連合事務局長の嘆き

あけましておめでとうございます。今年も「吐息の日々」をよろしくお願いします。
さて昨年末、連合のホームページに、昨年事務局長に就任した逢見直人氏のコーナーが新設されました。業界では有名な落語通の逢見氏らしく、その名も「逢見直人のここで一席!」となっています。その記念すべき初回では、古典落語の「目黒のさんま」を引き合いに出して新聞記事への苦情を申し立てられておられます(http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/kokode/no001.html)。

…12月15日付けのT新聞で、最近の労働関係の動きに触れつつ「いのちと生活に無関心な労働組合ってなんだ」というコラム記事が掲載された。労働者派遣法の成立、「解雇の金銭解決制度」が導入されようとしていること、原発事故対応および廃炉に向けた労働者の安全確保、安保法制への対応について、連合は何もやっていないと言わんばかりの内容である。
 論評以前の問題として、記事の裏付けとなる取材をきちんとしているのか、疑問を感じる。筆者から直接取材を受けた経緯はなく、それぞれの課題について、ステレオタイプ的な思いこみで書かれているという印象だ。コラムなので、個人の意見が含まれるのはいいとしても、事実をねじ曲げて読者に伝えるという姿勢はジャーナリストとしていかがなものか。マスコミの影響力は大きい。著者の思いこみと読者が読みたいのはこういうものだろうという先入観で物事を報道するのは危険だ。
 ちなみに、コラムは「カネさえ払えばクビを切れる。そんな恥ずかしい社会にしてはいけない」という趣旨で結ばれている。そうであるならば、「検討会」における連合選出委員の発言もきちんと拾ってほしい。連合が何も発言していないかのような記事は、読者に誤解や偏見を与えるだけである。…
http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/kokode/no001.html

逢見氏は伏字にしておられますが、2015年12月15日付東京新聞朝刊に掲載された「本音のコラム」ですね。このコラムは7人の執筆者が日替わりで寄稿し、1週間で一巡するという趣向で、この日の執筆者は鎌田慧氏、お題は「恥ずかしい国」となっておりますな。東京新聞のほかにもいくつかの地方紙に掲載されているようです。
でまあ逢見氏は紳士なのでいたって上品に問題点を指摘しておられるわけですが、しかしこのコラムの実物はうそと悪意で塗り固められたひどいシロモノです。せっかくなので全文をご紹介しましょう。

 「連合」ってなんだ。682万人の労働者が参加する「ナショナルセンター」。でもさっぱり存在感がない。経団連の影に隠れているわけではないようだが、控えめで前にでてこない。
 そのうち力を出すだろうと期待がないわけではないが、原発事故に伴い労働者が被ばくしても、集団的自衛権の行使容認が閣議決定されても、まるで眠りこけたままだ。
 原発や兵器産業の大企業が組織の重要部分を占めている。とはいえ、いのちと生活に無関心な労働組合ってなんだ。
 派遣労働者は死ぬまで派遣労働者という残酷な法律が作られた。今度は雇った労働者を経営者が気にくわなければ、勝手にクビにしカネを投げ与えてすむ、「解雇の金銭解決」が認められようとしている。これを止められない連合は誰と連合しているのか。
 「カネをもらって転職したら」と経営者はいいたいようだ。しかし「カネでない魂の問題だ」という労働者がいる。人間の尊厳、労働者のプライドをなめてはいけない。
 労組をつくろうとして解雇される「不当労働行為」もカネで解決されるなら、これはもう戦前の暗黒時代に逆戻り。いまでさえ、会社や上司にもの申すと、生意気、反抗的とクビにされがちだ。
 「カネさえ払えばいいだろう」。そんな恥ずかしい社会を「美しい国」というのですか、安倍さん。
平成27年12月15日付東京新聞朝刊から)

えーとまず「原子力発電所の事故対応等における労働安全衛生対策強化に関する要請」(https://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20110520_yousei_kourou.pdf)と「「新しい安全保障法制整備のための基本方針」の閣議決定に対する談話」(http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/danwa/2014/20140701_1404207726.html)をごらんになってはいかがでしょうかね。まあ執筆者の方としては国会前に集まってデモ行進してシュプレヒコールを上げるのでなければ「眠りこけたままだ」というのかもしれませんが、以前も書いたと思いますが連合がそれをやらないのはもっとまっとうで効果的な手段(政府や財界との直接対話や政治家・官庁への働きかけなど)を持っているからでしょう(特に原発事故の当時は民主党政権だったわけだし。まあデモもシュプレヒコールもやって悪いたあ言いませんが)。
執筆者は続けて「原発や兵器産業の大企業が組織の重要部分を占めている」とあてこすっていますが、現実には(当然ですが)電力総連や東電労組は原発事故現場での安全衛生対策に力を入れていますし連合内部でもそれを主導しているのではないかと思います。そもそも産別レベルでいうならもっと大きい産別もありますし、そういう産別の中にはデモやシュプレヒコールをやっていた組織もあったと思います、つかそういう産別のほうが大勢だからこういう表現の談話になっているんだと思います。重機や重電の労組が自治労などに較べて政治運動に熱心でないのは路線の違い(組合主義)であって兵器産業だからではないとも思うなあ。
派遣法改正や不当解雇の金銭解決について「これを止められない連合は誰と連合しているのか」についても、連合が止める気になれば止められるという前提で書いているなら明らかに過大評価(失礼)でしょう。というか、不当解雇の金銭解決についてはまだ止められる可能性はありますし、使用者からの申し立ては認めないことになる可能性はかなり高いので、「カネさえ払えばいい」はあるいは止められるかもしれません。
そして最後に「そんな恥ずかしい社会を「美しい国」というのですか、安倍さん」と来たのを見てついにコーヒーを吹きました。いやここまで口を極めて連合を罵倒していたのに、最後は首相へのあてこすりで終わるわけですか。やはり一言は首相の悪口を言わなければおさまらなかったのかなあ。まさか連合が首相と連合しているとかいう壮大な妄想では、いくらなんでもないでしょうねえ。
ということで逢見氏は「事実をねじ曲げて読者に伝えるという姿勢はジャーナリストとしていかがなものか」と指摘しておられますが、まあここではもはやジャーナリストではないということではなかろうかと思います。ことによると「読者に誤解や偏見を与える」ために書いているんじゃないかとさえ思えてしまう文章なわけで。いっぽう「著者の思いこみと読者が読みたいのはこういうものだろうという先入観で物事を報道するのは危険だ」という指摘については、しかしまあ東京新聞というのはこういうものを読みたい人が読むメディアだということなんでしょう。もちろん私はこんなコラムを平気で掲載する新聞というのはそれ以外の記事についてもまあ信用ならねえなとは思うわけですが、しかし新聞は事実が書いてあると信じているという人も、まだまだ多いのかなあ。そこに危険があるという指摘はそのとおりと思います。
ちなみに逢見氏の文章はこのあと「労働組合や連合運動に対する理解が深まるよう、連合からも積極的に情報を発信していくとともに、マスコミの取材等については積極的に対応していくつもりである。もちろん、事実を踏まえた連合運動への叱咤激励にも耳を傾けていく」と続いています。このあたり、以前も書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20150727#p1)、派手なデモや集会などがメディアで露出する一方で、産別や単組レベルでの地道な、しかし困難な努力の成果はまったく報じられることもないというわが国メディアの構造的な問題が大きいわけで、逢見氏の嘆きが行間に感じられるように思いました。