秋山咲恵議員

今朝の日経新聞の社説は全欄打ち抜きで「元気な社会へ新たな雇用ルールを」と訴えていますが、中身をみるとほぼ解雇規制の話で、内容の是非もさることながら解雇規制を見直せばそれだけで元気な社会ができるというのも無茶な話だなあと思うことしきり。いくらなんでも期待しすぎでしょう。
さてその中でも「産業競争力会議で民間議員から提案があった」というくだりがあり、この提案なるものがいかにグダグダな代物かということは過去のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20130320#p1以降の4回)で書いたとおりですが、その際に書き漏らしていたことをこの機会に備忘的に。そのグダグダ資料が提出された会議の議事要旨から、秋山咲恵議員の発言がなかなか興味深いので引用します。中小企業の人材確保、少子化対策、女性の雇用促進の3点について述べておられるのですが、いずれもたくまずして(失礼)非常に重要なポイントを突いておられまして、いや意識的にやったならすごいと思う。
まずは中小企業の人材確保です。

(秋山議員)
 私の方から人材・雇用に関して3点ほどお話させていただく。まず1点目は先ほど新浪議員ご発言の人材の流動化、特に大企業の人材がもっと移動できるような環境を進めるということについて賛同の意見を申し述べたい。私事で大変恐縮だが、工場の生産設備である検査ロボットのメーカーをゼロから起業したという私個人の経験に基づいて言うと、ベンチャーや中小企業の経営で常に悩まされ続けるのが人材の問題。特に技術系の人材で技術・経験を持っている方は、実際、転職市場にほとんど出てこないのが今の日本の現状である。昨今は大手電機メーカーなどが大規模な人員削減を行っているが、そこでは、先端の技術を持っている優れた技術者は、大変高い報酬で、しかしながら非常に短い契約期間で海外の企業に転職していき、残念ながら先端技術の国外輸出にもつながっている。こういった方を始めとして、大企業で経験を積んだ方々が国内の新天地でもっと活躍することが出来れば、新産業の成長、あるいは中小・ベンチャー企業の経営レベルの向上に大変役立つものと考える。
(第4回産業競争力会議議事要旨http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai4/gijiyousi.pdfから、以下同じ)

いやだったらその「先端の技術を持っている優れた技術者」に「非常に短い契約期間で」かまわないから「大変高い報酬」を提示すればいいだけの話ではないかと思うのですが。日本国内で働けるという優位性があるのですから、海外企業に較べれば低い報酬提示ですむはずだと思います。結局のところやはり低賃金で高能力な労働力がほしいという話であり、まあ語るに落ちたなと。もちろん日の丸技術の海外流出をとどめることに外部経済があるのであれば*1そのために日本企業が提示できる報酬と海外企業が提示する報酬の差額を国が負担することは正当化できると思いますので、それはそれであり得る提案だろうとは思いますが。
そこで、なぜ国内の転職で賃金が下がってしまうのかというと、まあ秋山議員のケースでは大企業と中小企業の賃金水準がそもそも違うからという話はあり(それがなぜかというのはまた別途議論がありますが)、さらにこの会議の前段で新浪議員が指摘していた企業の人事制度が長期雇用奨励的になっているという論点もあります。そこで新浪議員は退職金とか50歳とか述べられているわけですが、私は根本的にはわが国では企業特殊的熟練にも賃金が支払われているというのが重要なポイントではないかと思います。転職するとその部分は剥落して、まずは転職先で役に立つところにしか値段がつかない。もちろんその後は転職先の企業特殊的熟練が積み上がればそれにも値段がつく可能性は高いわけですが、転職するタイミングではどうしても賃金が下がりやすくなるわけです。
逆に言えば、そもそも労働移動を前提にした職務給の「ジョブ型雇用」については、企業特殊的熟練が入り込む余地は少なく、したがって転職時に賃金が下がることも比較的少なくなるわけで、要するに元が低いから転職しても下がらないということでしょう。
このあたり、どちらがいいとか悪いとかいう話ではなく、またどちらかに統一すべきだという話でもないでしょうから、結局のところは各企業がそれぞれの人事戦略にしたがって適切に組み合わせていくべきものなのでしょう。それはつまるところ巷間悪評高い旧日経連の自社型雇用ポートフォリオですが。
次は少子化対策です。

 次は少子化対策についてである。今日、今までの議論を踏まえて大変積極的ないろいろな提案を頂き感謝する。2019年に待機児童ゼロという具体的な目標が明確になったのは大変すばらしいことだと思うが、一方で、保育需要のピークが2015年から2017年に向けて急激に増加してピークになるという予想がついている。なので、ピークをどうやって乗り切っていくかが喫緊の課題としてある。規制改革会議の方で、特に待機児童の問題については、早急に取り組んで成果を出すべきテーマとの位置付けで考えて頂いているとのことなので、是非とも稲田大臣には、消費税の財源を伴わなくてもできる規制改革などを中心に、早期の対応、早期の成果が出るような取組みをお願いしたい。

これは非常に重要な指摘だと思うのですが、「保育需要のピークが2015年から2017年に向けて急激に増加してピークになる」ということで、その先がどうなるかは少なくとも読めない。もちろん保育需要増に適切に対処することで出生率が上昇する可能性はあり、そうなれば引き続き一定程度の需要は見込めるでしょうが、それほど上昇しなければ親世代の人口が減少する中では市場の縮小は避けられないでしょう。となるとたしかにピークにあわせて設備投資などを行うことは無駄が大きいでしょうから、「消費税の財源を伴わなくてもできる規制改革などを中心に」と主張されるのは合理的ではあります。ただ、それで本当に出生率が向上するかというと、かなり難しいのではないか。相当程度の財源を投入して、リーズナブルな価格で使い勝手のいい保育サービスが潤沢に供給されなければ、出生率が目に見えて(たとえば新浪議員の主張される合計特殊出生率2.1とか)上昇しないのではないかとも思うわけで、なかなか難しい判断が迫られるところでしょう。
で、同様の問題意識でもっと深刻なのが介護産業で、今でこそ成長産業扱いされているわけですが、将来的にどうなのか。ここしばらくは団塊世代が介護適齢期に入っていきますので市場の拡大は確実に期待できますし、そのニーズに応えるための対策も必要でしょうが、いずれ団塊世代がいなくなっていけば市場の縮小は目に見えています。そう考えるとあまり過大な期待をかけるべきではないように思います。
もう一つは女性の雇用促進です。

 あとは女性の雇用促進である。今回この産業競争力会議の議論を通じて女性の雇用促進については、少なくとも総論については、すべての皆様がご賛同頂いているので大変力強く感じている。一方で、具体的な各論になった時にまだまだいろいろな議論が百出し、具体的な政策を実現するためにはまだまだ道のりがあるものもたくさんあると理解している。このような時は、まず基本方針を明確にすることが大事。大切なことは、働きたいと思っている女性が一人でも多く働けるということがまず最初にあって、それから、働くようになった女性が、働きたいだけは働けるということが2つ目、そして最後に女性が働きやすい環境整備が進むように、ロールモデルとしての女性の管理職登用を積極的に進める、この3つの基本方針に資することは何でもやるという強い意志を是非この改革の中で進めて行ければと思う。

ここでは非常に重要なポイントが端的に指摘されていて「働きたいと思っている女性が一人でも多く働ける」そして「働くようになった女性が、働きたいだけは働ける」ということです。秋山議員ご自身の実感なのでしょうが、言い換えれば育児休業制度を導入して休めるようにすればいいというものではないということになります。そうはっきり言っていただけると良かったのですが(笑)、まあそこまでの意識はないままに実感を語られたのでしょう。
で、繰り返しになりますがここでもリーズナブルな価格で使い勝手のいい保育サービスが潤沢に供給されることが極めて重要になるわけで、出産・育児に外部経済があることは一応明らかでしょうから、私は一定の財源を振り向けてその育成をはかる必要があるのではないかと思います。

*1:ここは議論がありそうなところで、直観的には日の丸技術の流出は日本にとって損失だろうという気はしますし、経済産業省あたりもそのへんを心配しているのではないかと思いますが、いっぽうで電機メーカーにしてみればそこまで考慮した上で、本当に流出したら困る人材はもっと高い処遇で引き止めていますということかもしれません。まあ電機メーカー個社の利害と国全体の利害は一致しなかろうとも思いますので、その範囲で政策が介入すべき部分があるのかもしれません。