成長戦略の中の雇用政策

さてタグもタイトルも雇用政策に変わりましてきのうの続きです。雇用政策ですが基本的に労働移動を増やしたいという話です。

iii)外部労働市場の活性化による失業なき労働移動の実現
 「企業外でも能力を高め、適職に移動できる社会」を構築するため、国、地方、民間を含めたオールジャパンで円滑な労働移動を実現するための取組を抜本的に強化する。このため、以下のとおり施策を充実させる。
(1)ジョブ・カードの抜本的見直し(ジョブ・カードから「キャリア・パスポート(仮称)」へ)
 ジョブ・カードについて、普及が進んでいない現状を厳しく総括した上で、学生段階から職業生活を通じて活用し、自身の職務や実績・経験、能力等の明確化を図ることができる「キャリア・パスポート(仮称)」 として広く利用されるものとなるよう、本年度中に、仕様も含め、コンセプトを抜本的に見直す。併せて、その普及浸透のための方策についても、本年度中に検討し、結論を得る。このうち、能力開発関係の助成金における「キャリア・パスポート(仮称)」活用のインセンティブ付与の方策については、本年8月末までに検討を進め、結論を得る。

なんか年金手帳とかおくすり手帳とか。労働者の職歴について使用者が保証するというのは悪いことではないと思いますし、完全自己申告の履歴書の職歴に較べればより信用できる情報ということにはなると思います。とはいえそれでどれほど「円滑な労働移動」が進展するかというと、あまり期待しないほうがいいのではないかと思います。だから現行のジョブ・カードも普及しなかった(とはいえ私は善戦したとは思う)わけですし。
そこで効果の小さいものをそれでも普及させようということになると使用者に義務付けろという話になりかねないわけですが、大手企業になると定年や期間満了なども含めて毎月三桁オーダーで退職が出ますから事務負担はかなりのものになりそうで、そこまでしてやるほどのことかという感はあります。もちろんそれぞれに功績はあるわけですが、とはいえ企業としてみれば退職していく人のためにあれこれ手間ひまが増えるのはそれほど気の進む話でもないでしょう。

(2)能力評価制度の見直し
 労働市場のマッチング機能の最大化に向けては、「産業界が求める職業能力」と「各人が有する職業能力」を客観的に比較可能にすることが必要である。このため、技能検定の見直し・活用促進に加え、業界団体への支援により、サービス分野等における実践的な「業界検定」の計画的な整備・拡大、教育訓練との一体的運用を図る。また、能力評価制度全体の見直しをはじめ、職業能力開発促進法を含む政策全体のあり方について検討を進め、その結果を踏まえて労働政策審議会において議論し、早期に結論を得て、必要な法案の提出等の措置を講じる。

これは業種職種によるだろうとは思います。それほど大きな規模にはなりそうもありませんが、一部の標準化の進んだ仕事であればかなりうまくいくかもしれません。
ただ技能検定は職業能力開発促進法に定めれているわけで、基本的には職能向上の奨励と、あわせてもって技能労働者の社会的地位の向上をはかるといった趣旨のものだと思いますので、これを大々的にマッチングに活用しようというのはあまり筋がよくない話のように思えます。
そもそも「「産業界が求める職業能力」と「各人が有する職業能力」を客観的に比較可能にする」というのが相当に机上の空論というか床上の寝言という感はあり、繰り返しになりますが業種職種によってはナントカ資格何級の人を何人カントカ資格何級の人を何人とパソコンの部品を買い集めるように採用してきて、その人たちを配線でつなぐみたいに配置すれば一丁上がりという仕事もあるかもしれませんしそういう仕事であればこれもうまくいくと思います。それは一部のジョブ型職務給マンセー厨のみなさまにはひとつの理想なのかもしれませんが、わが国の実態はそれとは非常にかけはなれていてほとんどの産業企業ではそんなことできるわけないというのが現実だと思うわけで。
ということでとりあえず「業界団体への支援により、サービス分野等における実践的な「業界検定」の計画的な整備・拡大、教育訓練との一体的運用を図る」ことでサービス分野等における「「産業界が求める職業能力」と「各人が有する職業能力」を客観的に比較可能にする」とか言われたら、関連業界団体のみなさまは相当にしびれるのではないかと思います。何度もいいますがモノによりけりで、たとえば(これはまったくのたとえ話ですが)ホテル協会であればフロントの仕事はこれこれベルボーイはこれこれ清掃係はこれこれとかいうものなら作れるかもしれないけれどハイレベルな「お・も・て・な・し」の世界になると難しいでしょうねという話かもしれませんし、いっぽうで日本ペンクラブの事務局の人(という方がいらっしゃると思うのですが)に向かって出版社が求める執筆者の職業能力と各執筆者が有する職業能力を客観的に比較可能にしなさいさあそうしなさいと言ったところでなに言ってんのこの人理解不能という反応になるでしょうしという話です。ということでやって効果がありそうな分野はやってみていいと思いますが全体からみればごく限られた効果にとどまるだろうという感じです。

(3)キャリア・コンサルティングの体制整備
 キャリア・コンサルタントは、自らの職業経験や能力を見つめ直し、キャリアアップ・キャリアチェンジを考える機会を求める労働者にとって、身近な存在であることが必要である。このため、本年夏までにキャリア・コンサルタントの養成計画を策定し、その着実な養成を図るとともに、キャリア・コンサルタント活用のインセンティブを付与すること等について、本年8月末までに検討を進め、結論を得る。
また、多くの企業でキャリア・コンサルティングの体制整備が確実に進むための具体的な方策を、2015年年央までに検討し、結論を得る。

キャリア・コンサルタント養成の必要性はかなり前から指摘されており、厚生労働省も2002年に5万人という目標を設定して推進したこともあり、平成22年度末では約7万人に達しています。おおむね就業者900人あたり1人、失業者40人あたり1人いる計算になります。「自らの職業経験や能力を見つめ直し、キャリアアップ・キャリアチェンジを考える機会を求める労働者」というのがどれだけいるのかは見当つきませんが、カネを払ってまでということになるとそれほど多くはないでしょう(それが問題ではないかという論点は別途あって難しい議論です)。地域的な偏在があることは容易に想像できますが、しかし数的にはかなり充足されているのではないかと思います。むしろ乱立気味な資格(国家資格1つのほか厚生労働省のキャリア形成促進助成金の対象となる資格だけでも10ある)を整理する必要があるのではないかと言われているくらいで。
キャリア・コンサルタントにおいて重要なのはおそらく質保障のほうで、関連法規や制度を熟知していることに加えて、さまざまな専門知識や対人能力などが求められるでしょう。これらは多分に実務経験の蓄積を通じて形成するよりなさそうで、現実に7万人の相当割合はハローワーク教育機関、あるいは人材ビジネスや企業の人事部門などに勤務して実務経験を積んでいるのだろうと思います。
ということで、これを政策的にどう支援・促進するかというのは案外難しいのではないかと思われ、後のほうで出てきますがインチキな業者の淘汰排除をふくむ人材ビジネスの健全な発展の促進や、企業人による資格取得の奨励などが考えられるのでしょうか。

(4)官民協働による外部労働市場のマッチング機能の強化
 ハローワークの機能強化のため、各所ごとのパフォーマンスの比較・公表、意欲を持って取り組む職員が評価される仕組みの構築について、本年度中に具体的な方策の検討を行い、2015年度から実施する。また、民間人材ビジネスの適切な評価と積極的な活用を図るため、本年度下半期から、優良な民間事業者の認定を開始する。さらに、ハローワーク地方自治体との連携強化が全国的に進展するよう、ベストプラクティスの整理を進め、普及を図る。

ふむ、これは一応「ハローワークの人員を減らして監督署の人員を増やしましょう」みたいな話は消えたと思っていいのかな。さすがに人員が減る中で仕組みの構築だけで機能強化するというのは難しかろうと思うのですが…。
ただ「各所ごとのパフォーマンスの比較・公表」というのは、行政の情報公開という意味では大切なことだろうと思いますが、それが機能強化につながるかどうかは慎重に考えたほうがいいと思います。いや優れた職場に君たち優れてますよといってもそんなん当たり前ジャンとなるいっぽうでそうでもない職場に君たちダメですよと言うとなんだ頑張っても無駄ジャンという話になってしまうというのは、いつぞやの成果主義騒ぎのときに随所で観察されたことではないかと思い出すわけで(経営学ではもっと前からそんなもんだと考えられていたと思います)。「意欲を持って取り組む職員が評価される」というのも今まで違ったのという話ですが、まあ本当にそうだったなら改善してほしいとは思います。
民間人材ビジネスの振興については前述しましたが、優良事業者認定もよろしかろうと思います。他にも民間の現場の意見を聞きながら適切な施策を進めてほしいと思います。
あと、「ハローワーク地方自治体との連携強化」については、そういえばそんな話もあったなあと思いだしました(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20101203#p1)。あれはどうなっているのだろうか。「ベストプラクティス」がどのようなものなのか、興味深いものがあります。

(5)産業界のニーズに合った職業訓練のベスト・ミックスの推進
 各地域において、産業界のニーズを踏まえて職業訓練が真に役に立つものであったかを厳しく検証することにより、教育・訓練内容の改善や、雇用型訓練も含めた各訓練の強みを生かした訓練のベストミックスの推進を図る。あわせて、行政機関から委託や認定を受ける民間教育訓練機関の全てが、企業等のニーズに応え、PDCAサイクルにより、訓練サービスの質を高める体制を構築するため、国際標準に沿った職業訓練サービスガイドラインの研修を全国で実施する。さらに、客観的な訓練効果の分析に係る調査研究を行い、その結果を踏まえて職業訓練の見直しを行う。これらの取組により、訓練の成果評価の抜本的な強化を図る。

厳しく総括とか厳しく検証とか、そういう趣味の人が書いているんだろうなあ。それはそれとして、職業訓練の強化充実や効率化は大切なことだと思います。
ただ、この部分だけではなく全体を通じて感じるのですが、「国際標準に沿った職業訓練サービスガイドライン」とか、やはり相当程度「企業内教育ってなんですか」「企業が教育するの?じゃあオレたちその人を引き抜けばいいジャン」という発想の外資を呼び込むということが意識されているようです。まあ悪いわけではありませんし、成長戦略ということですからそうなるのだろうとも思いますが。
ということでいつも言っていることを繰り返して終わりますが、結局のところこうしたマッチング強化や供給サイドの強化で雇用失業情勢を改善させるというのは限界があり、やはり需要サイドの拡大が重要ではないかと思います。そのために外資を呼び込もうというのも間違ってはいないと思いますが、おそらく労働市場の問題はたとえば法人税率などと較べればさほどのものではないとも思われ、さらに言えばおそらくは最重要なのは日本の市場が彼らにとって魅力ある(商売になる)ものであることでしょうから、やはりマクロ成長を実現する適切な政策こそが重要だよなあとバカの一つ覚えを書いて終わります。