変動費部分を増やし、固定費部分を減らす

さらに続けてRIETIホームページの「雇用危機:克服への処方箋」をご紹介します。昨日同様コメントは簡単に書いていきますので説明不足があると思いますがご容赦を。第4回は川口大一橋大学准教授で、お題は「雇用の非正規化・長時間労働の原因探れ」です。これはQC手法になじんだ民間企業人にはなかなか親近感のわくタイトルですね。
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_04.html

…あたかも雇用の非正規化が今回の問題の原因であるかに語られる場合があるが、まず考えるべきなのは雇用の非正規化の原因である。…一部で語られている規制緩和非正規雇用の拡大原因だという説は原因と結果を取り違えており、現実に合わせて法的な枠組みが後追いでついてきたというのが実態ではないだろうか。
 ではいったい雇用が不安定化した原因はなんだろうか。プリンストン大学のファーバー教授は経済のグローバル化にその原因を求める。日米の企業は共通してグローバル化の影響により、将来の製品需要の不確実性に直面するようになったという仮定から議論を出発させる。売り上げの増減に対応するために企業は雇用調整を行うが、米国では一般労働者の解雇が比較的容易なため彼らはレイオフされる。結果として、一般労働者の年齢階層ごとの平均勤続年数が低下したことを発見している。その一方で日本では一般労働者の解雇は容易ではないため、配置転換、出向、非正規労働者の雇い入れという形で不確実性への対応を行ってきたことを発見している。…
 今回の日本における雇用調整が激しく進んでいるのが、自動車や電器といった輸出に大きく依存した産業であることを考えると、企業は規模はともあれ、いずれこのような日がやってくると考え、雇用を非正規化して労働者の固定費化を回避してきたと考えられる。とすると、派遣労働の禁止という法的対応をとったとしても派遣労働者から請負工やパート・期間工への転換が進むだけで不安定雇用そのものは解消しないと予想される。

これはまことに同感です。世間には、有期契約を禁止・制約して期間の定めのない雇用を強制すれば全員が正社員になって雇用が安定する、といった能天気で間の抜けた議論を開陳する向きもありますが、当然そううまくいくわけがありません。経済活動が海外に逃避するというお話を持ち出すまでもなく、全員正社員にしてしまったら不況期には解雇で雇用調整するか倒産するか(もちろん極論です。実際には残業減とか賃下げとかの調整方法もあることはあります)といったことにならざるを得ないわけで、雇用はかえって不安定になるでしょう。ここからは余談になりますが、ところがそういう議論を役所の研究会で有名な学者が集まって大まじめにやってるんですからねぇ…。まあ、これに関しては政治家をはじめとして情緒的な議論を開陳する有力者も多いので、役所としても致し方ないところなのかもしれず、それはそれで同情はしますが、それにしても感情論を除くと理屈としては「EUがそうだから」しかないっていうのもちょっと…。まあ、どうしたって日本では有期雇用契約は必要なんだし、それを前提に現実的な政策を考えるしかないのだ、ということがこれで明らかになるのであれば(委員は立派な先生方が揃っているのでそうなるだろうと思います)それはそれで税金のムダ遣いではないとは思いますが。
また、さらに脱線すると、これを職業安定局がやっているのではなく、労働基準局がやっているというのは…。そもそも契約のルールを定める労働契約法を労働基準局のしかも監督課がやったというのがまことに倒錯しているわけで、当時はまだ法律がなかったからという言い訳はまあ認めるとしても、法律ができたならしかるべき組織を設置すべきなのではないでしょうか。しかるに、一応労働契約企画室という組織はいつのまにか出来たことは出来たらしいのですが、相変わらず労働基準局にあって、室長は監督課の人が兼ねているらしい(このあたり情報が乏しいので間違っている可能性大。ご存知の方、ご教示ください)というのでは…orz
さて本筋に戻りまして。

 グローバル化に代表される将来の製品需要の不確実性の増大は、最適労働量の将来見通しを難しくすることを通じて、正規雇用の固定費としての側面を際立たせることになった。仮に正規労働者を雇うことを長期にわたりコミットしたとしても、安定的な将来需要が見通せる世界においては、固定費としての側面を強く持たない。正規雇用の固定費としての側面が強くなるにつれて可変的に労働投入を変化させることができる非正規雇用の魅力は企業にとって増すことになった可能性がある。これは不確実性が増す経済環境の中で企業が生産設備をリースにより調達し、生産設備を固定費から可変費に変化させようと努力してきた歴史と軌を一にしているともいえる。一方で大きな固定費を払った以上、正社員には長時間労働をさせることが合理的である。以上はいまだ仮説の域を出ず、厳密な検証を必要とするが、非正規雇用の増加・リース契約の増加・正規従業員の長時間労働化といった経済現象を不確実性の増大によって説明できる点において、1つの有力な仮説なのではないかと私は考えている。
 セーフティーネットからこぼれおちた人々に緊急避難的な政策対応をすることはもちろんだが、中長期的には正規従業員の固定費部分を減少させるような労働政策が雇用の非正規化・正規労働者の長時間労働を解消するためには必要となるかもしれない。

前段はまことに実務実感に合ったものですし、「中長期的には正規従業員の固定費部分を減少させるような労働政策」が必要という考え方にも同感です。ただ、毎度繰り返しているように、それは正規従業員の解雇規制を撤廃してすべて変動費化するという方向ではないと思います。企業にとっては、固定費としてがっちり抱え込みたい労働力も多数存在します。
ということで、例によって方向性としては多様な労働契約を認める規制緩和ということになります。変動費として扱える程度がさまざまに異なる中間的な多様な雇用契約を可能とするわけです。たとえば、機動的な出店・撤退を行いたいスーパーマーケットなどでは「店舗が存続する限り定年まで雇用するが、店舗が閉鎖したら自動的に退職する」といった変動費的要素のある雇用契約はかなり有効なのではないでしょうか。
また、もう一つ「正規従業員の固定費部分を減少させるような労働政策」として、所定労働時間の短縮を促進する政策が考えられるかもしれません。総額人件費が同一になるように、所定労働時間を短縮した場合には賃金の減額を可能とし、それとは別にそれに取り組むことへのインセンティブを労使に付与する、といったものです(割増賃金支払は1日8時間を超えた時間について、というのは変える必要はないでしょう)。極端な話、所定は6時間だけれど基本的には残業2時間+αを定常状態とし、なるべく残業2時間の部分は安定的に維持するように運営することとして、現在のような異常事態の場合(要件を事前にある程度決めておくのもいいかもしれません)はその2時間の部分も残業を減らしていくことができるようにしておくわけです。要するにあらかじめワークシェアリングの余地をビルトインしておくということです。ハードルは多くかつ高そうですが、検討に値するアイデアではないか思うのですがどんなものでしょうか。