公務員の協約締結権

hamachan先生が産経のこの記事に噛み付いておられます。

 消費税増税に「命を懸ける」と執念を燃やす野田佳彦首相はついに公務員制度改革関連法案を断念した。公務員制度改革とは名ばかりで官公労の権限を強化する「お手盛り」法案だけに当然の判断だといえるが、連合は法案成立と引き換えに消費税増税を支持し、「国民の生活が第一」の小沢一郎代表との関係を断ち切っただけに収まらない。連合が政権の命脈を断ち切る可能性は十分ある。(比護義則)

 「公務員制度改革法案は頑張ります!」

 19日の連合中央執行委員会に異例の参加をした民主党輿石東幹事長は声高に強調。だが、連合の古賀伸明会長は黙ってにらみつけただけだった。

 それほど古賀氏は、政府・民主党公務員制度改革への本気度に強い疑念を抱いている。6月28日の政府の行政改革懇談会でのやりとりはそれを象徴した。

 「利益を生み出さない公務員に協約締結権を与える必要などない」

 JR東海葛西敬之会長がこう発言すると、京セラの稲盛和夫名誉会長もうなずいた。古賀氏は「ここで議論すべきことではない!」と気色ばみ、一触即発となった。岡田克也副総理が慌てて割って入り「法案はすでに国会に提出しているのでここでの議論はどうか」と取りなしたが、古賀氏が法案の成立のメドをただすと口をつぐんだ。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120721/plc12072101310001-n1.htm

まあ「公務員制度改革とは名ばかりで官公労の権限を強化する「お手盛り」法案だけに当然の判断」とまで言われたら立腹されるのも無理もなかろうと思いますが、返す刀で葛西氏や稲森氏まで切り捨てているのはいささかやりすぎではないかとも思います。

 それにしても、この記事に出てくるこの会話(?)は、なかなか興味深いです。「民間」経営者諸氏が、労働者への賃金が会計学上「費用」であって「利益」ではないということを理解していないというのもなかなかシュールですが。

「利益を生み出さない公務員に協約締結権を与える必要などない」

JR東海葛西敬之会長がこう発言すると、京セラの稲盛和夫名誉会長もうなずいた。

 言うまでもなく、利益が出ていない赤字企業でも、非営利のNPOでも、生産要素たる労働力の対価はきちんと支払わなければなりませんし、その決定基準は労働法に従う必要があります。JRであれ、京セラであれ。

 そういうやり方を採らない代わりに、(マッカーサー書簡以来のいろんないきさつで)人事院勧告というやり方にしたわけですが、人事院勧告断固守れと主張されているわけでもなさそうです。

 こういうレベルの方々も、週刊誌的ワイドショー的「民意」にどっぷり漬っておられるということがよく窺われます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-39ac.html

たしかに「利益を生み出さない公務員」を文字どおりにとらえて「利益が出ていない赤字企業」「非営利のNPO」という反論を行うことは可能だろうと思います。本当に文字どおりの意味で発言されたのであれば。
そこで、この発言のあった第3回行政改革懇談会の議事概要(http://www.cao.go.jp/sasshin/kondan/meeting/2012/0628/pdf/gijigaiyou.pdf)をみると、問題の葛西氏と古賀氏、岡田副総理の発言についてはさすがに支障があるということか記載がありませんが、このテーマに入る直前に岡田副総理から「行政は、民間と違って、潰れない、利益を出さくなくていいというのがあるが、行革をちゃんとやった人が評価される仕組みが必要。」という発言があったことがわかります。「利益を出さくなくていい」の文脈は巷間よく言われるような「赤字→倒産→失業のリスクのない公務員には行政改革インセンティブが働かない」というものであり、葛西氏の問題の発言も、この岡田副総理の発言をふまえてのものであろうと理解すべきでしょう*1
そう考えれば、私は葛西氏のこの発言は(協約権付与の是非は別問題として)まさに協約締結権を有する国鉄・JRの労組との団体交渉で労働条件の決定に苦心してきた氏の率直な見解として相応の重みをもって尊重されるべきものと思いますし、やはり労組との団体交渉を重ねながらJALを再建した稲盛氏が「うなずいた」というのもそれこそうなずける話だと思います。
まあ、hamachan先生としてみれば「だったら公務員もJRやJALみたいにやればいいだろう」ということかもしれませんし、さらに異なる立場からみれば葛西氏も稲盛氏も許しがたい(本来の意味での)労務屋だということになるのかもしれませんが、少なくとも「週刊誌的ワイドショー的「民意」」といっしょくたにして揶揄するのははなはだしく失礼ではないかと。というか、産経のこんな断片的な報道をもとにして葛西氏や稲盛氏のような筋金入りの経営者が「労働者への賃金が会計学上「費用」であって「利益」ではないということを理解していない」と断じるほうがよほどシュールであると私は思います。
ということでhamachan先生のお怒りはごもっともではありますが矛先の向け方はいささかいかがなものか(あ、使ってしまった)と思ったことでした。

*1:なおhamachan先生は霞ヶ関インサイダーであり、「人事院勧告断固守れと主張されているわけでもなさそう」と書かれているところを見ると上記議事概要ではなくテープ起こしの議事録を読まれているようなので、議事録上まさに文字どおりの意味で発言されているということであれば即座に降参します。(ボールド部7月25日追記。なお議事録は読まれていないとのコメントも頂戴しました。ありがとうございました。)