人数による調整と労働時間による調整

そういえば、4月2日に開催された経済産業研究所(RIETI)の政策シンポジウム「労働時間改革 日本の働き方をいかに変えるか」に行ってきました。そのうち資料や内容などもRIETIのホームページに掲載されるでしょう。
今日のところは、その際に資料として配布されたRIETIホームページに掲載されているプロジェクトコンテンツ「雇用危機:克服への処方箋」を材料に感想を書いていきたいと思います。
すでに第8回まで来ていて、したがって8人の論者が登場しています。うち、第6回の島田陽一先生のコラムはすでにとりあげました。
今日はまず、第1回の山本 勲慶應義塾大学商学部准教授の「最近の雇用情勢について:非正規雇用増加の背景と課題」をみてみたいと思います。
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_01.html
まず、非正規雇用増加の背景について簡単にまとめられています。

…規制が緩和されたからといって、非正規雇用に対する供給や需要そのものが増えなければ、実際の非正規雇用者数の増加にはつながらない。このため、非正規雇用の増加には、制度面だけでなく、労働供給や労働需要にも何らかの要因があるはずである。
…労働供給側の要因としては、多様な働き方やワークライフバランスに適した就業形態として自発的に非正規雇用が選択されるようになったこと、さらには、就業機会が豊富な非正規雇用が非自発的に選択されるようになったことが挙げられる。…
…企業が非正規雇用を活用する理由としては、賃金が低いことがしばしば挙げられる。もっとも、専門職を除き、平均的にみれば非正規雇用の生産性は正規雇用よりも低いとされており、生産性に見合った賃金が支払われているとしたら、企業にとって非正規雇用を活用することのメリットはさほど大きくない。むしろ、企業にとっての最大のメリットは、非正規雇用の調整費用の小ささにある。ここでいう雇用の調整費用とは、雇用者数を増減させる際に生じる費用のことであり、たとえば採用費用や解雇費用、社会保険料、教育訓練費用などが含まれる。一般に、こうした調整費用は、正規雇用よりも非正規雇用の方が小さいため、企業は、景気の良し悪しに応じて非正規雇用の数を増減させることで、調整費用を抑えることができる。バブル崩壊以降、不確実性が増大するなかで、日本の企業はさまざまなショックに迅速に対応できるようなバッファーが必要となった。そのバッファーとして、企業は非正規雇用を活用することで、競争力を高めてきたと考えられる。
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_01.html

まことに適切かつ要領を得た記述と申せましょう。そのうえで山本氏は「こうしたバッファーとしての非正規雇用の役割を踏まえると、景気後退期に非正規雇用が減少することはいわば当然の帰結といえる」「非正規雇用労働市場のバッファーとして今後も活用されるべきなのか、活用されるとしたらどのような対策が必要なのか、といったことを社会全体で議論し、方向性を定めていくべきであろう」と指摘しています。
次に政策的には、

…バッファーとしての非正規雇用の役割を踏まえると、規制で非正規雇用を減らすことには、慎重に対応すべきであろう。非正規雇用をバッファーとして活用することは、日本だけでなく、アメリカをはじめとする先進諸国の企業でも進められている。このため、非正規雇用への規制強化によってバッファー機能が低下すると、日本企業はショックに伸縮的に対応できなくなり、国際競争力が低下するおそれがある。そうした状況が続くと、日本国内全体の雇用量が減少してしまう、といった本末転倒な事態も招きかねない。

と、非常に現実的な見方をしています。その上で、ワークシェアリングについては、こう述べています。

…不況期には正規雇用の労働時間を減らすことで柔軟性を確保し、その代りに非正規雇用は維持する、といったワークシェアリングの実施を求める声もある。事実、かつて1970〜80年代の日本の労働市場では、ショックに対して時間外労働時間が伸縮的に変動することで、不況期にも失業率が上昇しにくかったとされており、当時のバッファー機能は労働時間が担っていたといえる。
 しかし、ここで留意すべきは、企業はすでにバッファーの主たる担い手を労働時間から非正規雇用にシフトさせており、正規雇用非正規雇用の間での役割分担が明確化させている可能性があることである。…企業で非正規雇用が活用されているものの、コアとなる仕事は一部の正規雇用に集中する結果、非正規雇用の増加と正規雇用長時間労働化が同時進行してしまう、といった構造が浮き彫りになっている。…そうした状況下では、正規雇用の労働時間を減らして非正規雇用を維持するといったタイプのワークシェアリングは成立しにくいと考えられる。
 こうしたことを踏まえると、労働市場のバッファー機能を一部の非正規雇用者に任せるような現状の仕組みを変えるためには、正規・非正規雇用にかかわらず労働時間の調整が広く行われるようなシステムを構築することが重要といえよう。そのためには、正規・非正規間の生産性格差や待遇格差を縮め、両者の代替性を高めていくような長期的な取り組みが必要と思われる。

なるほど、もし「コア=正規、ノンコア=非正規」といった棲み分けができているとすると、たしかに正規の雇用のみならず労働時間も減らしにくく、したがって非正規がバッファーにならざるを得ない、ということでしょうか。これはもっぱらホワイトカラー職場などで起きていることだろうと思います。いっぽう、ブルーカラー職場では正規も非正規も類似(もちろん難度の違いはあるものの)の仕事につくことも多いわけですが、現実にはやはり非正規雇用の削減がバッファーになっています。結局のところ、生産性格差や待遇格差といった要素よりは、より直截的に「契約期間が満了した人から順に退職してもらう」という調整が行われているということではないでしょうか。正社員は事実上定年までの長期の有期雇用であり、したがって定年が到来した人にはやはり退職してもらっているわけです(こちらは継続雇用義務などもあるので単純ではありませんが)。ですから、生産性格差や待遇格差よりは雇用契約期間の長短(これも待遇といえば待遇ですが)の影響がはるかに大きいということになりそうです。ここを緩和するには、たとえば10年といった有期雇用を導入することが考えられましょう。
もちろん、労働時間による調整が行われる余地を持っておくことも重要で、単純にいえば正規も非正規も残業が多ければ、まずは残業を減らすことで調整が行われ、正規も非正規もその間雇用は維持されます。ただ、どちらも残業がゼロになってしまうと、その後はやはり「雇用期間の終わった人から退職」ということにならざるを得ず、結果的に雇用期間の短い非正規が速く調整されてしまうでしょう。そう考えると、同じ労働時間を働くのであれば、所定を短く、所定外を長くしておけばそれだけ労働時間調整の可能性が大きくなるということになります。つまり、所定労働時間短縮を行うわけです。もちろん経営上は所定労働時間を変更しても総額人件費が変化しないような賃金水準にセットする必要がありますので、所定賃金は減少します。固定費の部分を考慮すると、所定労働時間の減少分を上回って賃金が減少するかもしれません。それを、働く人が雇用調整の余地を拡大したことの対価として受け入れることができるかどうかが問題になりそうです。