それぞれの意見

高年齢者雇用の話を引っ張っている間に、先週の日経新聞で就活関連のインタビュー記事が2日に分けて4本掲載されました。この問題は経済団体間でも必ずしも意見が一致していないということで、11日には経団連経済同友会の事務局首脳が登場しています。
まずは経済同友会の前原金一専務理事です。

 ――経済同友会経団連が定める面接などの選考活動の開始時期を、大学4年8月まで遅らせるべきだと提言した。
 「根本にあるのは大学4年間のうち、せめて3年間は学業に専念すべきだという考えだ。就活は10年ほど前から、信じられないほどの前倒しが進んできた。大学経営に携わっていたからわかるが、大学3年に入ると、もはや授業は成り立たない。大学の機能が果たせなくなっている」
 「もうひとつの問題は、就活に出遅れるという理由で留学を志す学生が減っている点だ。人材育成という長い目で見ると、いずれも日本全体にとって大きなマイナスだ」
 ――就活期間が短すぎると、内定率が悪化するとの見方もある。
 「時間をかければ良くなるわけではない。むしろ今の就活は非効率な面が多い。大幅な期間短縮を、就活全体を見直す契機とすればいい」
 ――具体的には。
 「募集要件が広すぎるから、一部の大企業に過度に人が集まり、選ぶ側も選ばれる側も大変になる。企業はもっと求める人材像をクリアに学生に示すべきだ。英語力などの客観基準で、はっきり出せばいい。そうすれば有名企業ばかり何十社も受けて、面接まで行かずにすべて落ちるなどという人は減るはずだ」
 「大学や学生も変わるべきだ。大学は教育の質向上が急務。学生もネットの普及で情報量は増えたように錯覚しているが、上っ面しか見ていない。自分の適性や能力に応じて仕事を選ぶようになるべきだ」
平成23年5月11日付日本経済新聞朝刊から)

続いて経団連の川本裕康常務理事。

…――経済同友会などから、もっと遅らせるべきだとの声も出ている。
 「広報活動を大学3年3月(4年の直前)、選考活動を4年8月からにすべきだとの意見だが、10月1日の内定時期を変えない場合、就活期間は2カ月となる。これでは短すぎだ。問題となっている内定率の低迷に拍車をかけるのではないか」
 「早々に“内々定”をとれる人はいいが学生の置かれる状況は様々だ。就活の機会を十分確保するのが第一。大企業志向の中、中堅・中小企業に学生が目を向ける時間も必要だ。始まりが遅すぎると、待ってられずに先に始める企業も出てくる。かつての『就職協定』はそれで形骸化した。実効性の担保が重要だ」
 ――これ以上の倫理憲章の見直しは必要ないか。
 「今回の大幅な改定でどこまで効果が出るか。まずは結果を見極めたい。そのうえで必要と判断すれば、見直しを検討する」
平成23年5月11日付日本経済新聞朝刊から)

翌12日には企業と大学が並びました。企業は東京海上日動社長の隅修三氏です。

 ――就職活動の長期化が問題になっている。
 「日本企業は採用期間を長くしたり短くしたり、規約を作ったり自由にしたりを繰り返してきた。学業に専念できなくなっているから問題だという議論だが、短くしたから解決するという次元の話ではない」
 「むしろ問題は職業観や生き方を十分に考えず、とにかく内定を取って就職先を決めようという学生が大勢いる点だ。企業も新卒一括採用の流れの中、人材を確保するため、相手をよくわからないまま採用せざるを得ないのが現状。この結果、平均的には新卒者が入社3年で3割も辞めるという事態に陥っている」
 ――解決策は。
 「日本経団連の倫理憲章で定める枠を外して、海外のように長期間のインターンシップ(就業体験)を採用活動に活用してはどうか。就職を希望する職場で働くことを通じ、仕事や企業が見えてくる。企業も相手への理解を深め、これはと思えば採用すればいい。お互いを知ることで、齟齬(そご)は減るはずだ」
 「日本企業はグローバル化せざるを得ない。採用も国内と海外でやり方を分けてきたが、人事交流が深まるにつれ整合性が取りにくくなっている。海外人材の秋季採用にはすでに取り組んでいるが、今後は通年採用や能力別といった柔軟な採用活動が加速する」…
平成23年5月12日付日本経済新聞朝刊から)

大学は昨年まで早稲田の総長だった白井克彦先生が「日本私立大学団体連合会前会長」の肩書きで登場しておられます。現職は放送大学学園の理事長のようです。

…――経済界の就活見直しの動きをどうみる。
 「結構なことだ。大学の現状を考えると3月に企業説明会など広報活動が始まり、7月の試験終了後の8月1日から選考活動を行うのが一番いい。だが、現実は企業によりばらつきがあり中途半端だ」
 ――就活の長期化を防ぐ手立ては。
 「選考の合理化だ。企業ごとの適性試験は、英語能力テストのTOEICのように外部機関の点数で代用すればよい。エントリーシートも自己紹介の部分は各社共通にする。企業の採用コストや学生の時間を節約できる」
 「人気企業ランキングに踊らされる学生やその親にも問題がある。有名企業に入るのが勝者だという考えを払拭する必要がある」
 ――大学の意識改革も求められている。
 「大学も1年生から職業教育をしっかりやるべきだ。企業に協力してもらい、授業で実際のビジネス課題を学生が考える機会などを設ける。インターンのように短期間ではなく4年間のカリキュラムとして位置付ける。震災をきっかけに大学、企業が就職問題の実質を問い直すべきだ」
平成23年5月12日付日本経済新聞朝刊から)

さて最初からみていきますと前原氏は住友生命で有名なエコノミストだった人で、文中にもありますが昭和女子大の副理事長を務めた経験もあるということで、企業・大学双方の立場をふまえてのご発言なのでしょう。まあ「大学4年間のうち、せめて3年間は学業に専念すべき」というとなんだ3年でいいんですかと揚げ足を取りたくはなりますが、これは白井先生も言っておられるように、3年の春休みに情報収集、4年の夏休みに就職活動…というのはたしかに好ましい日程感ですし、就活・選考が非効率だというのもそのとおりだろうと思います。
それで内定率がどうなるかはまあいろいろな意見があるでしょうが、ただ川本氏も心配するように(他は変えずに)開始時期だけを遅らせるとたしかに現状ではかなり短すぎる感はあります。川本氏は旧日経連の時代から就職協定まわりにいたわけですし、経団連は会員企業の意見を集約しているのでしょうから、現行の選考方法を前提とした議論になるのは自然な話です。
それに対して前原氏は選考方法や就活自体の見直しによる効率化を訴えるわけですが、なかなか大胆な提案というか、しかし昭和女子大の就活生にはかなり微妙なご意見ではないでしょうかこれ。
なにかというと「英語力などの客観基準で、はっきり出せばいい。そうすれば有名企業ばかり何十社も受けて、面接まで行かずにすべて落ちるなどという人は減る」「学生も…自分の適性や能力に応じて仕事を選ぶようになるべき」というのは要するにたとえば(金色はアコギとしても)TOEICの青い紙を持ってこない人は門前払いにするとかそういうことですよね。白井先生が「企業ごとの適性試験は、英語能力テストのTOEICのように外部機関の点数で代用すればよい」「人気企業ランキングに踊らされる学生やその親にも問題がある」と言われるのもだいたい同じことでしょうか。英会話ならTOEICとか英検とか、日経TESTを足切りに使う企業が増えれば日経新聞が儲かってけっこうな話ですねというかそれこそhamachan先生じゃありませんがセンター試験の成績持ってこいという話になったりしたら大学としては目も当てられないのではないかとこらこらこら。いやそこまではいかなくても経済団体と大学団体が旗を振って全国一斉SPIを実施とかいう話になればリクルートが儲かって(ry日経とリクルートの回し者みたいだな私。
いずれにしてもTOEIC青紙以上、日経TEST700点(というのがどの程度の水準なのか知らないのですが)以上、SPI上位20%以上でなければ大企業の就活はできませんという話になればたしかに「有名企業ばかり何十社も受けて、面接まで行かずにすべて落ちる」「人気企業ランキングに踊らされる学生やその親」とかいった話はなくなるかもしれません。しかしそれって前原氏のいうところの「自分の適性や能力に応じて仕事を選ぶ」望ましい就活として学生さんたちの納得が得られるとは思えないのですがどんなものなのでしょうか*1いや白井先生はワセダだからいいかもしれませんけどねええこらこらこら。というか現に今でもSPIは攻略本が出回ってイマイチ正しい結果が出ませんよという話があるわけで、TOEICやら日経TESTやらを受験の要件にしたら結局のところは3年生くらいからは大学の勉強そっちのけでTOEICや日経TESTの勉強をやるようになることは目に見えているようにも思えるわけで、まあそれでもなんらかの勉強をしているんだから現状よりはマシだということか…就活ビジネス屋さんたちには新しい商売のネタになっていいのかもしれませんけどねと最後は棒読みで。
ちなみに前原氏はそんなこと考えてないと思いますし白井先生もさすがに考えていないと思いますが採用の必要条件ではなく十分条件を示せという人もいて、これはそんなもの示せるはずないでしょうという話以前に採用予定数が決まっている以上は成績のいい人がそれ以上来ても採れないことは自明なので却下となります。
なお合理化、効率化ということですが、まあ足切りをやって応募者数や受験社数が減るのであればそれはたしかに合理化、効率化にはなるでしょう。ただ現実にはすでに会社説明会のキャパシティで事実上足切りされていたり(これは多分に運に左右されるようなのでややフェアでない感はありますが)、筆記試験や面接試験のキャパシティに合わせてエントリーシートで書類選考したりしているわけですが、まあエントリーシートを読む手間はたしかに省けるかもしれません。いっぽう白井先生の言われる「エントリーシートの自己紹介部分の共通化」ですが、まあ学者らしいアイデアではありますが、しかしリクナビに登録するような基本的な自己紹介はともかくとして、ディテールについてはさすがに学生さんも企業に応じて戦略的に書き分けていると思いますので、あまり効率化にはならないかもしれません。
ということで、まあ不満もありましょうが川本氏の言うような経団連の漸進路線が現実的かという気がします。ただ結果をみて評価して必要なら見直すということだと結果が出たときには次の就活がすでに始まっていますので実施が一年遅れになってしまい、どうにも漸進的すぎてその一年が勝負の学生さんにはやや申し訳ない感はあります。
さてお気づきのとおり東京海上日動の隅社長がまだ登場しておられませんが、長くなってきたので明日あらためてエントリを立てて取り上げたいと思います。

*1:まあ白井先生ご指摘のとおり学生さんはベンチャーも考えようと思っているのに親御さんが「大学まで行かせたのだから大企業に」とこだわるというのはたしかに問題だと思いますが。