RIETI政策シンポジウム

既報のとおり経済産業研究所のRIETI政策シンポジウム『賃金・処遇改革と「ポスト3.11」の雇用・労働政策』のパネルディスカッションに参加してまいりました。
http://www.rieti.go.jp/jp/events/11120201/info.html

10:05 - 10:45 報告(総論)
鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)
10:45 - 12:35 第1部:賃金と処遇(経済・経営学からのアプローチ)
10:45 - 11:25 報告「賃金からみた日本的雇用システムの変容」
川口 大司 (RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院経済学研究科准教授)
11:25 - 12:05 報告「ワークライフバランスに対する賃金プレミアムの検証」
山本 勲 (慶應義塾大学商学部准教授)
13:30 - 15:10 第2部:均衡処遇と労使関係(法学からのアプローチ)
13:30 - 14:00 報告「正規・非正規労働者格差是正のための法原則のあり方」
水町 勇一郎 (東京大学社会科学研究所教授)
14:00 - 14:30 報告「非正規労働者の処遇を巡る立法動向について」
竹内(奥野)寿 (立教大学法学部准教授)
14:30 - 14:50 コメントおよび報告
島田 陽一 (早稲田大学法学部法務研究科教授)
15:30 - 18:00 第3部:パネル・ディスカッション「大震災後の雇用・労働政策のあり方」
15:30 - 15:45 報告「被災地の雇用の現状と雇用対策」
藤澤 勝博 (厚労省職業安定局雇用政策課長)
モデレータ
樋口 美雄 (慶應義塾大学商学部教授)
パネリスト(五十音順)
大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)
荻野 勝彦 (トヨタ自動車株式会社渉外部第2渉外室主査)
長谷川 裕子 (連合参与 / 中央労働委員会委員・全国労働委員会労働者側委員連絡協議会事務局長)

ごらんのとおり非常に内容豊富なシンポジウムでしたので、数日にわけて感想など書いていきたいと思います。
まず午前中のセッションですが、本シンポのプログラムディレクターを務めるRIETIの鶴光太郎常正規研究員の総論報告に続き、川口大司一橋大准教授、山本勲慶大准教授の報告が行われました。
鶴先生の報告は転勤・異動や短い雇用契約期間に対する賃金プレミアムに関する調査結果などをもとにしたもので、前者については3年有期で転勤・異動のない契約から3年有期で転勤・異動のある契約に変更する場合にどの程度賃金が上昇すれば受け入れるかをたずねています。結果をみると、女性・パートは高い賃金プレミアムを求める(変更を受け入れにくい)のに対し、勤続年数が長い、正社員になりたい(がなれなかった)、単身者は変更を受け入れやすいとなっています。後者については3年有期から1年有期への変更について賃金プレミアムをたずねており、女性や派遣社員は受け入れにくい、高学歴、非自発的非正規・正社員希望の人は受け入れにくいなど、正社員に近い働き方の人ほど不安定雇用に高い補償を求めるといった結果になっています。また、同じ調査をもとに賃金関数の推計も行われており、性別・年齢・学歴をコントロールしても勤続年数や雇用契約期間の長い人は賃金が高いという重要な結果が得られているほか、女性に限って既婚・子どもの数が多いと賃金が低い、派遣とパートでは派遣は勤続により賃金が高まるがパートではそれは有意にはみられない、といった結果になっています。
こうした結果の政策的含意としては、不安定雇用にはなんらかの補償が必要であり、契約終了手当(フランスでは支払済賃金の10%)を導入すべきであると
されました。また、正規と非正規が同一労働でも賃金格差が客観的に説明でき主張る場合があり、パート法8条のような厳密な規定で均等処遇を求めることは困難であるとの見解も述べられました。それに代わり、均衡処遇を促すべく「合理的な理由のない不利益取り扱い禁止原則」の法制化が必要であること、期間比例的な処遇がパートの処遇改善のうえで重要な課題であると指摘されました。
これらについての私の意見は過去何度か書きましたが、やはり非正規の処遇改善には勤続の長期化(によるスキルやキャリアの向上)が重要であり、それを阻害するのが雇止め法理であることを考えれば、適切な水準の契約終了手当を支払うことで勤続年数・更新回数にかかわらず疑問の余地なく雇止めが成立する制度を導入することが効果的だと考えます(雇止め法理をなくすのではなく、契約終了手当を支払わない場合は雇止め法理が適用されるとすることで手当の給付を促進する)。
パート法8条のような枠組で均等処遇を求めることは、そもそも契約期間が有期か無期かというのは非常に大きな相違であり、したがってパート法8条の要件を満足する可能性はきわめて低く(ゼロだとは申しませんが)意味がないということも繰り返し書いてきました。したがってほぼ常に格差には合理的な理由があるのであって、合理的な理由のない不利益取り扱い原則の法制化は不毛な紛争を増やすだけで百害あって一利なしであることもこれまで書いたとおりです。
また、期間比例的な処遇についても、これを法定することは短期での雇止めを促進して、よりパートの賃金を低位に固定する方向に働くであろうことは明白と思われ、その実現は任意の労使協議を通じてはかられることが望ましいと思われます。
次に川口先生の報告ですが、まず賃金プロファイルの日米比較から、わが国では賞与の賃金に占める比率が高い人が多いこと、高学歴・長勤続ほどその比率が高まることを示し、賞与交渉を通じて外部環境に応じて賃金をフレキシブルに調整することにより離職・解雇(熟練の流出)を防いでいると指摘されました。続いて、わが国の賃金プロファイルが過去20年間で大幅にフラット化していることを示し、従来の技能を評価する職能給型の賃金から、技能の限界生産物価値により近づけようとする役割給の導入が進んだと結論付けられました。その上で、今後もこの傾向が続くこと、その結果転職が増加すること、それをサポートすると同時に残存する日本的雇用慣行の強みを生かし続けることが必要だと主張されました。
私は従来からわが国ではほとんどの正規労働者が相当額の賞与を受け取っていることは、わが国の労働者の企業業績へのコミットメントの高さゆえに多くの利益配分を求めるからだと主張しているわけですが、まあ基本的には同じことかなと感じました。含意も同感できるもので、川口先生が同意されるかどうかはわかりませんが日経連の意図した自社型雇用ポートフォリオの方向に進む(スキルを生かして転職する高度専門能力活用型に近い雇用が増える)ということではないかと思います。
午前の最後は山本先生の報告で、まずワークライフバランス(WLB)施策と企業の生産性についての調査結果が報告されました。主な結果としては両者には正の相関が観察されるものの、WLB施策をTFPを高めたのかTFPが高い企業が(その分配として)WLB施策を行っているのかは全体としては明らかではないことが示されました。同時に、特定の条件(大企業、製造業、正社員比率が高いなど)においてはWLB施策がTFPを高めるという因果関係が観察されることも示されました。いっぽうで中小企業の場合にはWLB施策がTFPを低下させているケースも見られ、条件の整わない企業でのWLB施策の推進には慎重な見極めが必要とされました。
続いてWLB施策と労働者の処遇との関係については、WLB施策を総合的労働条件のパッケージの一つとしてとらえ、WLB施策の賃金プレミアムを測定した結果が報告されました。結果としてはWLB施策の負の賃金プレミアムは検出されにくいとのことでしたが、個別には男性のフレックスタイム制利用者は他の条件を一定とすれば4%程度の賃金プレミアムが観察され、さらにこれが従業員300人以上に限ると6%、転職経験者に限ると10%に拡大するといった結果も出ており、フレックスタイム制による柔軟な働き方の代償が賃金の4%であり、労働移動が多いと補償賃金が観察されやすいと結論づけられています。政策的含意としては一律ではなく企業のおかれた条件に応じて導入に向けた働きかけを行うこと、WLB施策を処遇の一環として捉える視点が必要であることが指摘されました。
これも大変に実感にあう内容で、今後はWLB施策を充実させて特定の労働者層に訴求することで、全体として人件費を抑制しながら人材の確保をはかるといった戦略も考えられるのではないかと思います。
ということで午前の部は非常に興味深い内容が多く、私にとってはたいへん充実したものでした。午後の部は月曜日に続きます。