに、その際にはテレワーク等の新たな就労方法の活用が重要である。
 さらに、出産・子育て等により一度離職を余儀なくされた場合でも、希望に応じて大学等による新たな教育訓練機会なども活用しながら、円滑に再就職が可能となるよう、その環境づくりも必要である。

うーんこれはどうなのか。この文脈だと「短時間正社員、地域限定正社員等の家庭と仕事の両立が図られる多様な働き方が選択出来る」というのがもっぱら女性の話に読めてしまうことに違和感があります(続く話題も出産・子育てですし)。まあ、日本社会の現実をみればそうなのだ、という話なのかもしれませんが、しかし繰り返しになりますがそれが女性に固定されるのはやはりまずいのではないでしょうか。男女がともに選択できることを通じて女性の就労促進にもつながるという趣旨が明らかになるような書きぶりにしてほしかったと思います。
ということで有識者議員資料をひととおり見てきましたが、まあやはり資料だけでは限界は大きいなという感じではあります。なにやら報道によれば今回は前回欠席の菊地桃子議員も出席してPTAについて発言されたようですし、議事要旨の公開を待ちたいと思います。