日経新聞の「働きかたNext」特集

ということで日経新聞が年初から標題の働き方に関する特集記事を精力的に展開しています。冒頭にいわく「職場に増える女性や外国人、シニア。周囲の風景が様変わりしていませんか。長時間労働や年功を前提にした働き方はもう限界です。慣習にとらわれず、時代にあった働き方を創る。その主役はあなたです。」となかなか意欲的です。今のところ事例やインタビューが中心の構成なので政策論の根拠としては薄弱だったり考え方に齟齬があったりするわけですが反面いろいろと面白い材料もあってまあ玉石混交なわけですが、何回かに分けてご紹介していきたいと思います。
最初に現時点での全体的な感想を書いておきたいと思いますが、第一印象はああまた日本型長期雇用批判かきっと何年に一回かは使いまわしが利くネタなんだろうけど飽きないねというものでした。ただその後を読み進めると以前からの環境変化をうまく取り込んでいるところも多々あり、かつての首切り賃下げマンセー路線(おや背後に誰かの足音がw)とは異なるそれなりに有意義な提案なども期待できそうで楽しみです。
ということで今のところ最大のポイントと思しいのは「長時間労働や年功を前提にした働き方」をどうしていくかという点であり、もちろん従来見られたような、ほとんどの人が「長時間労働や年功を前提にした働き方」をするというのは「もう限界」だというのはまあ大方の共通認識でしょう。問題はではそれを禁止すべきとするのか、多様な働き方の一つの選択肢として継続的に活用していくのか、というところだと思います。
自由と多様性が好きな私は断然後者の考え方をとるわけですが前者にも当然理屈はあり、まず労働時間については、キャリアをめぐる競争においてなんらかの理由で長時間労働ができない人ができる人に較べて不利になるのはフェアではない、したがって全員の条件を公平にすべく長時間労働を禁止せよ、というものでしょう。年功については定義次第という面はあり、年の功=経験を積むことによって知識が増え能力が高まるという意味での年功(当然ながら技能や知識の陳腐化といったいわばマイナス年功も含まれる)であればこれも私は基本的に肯定的なのですが、やはりなんらかの理由(たとえば配偶者の転勤とか)で転職をせざるを得ない人が不利になるのはフェアでないという考え方も十分ありうるものだろうと思います。
いまのところこれについて日経の特集として明確な見解を示しているわけではなく、むしろ双方の考え方が混在していて取材班の中にもいろいろな意見があるのかなあなどと邪推しているわけですが、もちろん旗色を鮮明にしなければならないというわけではなく、双方の考え方を紹介するというのも記事として十分にアリだと思いますし有益になりうると思いますのでここもまた今後の展開に期待です。
さてそれでは個別の感想に移りたいと思います。まず1日の記事から。

…採用や配置、昇進の男女差別を禁じた改正男女雇用機会均等法の施行から16年。企業の最前線でも女性の存在が当たり前になったが、正社員の総労働時間は年2018時間でほとんど変わっていない。彼女たちが出産や育児で退社すると職場は回らない。そんな危機感が会社に染みついた「残業当たり前」の風土を変えつつある。
…働き手の中心となる15〜64歳は毎年数十万人規模で減り続ける。一方で育児や介護で働く時間が限られる「制約社員」は職場で増える。彼ら、彼女らが部長になり、役員になり、社長になる。それが当たり前の時代が、もうそこまで来ている。
平成27年1月1日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

事例は面白いのですが、それに引っ張られると議論を見誤るなという感があります。「育児や介護で働く時間が限られる「制約社員」が社長になるのが当たり前の時代がもうそこまで来ている」というのは、まあ常識的に考えればそんなわけないだろうという話であり(もちろん昨日のエントリでご紹介したカルビーの女性役員さんのような例外は当然あるし増えてほしいとも思いますが)、それを本気でやろうとしたら上述のとおり社長をめざすようなエリートについても「制約社員」と同等の労働時間しか許さないということになるわけです。こんな話でも、その直前のヤフージャパンの事例(非常に面白い)とセットにされるとなんとなくそんなような気がしてしまうから不思議です。

 上位50社に日本企業はゼロ。国際調査会社ユニバーサムによると、外資系企業への挑戦意欲が高いシンガポールの学生の就職人気ランキングで日本企業は軒並み圏外だ。年齢とともに給料が増える考え方は同国になく、初任給の安さが際立つことが大きな理由だ。

またしても事例は省略しました。趣旨としては低い初任給=年功的な賃金がけしからんという話なのでしょう。ただまあ「シンガポールの学生の就職人気ランキングで日本企業は軒並み圏外」というのはおそらくこれhttp://universumglobal.com/rankings/singapore/student/2014/business/)のことだろうと思うところ、たしかにこれをみると上位50社に日本企業の名はありませんが、いっぽうで求める初任給は平均$3,308で、51%は2-3年しか働くつもりがない*1ということですから、もちろん悪いということはありませんし確かに(円安で不利になっていることもあり)初任給の低さが不人気の理由だろうとも思いますが、しかし無理して採るまでもないという判断もかなり合理的なように思います。

…制約社員や外国人が突き崩す日本型雇用という岩盤。長時間労働に替わるモデルのヒントはいち早く人口減に直面した地方にある。
 「マルセイバターサンド」で知られる六花亭製菓(北海道帯広市)。過労で社員が辞めたのを機に働き方を変えた。ムダを徹底して省き、同僚が休むと全員で補う。一人三役をこなすことも。凝縮型の労働で「有休取得率100%」「残業ゼロ」を続ける。
 6500万人の労働力は60年に4千万人を割る。多様な人材が集う職場づくりが欠かせない。効率的な働き方を求める人材を生かせば、先進国34カ国中22位の日本の労働生産性も高まるはずだ。それには働いた時間で給料をもらう仕組みや長く勤めるほど有利な退職金といった時代遅れの制度の衣替えも要る。

日本型雇用が岩盤かどうか知りませんが、非正規雇用比率の上昇はまさにそれが「突き崩」されていることを示していると申せましょう。その相当割合が制約社員であることも指摘されているところであり、こうした人たちにいかに活躍していただくかが今後の企業にとってきわめて重要な課題であることは論を待ちません。外国人社員についても、組織の多様性を高めて活性化していくためには拡大が望まれるでしょう。こうした多様な人たちが働きやすい職場づくりは急務と思います。
そこで六花亭の事例ですが、労働時間短縮のたいへんな好事例とは思いますし「長時間労働に替わるモデルのヒント」かもしれませんが、いっぽうで「同僚が休むと全員で補う。一人三役をこなすことも。」というのはまさに日本型の多能工・助け合い組織そのものであって長期雇用や年功とも密接に結びついていることには留意が必要でしょう。それにしても有給取得率100%はともかく残業ゼロはすごいなあ。北海道を代表するお土産でしょうから時季による生産量の変動が大きいはずですが、まあ別途パート・アルバイトを多数活用することで調整してるのかなあ。あるいは管理部門のだけの話なのか。ちょっと勉強してみたいと思います。
さてこの日はさらに2本のインタビュー記事があり、ひとりは楽天三木谷浩史会長兼社長です。

 ――年功序列や終身雇用など日本型雇用をどう評価しますか。
 「コインの裏表だ。組織が安定したことでチームワークが良くなった。半面、組織内での流動性が低くなり、社内の人材を生かし切れていない。…」
 ――楽天でも育児など時間に制約のある社員が増えました。
 「社員それぞれ事情が違う。カフェテリアのように働き方を選べる仕組みが必要だ。…生活での気づきが仕事につながることもある。…」
 「長く働くことに意味はない。3、4時間でも結果が出せるならそれで構わない。重要なのは働く時間ではなく結果。知的労働の分野では、多様な働き方を認めることが重要だ」
 ――グローバル時代に求められる働き方は。
 「英語を公用語にしたことで外国人社員が増え、新たな視点や技術がもたらされた。日本人社員の視野も広がった。…」

たいへん同感するところの多いインタビューで、それぞれの働き方には労使双方にとって一長一短があるわけで、双方にとってメリットのあるような形で働き方の選択肢を準備していくことが大切なのではないかと思います。労働時間についても「長く働くこと」そのものにはほぼ意味はなく、限られた時間をいかに有効に使って優れた結果(これは利益とか出来高だけでなく能力の向上といったものも含めてとらえたいと思います)を出すかだろうと思います。
英語公用語化に関してはまあ外国人社員を増やすことで新たな視点や技術がもたらされるという趣旨はよくわかるところです。実態についてはいろいろな話があるようですが、それは別に楽天や日本に限った話ではなく、各国でも多かれ少なかれ似たような話はあるようです。
もうお一方、イー・ウーマン佐々木かをり社長が登場しておられ、こちらも大筋では同感なのですがやや気になる点もあります。

 ――働き方改革の必要性が叫ばれています。
 「…世界有数の女性の力を日本は全く生かせていない。同じ価値観の男性を中心にした業界や会社が機能しなくなっていることは明らかだ。…」
 ――どう変えるべきでしょうか。
 「これまでは男性による長時間労働という主流の働き方には手をつけずに、その他の部分で制度を充実させてきた。子育てとの両立を選んだ女性が昇進の道から外れるマミートラックが典型だ。でも『脇道』だけの整備をそろそろやめなければいけない」
 「介護を抱える社員も増える。男性も女性も、制約のある人もない人も能力を生かせる社会にするには、多様な働き方が同じ土俵で共存する『太い一本道』をつくる必要がある」
 ――それには何が必要ですか。
 「上司の意識改革、これが近道だ。労働時間の長さと生産性は関係ないことを実感し、実践できるか。それから制度。成果に応じて賃金を払う『ホワイトカラー・エグゼンプション』は時間の制約のある社員にとって有益だ。…」

昇進の道に乗るためには長時間労働が必須だ、という考え方を改めるべきだ、という意見であれば概ね賛同できるものです(概ね、と条件をつけたのは仕事によっては長時間労働が必須なものもある可能性が排除できないからであって他意はありません)。また引き合いに出しますが昨日のカルビーの人のような事例はもっとあっていいと思います。「上司の意識改革」が近道ということであり、制度的にはホワイトカラー・エグゼンプションを上げておられるので、長時間労働を禁止するということではないでしょう。
やや気になる点としてマミートラックに関しては、私はその問題点は現状のわが国ではそれが女性に固定されることであって、この問題がなければ「労働時間や勤務場所などの配慮があるスローキャリア」という働き方の選択肢としておおいに活用されてよいものと思っています。ヘンな言い方ですが「ダディ・マミートラック」になるなら(もちろん親でない人も活用できる)問題ないのではないでしょうか。
もちろん制約を持ちながらもファストトラックにチャレンジできるパスも必要であり、常識的には制約のある人はない人に較て成果も貢献も限定的になる分キャリアも相対的には速くないものになるでしょうが、しかし繰り返しになりますがそうした中から制約のハンデを克服するカルビーの女性役員のような人も出てくることも期待したいと思います。
1月1日掲載分については以上で、3日掲載分はまた明日以降書きたいと思います。

*1:S$でなく$なので米ドルなのでしょうが(邦貨約40万円)、シンガポールドルだとしても邦貨で約30万円です。