時間外協定の上限

あらかじめお断りしておきますがネタです。東京新聞で一昨日報じられていました。

 東証一部上場の売り上げ上位百社(二〇一一年決算期)の七割が、厚生労働省の通達で過労死との因果関係が強いとされる月八十時間(いわゆる過労死ライン)以上の残業を社員に認めていることが分かった。厚労省の指導が形骸化し、過労死しかねない働き方に歯止めがかかっていない現状が浮かんだ。 
 本紙は今年三〜六月、百社の本社所在地の労働局に各社の「時間外労働・休日労働に関する協定(三六協定)届」を情報公開するよう求めた。さらに各社の労務管理についてアンケートし、三十六社から回答を得た。
 開示資料によると、労使で残業の上限と決めた時間が最も長いのは、大日本印刷の月二百時間。関西電力の月百九十三時間、日本たばこ産業(JT)の月百八十時間、三菱自動車の月百六十時間と続いた。百社のうち七十社が八十時間以上で、そのほぼ半数の三十七社が百時間を超えていた。百社の平均は約九十二時間だった。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012072502000104.html

各社の具体的な数字は上記アドレスにイメージで掲載されているのでご関心の向きはどうぞ(イメージなのでコピペできないのです)。
で、200とか193とかセンセーショナルに数字を並べているわけですが、しかし多少の経験のある立場から見れば、下世話な言い方をすれば「それが何か?」という話ではないかと思います。いやもちろん基本的には上限時間が低いにこしたことはなかろうと思いますが、しかし「上限が200時間」というのと「現に200時間残業する」というのは全然違うわけですから。それで「過労死しかねない働き方に歯止めがかかっていない」とか言い切っちゃうんだからすごいなあ。さらに「厚労省の指導が形骸化」というわけですが、現実にはそれほどの長時間残業が多発しているわけではなく、しかも「東証一部上場の売り上げ上位百社」であれば労働組合なりなんなりによるガバナンスもあるでしょうし、産業医指導などのフォローも行き届いているだろうということで厚労省もあえて指導はしないということではないかなあ。たしかに時間外協定の数字だけ見て大きいから指導するという監督官とかもいるかもしれませんが(案外いそうな気もしますが)、しかしそういうのこそ形骸化した指導って言いませんかねえ。
ということで、こんなものの平均を計算してみたところで意味はなさそうですし、それ以前の問題として(8月10日追記:記事中の図表の中では)80時間を80時間超のカテゴリに入れてしまっているというお粗末さで、少なくともこの上限のもとで残業の実態がどうかを取材するくらいのことはしてから記事にしてほしかったと思います。それで実態として本当に「過労死しかねない働き方に歯止めがかかっていない」ということであればそれはニュースバリューがあるわけで。

  • (8月10日追記)コメント欄でのご指摘をふまえ、リンク先記事(の図表)が見られなくなっても意味が通じるよう、本筋ではありませんが若干追記します。当該図表によれば、100社の内訳は101-200時間(相当含む)が20社、100時間ジャストが17社、83-99時間が12社、80時間ジャスト(相当含む)が21社、45-79時間(相当含む)が30社となっています。で、順位欄に網掛けをしてあるのは「月80時間(いわゆる過労死ライン)を超える企業」ですよということが書いてあるのですが、その網掛けが上限月80時間の企業にまでかかっている…という話なわけです。ということは、記事本文には「三十七社が百時間を超えていた。」とありますが、図表によれは100時間を超えているのは20社にとどまっています。これに100時間ジャストの17社を加えて100時間以上にすれば37社になるわけで、記事の37社というのにはひょっとしたら別の算術があるのかもしれませんが、まあだいたい超と以上の使い方がわからない記者が書いているというまとめでいいと思います。もっと言えば、これをそのまま流してしまう東京新聞のチェック体制はどうなってんだという話でもあろうと思います。

まあ、そうは言っても可能になっているだけでも問題だ、という考え方もあろうとは思うわけで、東京新聞西谷敏先生(ずいぶんと大御所を担ぎ出したものだ)のコメントを載せているのですが、西谷先生も「企業が労働者側と長時間の協定を結ぶのは、繁忙期や突発的な事態に備えるためだが、大手の七割で協定時間が過労死基準を超えているのは、ゆゆしき事態だ。」と述べておられます。月200時間の残業ということは、1日10時間の休日出勤を月4回+1日8時間の残業を月20日というレベルで、平日の労働時間が16時間、昼休みや通勤、食事その他の時間で4時間とすると睡眠時間が4時間残る計算になります。相当なハードワークですが、職種によっては(記事は「職種により異なる場合は、最も長い協定時間」を報じているそうです)まあ非常時にはありえなくもないかもしれないということなのでしょうか。とはいえ現実にどれだけ可能性があるかということを考えれば、200とか160とかが放置されているのは労使の怠慢と言われても致し方ない部分はあるのかもしれません(東京新聞は企業を連呼していますが西谷先生は「労組も協定を見直して残業制限に努力すべきだ」と指摘しておられます)。これを機に見直すか、という話になれば、この記事もそれなりの意味はあったということになる可能性はありそうです。
しかしメディセオやアルフレッサが東証一部上場の売り上げ上位百社に入っていたのは少し意外でした(失礼)。まあ合併で大きくなったという事情でしょうが、医療関連ビジネスって大規模なんですね。