今年の10冊+昨年の2冊

年末恒例「今年の10冊」です。今年は昨年とは打って変わって豊作という印象で、熊谷謙一『アジアの労使関係と労働法』や出井智将『派遣新時代〜派遣が変わる、派遣が変える』、野川忍『労働協約法』なども採りたかったのですが労働の本が多すぎないようにということで泣く泣く外しました。それでもなお足りず、2冊は読んだのは今年ですが刊行は昨年ということで番外扱いにして押し込みました。
ということでまずは2015年刊行の10冊を。例によって一著者一冊、紹介順は著者五十音順です。

安藤至大『これだけは知っておきたい働き方の教科書』

日本の働き方の実態はどうなのか、なぜそうなっているのか、そしてこれからどうなっていきそうなのか。現実をふまえた実践的な解説書です。書評はこちらhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150604#p1です。

江口匡太『大人になって読む経済学の教科書−市場経済のしくみから考える』

大人になって読む経済学の教科書

大人になって読む経済学の教科書

数式の出てこない平明なテキストブックですが、多忙なビジネスマンがひととおり経済学のエッセンスを学び、それをふまえて社会問題についてそれなりに論じられるようにするという野心的な試みで、一定の成功を収めているように思います。

大竹文雄『経済学のセンスを磨く』

いつもながら面白い大竹先生の経済学エッセイ。近年の時の話題を経済学で解説し、読み進むことで「経済学のセンスを磨く」ことができます。経済学の応用可能性の広さが感じられます。

川喜多喬『産業社会学論集I−労働社会学研究編』

産業社会学論集 1 労働社会学研究編

産業社会学論集 1 労働社会学研究編

1980年代半ばから90年代前半を中心に、川喜多先生の論考がまとめられた本です。この当時もさまざまな変動がありましたが、現場の実態に根差した実践的な議論はこんにちにも大いに通じるものがあるように思われます。

玄田有史『危機と雇用−災害の労働経済学』

あの大震災は仕事と雇用にどんな影響を与えたのか、その現状はどうなっているのかをさまざまなデータを利用して多面的に分析し、今後の研究課題や災害への備えの在り方について学ぶべき点を論じています。書評はこちらhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150407#p1です。

小池和男『戦後労働史からみた賃金−海外日本企業が生き抜く賃金とは』

戦後労働史からみた賃金

戦後労働史からみた賃金

今年も小池先生の本が2冊出版されました。長期的視野に立った経営の重要性とその実現策を説いた『なぜ日本企業は強みを捨てるのか』も非常に興味深い本でしたが、ここでは賃金制度を論じたこの本をとりました。小池式賃金論は日本ではやや行き詰まっている(これは主に企業サイドの人事管理の問題であって小池説の問題ではない)わけですが、成長途上にある諸外国においては「海外日本企業が生き抜く賃金」だろうと私も思います。

高橋伸夫経営学で考える』

経営学で考える

経営学で考える

経営学のテキストですが、人事管理に関わる内容も豊富に含まれています。企業の現実をどう理解するのか、経営学の考え方で整理されていきます。事例の選択なども巧妙で組織で働くビジネスマンにも面白く読めますし、非常に有益な内容を含んでいると思います。

納富信留プラトンとの哲学−対話篇をよむ』

もう10年近く前になると思いますが、人事院がやる霞が関省庁横断の幹部研修に民間枠で参加させていただいたことがあります。3泊4日の合宿なのですが、うち半日は納富信留先生を講師とした読書会で、事前課題としてプラトン『国家』岩波文庫上下二巻を通読してレポートを作成して提出、それをもとに議論するという演習でした。統治論なので官僚にとっては当然重要な論点ではありますがしかし官僚の仕事に即座に役に立つというものでももちろんないわけで、そういうところにもしっかりと時間と手間と費用をかけて学んでいることに大変に感心すると同時に、非常に面白い議論だったという記憶があります。この本はプラトンと著者の対話という面白い形式で書かれたプラトン哲学の紹介ですが、今日的な文脈からの記述もあって決して古くないという感を新たにしました。

三井文庫『史料が語る三井のあゆみ−越後屋から三井財閥

三井文庫50周年の記念出版で、三井元祖・三井高利の出生から戦後の財閥解体〜再結集までの歴史が、見開き2ページにまとめられた50のエピソードで綴られています。三井文庫の収集になる豊富な史料・文献がカラー図版でふんだんに紹介されているのが楽しく、まさに大河ドラマを見るような趣があります。あわせて三井記念美術館で開催された企画展もすばらしいものでした。

八代尚宏『日本的雇用慣行を打ち破れ−働き方改革の進め方』

日本的雇用慣行を打ち破れ

日本的雇用慣行を打ち破れ

労働規制改革のアイコンとして活躍しておられる八代先生の本です。我が国雇用・労働市場の歴史と実情をきちんと踏まえて書かれているという点でよくあるいい加減な労働市場イカク論と一線を画しており、その問題点を、労働者が多様化する中でその利害が一致しない、八代先生のいわゆる「労・労対立」の観点から整理しています。書名は「打ち破れ」となっていますが、企業が従来型の日本的雇用慣行を自由に活用することまで妨げるわけではなく、ただしそれを政策的に保護することや、別の雇用形態の活用を阻害することに対しては批判的という論調になっています。正直、賛同できない部分も多いですし、40歳定年制まで担ぎ出しているのはどうかとも思うのですが、規制改革のチャンピオンという役回りを演じておられるのでしょう。これ以上の「カイカク」は明らかに行き過ぎですよというスタンダードとして読むべき本なのかもしれません。

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さて2015年に刊行された「今年の10冊」は以上として、刊行は昨年(2014年)ですが今年読んだ本から「+2」をあげたいと思います。

菊幸一『現代スポーツは嘉納治五郎から何を学ぶのか』

講道館柔道にとどまらず、わが国近代・現代スポーツの始祖ともいうべき嘉納治五郎の思想と業績を、筑波大学の研究チームが多面的にとらえ、そこからわが国スポーツ・体育の将来ビジョンへの含意を提示した本です。スポーツをめぐる光と影とがクローズアップされている今日、非常にタイムリーな本です。

戸矢学『諏訪の神−封印された縄文の血祭り』

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り

諏訪の神: 封印された縄文の血祭り

長野県諏訪地方は諏訪大社御柱祭など宗教的に重要な土地ですが、そこに古代から伝わる見失われた、あるいは隠された信仰をさまざまな史料から解明しようとした本です。もちろん史料は非常に限られており、重要な部分のかなりは想像力で補われているわけですが、実は諏訪地方での居住経験があって遺跡・史跡にリアリティのある私が読んでもかなり納得のいく解釈のように思えました(ネタバレになりますので内容は書きませんが、少なくとも守屋山を聖書のモリヤ山と同一視してイスラエル人が云々といったトンデモとは一線を画しています)。最後のほうで妙にナショナリスティックになったりオカルティックになったりするのはまあ神道研究者のご愛敬というところでしょうか。ミステリ小説的に読み物として非常に面白く、読んで損はない本だと思います。


ということで今年は10冊+2冊となった年の暮れでした。みなさまどうぞよいお年をお迎えください。