就活ルールは即刻見直すべきか?

大内伸哉先生のブログを拝見していたところ、就活をめぐって企業に苦情を申し立てておられるエントリがありました。題して「就活ルールは即刻見直せ」と厳しいご注文がつけられています。

 少し激しい見出しですが……。今朝の日経新聞の社説「就活に振り回される学生を放っておけぬ 」は,良い見出しです。8月1日が選考開始です。でも,とっくに始まっていますよね。これを守っている企業も多いということですが,学業への支障を考えるということから始まったルール(変更)ですから,どんなに守っている企業があっても(それも,どのように守っているかが実は大切なのですが),実際に学業に支障が出ている以上,趣旨に適合的でなかったとして,即刻ルールを変えるべきでしょう。
http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-195a.html

これは大内先生の問題ではなく先生が参照しておられる日経新聞の問題なのですが、「学業への支障を考えるということから始まったルール(変更)」というのは少なくとも今回の変更については事実ではありません。もちろん、前々から早すぎる・長すぎる就活が学事日程等に支障となっているという問題意識はあり、それを踏まえた取り組みもありましたが、今回に関しては大手総合商社を中心として日本貿易会などが「就活の開始が早すぎて学生が留学できない」と問題提起したのが発端です。もちろん留学といっても学位を得るようなものではなく半年くらいのものが想定されていたようで、それが就活時期に重なってしまうと留学から戻った時には採用があらかた終わってしまう、だから留学できない…ということにならないように採用時期を遅らせろ、というのが日本貿易会などの主張だったわけです。正直なところそんな業界の都合を言うなら総合商社だけでも「海外留学者優遇、8月選考開始」でやればいいじゃないか、という気は大いにしたわけですが、当然ながら日本貿易会としても海外留学すれば会員企業のどこかが採用しますと約束するわけにもいかず、そうなると学生さんのほうもそんな危ない橋を渡るよりは留学なんかせずに4月から金融や証券や広告代理店を受験したほうがいいという話になって結局は海外留学は増えないままになるだろうということで、そこで「海外留学の増加は他産業ひいては日本全体の利益にかなう」との主張のもとに経団連に働きかけを行ったわけです。
もちろん「学業に支障」というのも古くからある話なので、それに対する配慮が必要なことは申し上げるまでもありません。そこで大内先生は続けてこう述べられるのですが…。

 ところで,同じ新聞のなかに,次のような記事もありました。
 「経団連も混乱が生じたことは認める。榊原定征会長は『ルールが毎年ころころ変わるのは,企業と学生にとって最も不幸だ』と強調する。政府の要請を受けて指針を作った経緯もあり,再び見直しに踏み切るとしても少なくとも来年度には間に合わない見通し。当面は加盟,非加盟を問わず指針に従うように企業に呼びかける考えだ」。
 私は経団連関係の仕事もしていたので,言いにくいところもありますが,もしこの記事どおりであれば,経団連には深い失望を感じます。学生は,就活に人生を賭けているのです。それは,自分たちも就活を経験した人たちはわかっているはずでしょう。ルールは朝令暮改であってはならないのですが,よく考えずに,政府の要請に従ってしまったツケを学生に払わせてはならないでしょう。学生にとって,ルールが変わることの不幸と,現状のままの不幸と,どちらが大きいか。富士山と雑巾という比較のようですが,でも前者に賭けてみてはどうでしょうか。そもそも選考は,企業の人事にとって大切な問題(拙著『労働の正義を考えよう』(有斐閣)では,冒頭の章で,採用の自由を「経営の要諦」と書いていました)。そこで主導性を発揮できないような経済団体ではいけません。
 なんだか経団連は,政府が言われたことだからと責任を転嫁し,政府はおそらくこれは経営側の問題だからと責任を転嫁しているようも思えてしまいます。そこには,学生の利益という視点がまったくありません。
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これまた日経新聞の問題なのですが、「政府の要請を受けて指針を作った経緯もあり」とか言っているのは榊原会長ではなく日経新聞なのですね。
まあ確かに政労使会議などでもこの話は持ち出されており、政府が要請したことも事実です。ただ、日本貿易会がこれを経団連に要請したのは震災前の2010年9月のことであり、経団連内部でも大学サイドとの間でも相当の議論があった上で、いきなり実施すると混乱を招くということで2013年に「2015年の選考から」と決まったという経緯があります。ということで政府の要請があったことは事実としてもそれがどれほどの影響力となったのかは判然とせず、むしろ「成長戦略」がらみであれこれと政策のタマを必要としていた政府サイドが「そんな話があるならそれも」ということで実績づくりのために取り込んだというのが実情ではないかというのが私の邪推であり、少なくとも「学生さん本人のため」という錦の御旗が立てられる状況下においても「政府の要請もあったから」見直しができない、という話ではないと思います。したがって、大内先生の「よく考えずに,政府の要請に従ってしまったツケを学生に払わせて」という義憤は日経の誤った記事に基づく誤解であって、現実には「よく考えずに」どころか大学関係者もまじえて相当の検討は行われていたのであり(それが結論の正しさを保証するものではないにせよ)、経団連が政府に責任を転嫁していることはないと思いますし、事実として経団連(と大学サイド)が進めてきた話である以上は政府に対しておまえが要請したじゃないかと言ったところで政治的な揚げ足取りには使えるかもしれないという程度の話であってそれほど実質的な意味はなかろうと思います。
さてそこで榊原会長が言ったとされる「ルールが毎年ころころ変わるのは,企業と学生にとって最も不幸だ」というのがどうかですが、たしかに大内先生の指摘されるとおり、「人生を賭けている」個別の学生さんたちのことを考えれば、仮に「富士山と雑巾」の選択であったとしてもless hatefulなものを、というのは非常によくわかる話です。
ただ私としては大内先生の言われる「ルールは朝令暮改であってはならない」を支持したいという思いもあります。これはなかなか難しい判断なのですが、採用市場の機能をそれなりに信頼する私としては、このルールを続ければそれほど遠くない将来にフライングが縮小して(なくなりはしないと思いますが)8月選考開始に収斂していく可能性もあると考えているからです。
つまり、これも過去何度か書きましたが、今回フライングして内定を出してよしよしいい人材が確保できたわいとホクホクしていた採用担当者に対して、8月以降に総合商社はじめ経団連会員企業の内定を獲得した優秀な内定者から「○○社に行きますので御社の内定は丁重にご辞退申し上げます」という断りが続々と入り、残ったのはどうでもいい人材ばかりで採用担当者は一転して涙目…という展開は大いに想定されるでしょう(だからこそ「オワハラ」などというひどい話が横行するという話も以前書いた)。
そうやって痛い目にあうことで、自社より採用市場で競争力の強い企業より先に内定を出してもどうやらあまり意味がないらしいということが理解できれば、フライングも大幅に減ってくるはずだと思うわけです。もちろんそれだけで十分ということはなく、たとえば外資系とかコンサルとかIT関係とか業界として競争力があるまたはなんらかの事情のある業界は相変わらずフライングをするでしょう(これはこれまでも同じでした)。これについては社会的な批判などのサンクションが別途必要なわけですが、その役割が期待されるマスコミはといえば日経新聞さんご自身も4月から会社説明会を開催して実質的に選考を実施しているようなのでまあ期待できないとしたものでしょう(これまたこれまでも同じでしたが)*1
ということで、「学生の利益」というのもいくつかあるなと思うわけで、先々長い目でみれば朝令暮改しないほうが多くの学生さんのためになるのではないかと思われるいっぽう、今現在の学生さんにしてみれば先々のことより自分たちをなんとかしてほしいというのも切実でしょうから、正直難しい判断だと思うわけです。
さて続けて大内先生はこのように経営者を叱咤鞭撻しておられます。

 採用は経営者にとって最重要の課題だと法律家は言ってきており,いまでも規範的にはそうだと思っていますが,経営者のほうが自らそれを放棄するのなら,勝手にしろという気分です。ほんとうは,採用については自分たちで最適のルールを打ち出すので,みんな従ってほしい,その責任は自分が取ると言えるような経済界のリーダーは出てきてほしいものです。
 自主規制という名の国家介入を得ているようでは,社会主義の国と同じです。それだけでなく,春闘でも,国家には弱い姿勢となりがちな経営者団体。採用の自由の規範的な意味を自ら縮小していくとなると,それは将来において大きな禍根を残すことになるでしょう。
 経営者にとって重要なことは,環境の変化に迅速に対応することです。しばらく様子をみてから判断しようという悠長なことを言っているようではいけません。いま現在の段階で,新しいルールが良かったかどうかの判断を,いま現在の情報に基づいてやるという敢然とした姿勢が経営者には求められているのではないでしょうか。
http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2015/08/post-195a.html

まあ日経の記事を読まれてこのようにお怒りになるのもごもっともという部分はあろうかと思いますが、採用に関しては上記のような事情であり、また春闘に関しても私は八代尚宏先生の(機関投資家、株主などへの説明など)「もともと賃上げするつもりだった企業が政府の要請を都合よく利用した」という指摘が当たっていると思いますので、そこまでご心配いただく必要はなかろうかとは思います。
ただもちろん経団連が政府にどこまで強く出られるかというとそれはたしかに限界はありそうです。そもそも個別企業(企業に限らず、自然人であれ法人であれ)が政府に対抗できるわけもなく、そこで中間団体が必要になるわけですが、それでも政府と対等というのはなかなか難しかろうとは思います。第三者的に課題を言うなら2点あり、1点は構成員の多様性とその利害調整の難しさがあると思います。これは採用局面でも悩ましいところであって、なにかというと大内先生の現場である神戸大学法学部においては、特に昨年のような売り手市場にあっては4月に解禁されればまあ5月連休前には大方の学生さんが内定を確保しているという状況だったのだろうと思われます。もちろんさらに上を狙って就活を続ける学生さんというのもいたと思いますが、それはそれとして5月連休明けにはにはみなさん就職の決まった幸福な学生さんとして神戸大学の日常に戻っていたのではないでしょうか。それはそれで経団連会員企業と有名難関大学にとってはひとつの調和した状態だったのだろうと思います。ただまあそれはやはり「経団連会員企業と有名難関大学」の関係においてであり、それ以外の当事者にとってはまた事情は異なっているのではないかとも思うわけです。この点、旧日経連というのは都道府県別の地方経協を通じてかなりの程度中小企業を組織しており、労働問題専管ということもあってそれなりに頑張っていたのではないかと思いますが、経団連と合併したことでその部分がやや縮小した感は否めないように思われます(もっとも倫理憲章の前の就職協定を廃止したのも日経連なのでいかほどのものかという話もあるかもしれませんが)。
もう1点は上でも書きましたが経団連に未加入の業界・企業というのが相当にあり、もちろん彼らもそれなりに政策関連活動はやっていて成果も上げているわけですが、いっぽうで経団連の活動にフリーライドしている部分もゼロとは申し上げられないでしょう。このあたりは経団連会員企業といえばそれなりのエスタブリッシュメントなので非会員にも活動の恩恵を及ぼしていくことも社会的責任だという割り切りになっているのだろうと思いますが、それが非会員企業への統制力につながるかというと難しい問題で、少なくとも「みんな従ってほしい,その責任は自分が取る」でみなさん従っていだだけるような簡単な話ではないと思います。
それやこれやで経団連にあまり期待されてもという感はあるわけですが、少なくとも経団連も上記日経記事によると「秋にも新スケジュールの検証作業に入る方針」とのことなので、「しばらく様子をみてから判断しようという悠長なこと」にはならないと思われます。もっとも、政府云々とは関係なく、やはり記事にあるとおり「来年度は現行のままとなりそうだ」とは私も思いますが…。
ということで、大内先生の憤りにはたいへんもっともな部分もあると思いますが、企業や経団連に対するそれの相当部分は日経新聞の社説と記事のまずさによるものであるというのが私の感想です。しかしまあこの社説も記事も(先日の毎日の政治スト記事に較べればまだ細部の話ではありますが)読めば読むほどなんだかなあという感じで、これまたかなり出遅れてはおりますがいずれ書きたいと思います。

*1:いや会社説明会そのものならもちろん3年生3月解禁なので問題ないわけですが、どうやらともに実質的な選考も行われているという話もちらほらと。