T.ピケティ『21世紀の資本』

結局読みました。流行りものに弱い私。この間通勤鞄が重くて参りました(笑)。

21世紀の資本

21世紀の資本

まあ国会とかでも引き合いに出されているということであり、新聞やビジネス誌でも再三取り上げられて、関係先で話題に上ることも多いので、やはり読んでおいた方がいいだろうと思って読むことにしました。実際、あちこちで取り上げられているのですがモノにより人により言うこと書くことがあれこれ違っていて、しかも意見や評価だけではなくてこの本の記述内容についても違っていたりするので、どうも読まずにあれこれ言うととんでもないことを言ってしまいかねないなと思ったわけです。ということで晴れて(?)感想など書いてみたいと思いますが当然ながら私には学術的な評価はできませんのでまったくもって雑駁な感想かつ世間で言われていることの繰り返しになりますのでそのようにお願いできればと思います。
まずなにより感じたのはこれは素人目にも大変な労作だということで、最初に書かれているとおり相当数の研究者が従事したようですが、それにしてもこれだけのボリュームの資料を集め、集計可能なデータセットに整える(さらにそれを容易に検索可能な形でウェブ上で公開する)というのは膨大な作業量だったはずで、その勤勉さにはまことに頭が下がります。世間で言われるような「経済学が従来想定していた「資本蓄積が進めば格差は縮小に向かう」という定説が実現していないことをデータで証明した」画期的な業績だということは素人にも納得できました。
中身について思ったのは、とはいいながらこれは基本的にはフランスとヨーロッパの本だということで、アメリカについてはかなりの規模で調査もされていますし分析もされているのですが、しかし結局は「アメリカはだいぶ事情が違うから」で片付けられてしまっている感があり、実際政策的含意を述べた部分(主に第IV部)はほぼヨーロッパの話に終始しています。日本についてははるかに記述も少なく(もちろんこの本に書かれていないだけで、さらに幅広な・掘り下げた分析は別途されているのだろうとは思いますが)、しかも大抵は日本もヨーロッパと同様ですと同じ箱に入れてすまされているわけで、まあメディアとかのみなさんからすれば来日したのだから当然だということかもしれませんがそれにしてもこれをもとに日本について突っ込んだ見解を求めるというのはどうなのかという感想は持ちました。
もうひとつ全体的な感想として長期の話が多いなというのがあり、年率ではわずかでも長期では大差になるというのはそのとおりですがしかし現実に年率の世界に生きている私には少なくとも実感しにくいものはあるなと思いました。とりあえずこの本を引き合いに出して短期的な景気対策なんか意味がないとか言っている人を見かけたような気がしますが(ウラ取りしてないのでわら人形かも)、それは変じゃないかなあ。
個別マターに関しては学界でもすでにいろいろと検討が始まっているようですが、やはりかつてそれなりの期間人事管理に従事していた私としては「人的資本は考えなくてもかまいません」と言われてしまうと簡単には納得しにくいものがあります。これは指摘する専門家も多いようですし議論も始まっているようですので、いずれ明らかになっていくのでしょう。
また、やはり指摘する専門家も多いようですが、歴史的にはそうなっていないという話らしいのですがそれにしても普通に考えて資本収益率が下がれば経済成長率も下がるだろうと思うわけで、現にビジネスの世界に身を置いているものとしてはやはり容易に納得できないものがあります(まあ現実のカネ儲けにどれほど関わっているかは棚に上げるとして)。

  • なおこれは完全な余談なのですがグローバル資本累進課税を推奨する部分については「こういう上司いるいる!」と言えばサラリーパーソンであればわかりあえるのではないかなあと思いました。「君の提案はなかなか有効だ、しかしこことここに問題がある!この案も悪くはない、しかしこれが難点だ!この案はかなり改善されている、だがここが克服できない!やはり私の案が最善だ!!!」「(わかりますけど、でも、それどう考えても無理なんですけど…orz)」もちろん、稀にはついに上司案が実現して大きなブレイクスルーになることもあるでしょうが、しかし往々にしてその過程で部下が2〜3人寝込んだりもするわけです。いやこれは本当に余談ですが。

あとは、格差がなぜ悪いのか、逆に言えばどの程度の格差なら問題ないのかについては、あまりに大きい格差は民主主義の価値観と相容れず持続可能でない、社会不安につながるといった政治的な理由づけしかされていない、という指摘も随所でされているようで、私もまあそれぞれの社会で適度な格差ってものがあるんでしょうし相続についても程度問題というものがあるんでしょうねとは思うのですが、しかし簡単に納得しない人もいそうではあります(私の手元に週刊エコノミストのピケティ特集があるのですが、そこでもホリエモン氏をはじめとして納得していない人が数人いるようです)。大きすぎる格差は経済成長を阻害するとか言ってくれればいいんでしょうが(そういう主張をしている人もいるみたいです)、資本収益率と経済成長率の関係と同様歴史的にそういう話は出てこないということのようです。となると政治的立場で主張するしかなく、聞くところによればピケティはフランス社会党のイデオローグだということで、であればこの本でも世界でもっとも富める女性であると同時にフランス社会党の政敵でもあるリリエンヌ・ベダンクールを繰り返し引き合いに出して叩いているのは納得いくものがあります。
ということで、非常に勉強になりましたので読んでよかったなと思いますし、別次元の話として、通読して見て非常に多くの内容を含んだ本であり、さまざまな意見の人たちがそれぞれに都合のいいところを抜き出してきて参照しているのだということがたいへんによくわかりましたのでその点でも有意義でした。格差の話についてはいろいろと考えたところもあるので、まあブームが去らないうちに(笑)書ければいいなと思います、と宿題を残して終わります。

  • などと書いていたところに週刊エコノミストの最新号(2月24日号)が回覧されてきたのでパラパラ読んでみたところ、同志社の浜矩子先生が(この本ではなく)竹信三恵子『ピケティ入門−「21世紀の資本」の読み方』をベタ褒めする気持ち悪い書評を書いていて、読んで唖然としました。敵の敵は味方ということなのかなあ。まあこの本は未読なので読んでみれば実は評どおりのすばらしい本である可能性は否定しませんがしかしamazonの評とかをみるかぎりゼロに近いだろうとも思います。そういえば週刊エコノミストではすでに樋口美雄先生が本家『21世紀の資本』の書評を書いておられましたね。