吾妻橋氏の連立組み替え論

昨日の日経新聞朝刊の匿名コラム「大機小機」欄に、この欄で唯一最も鋭い指摘を放つ論客「吾妻橋」氏が登場しておられます。今回の主張は「民主党は連立相手組み替えを」。

 先の参議院選挙で与党が改選議席数を維持できなかった結果、衆参両院のねじれ現象が再び生じた。…注目すべきは与党の国民新党が1議席も取れず、社民党議席を減らしたことだ。他方、行財政改革を強く主張したみんなの党は大きく躍進した。
 民主党が「選挙が第一」という論理で、改革に逆行する考え方の少数政党の言い分を丸のみしたことへの明確な批判と受け止めるべきだ。本来の改革政党としての民主党がなすべきことは、郵政改革法案の棚上げである。郵便貯金の限度額の引き上げなど、巨大な国有銀行の機能をさらに強め、金融市場の機能を阻害することは、本来の民主党の考え方とは正反対であった。
 また、派遣労働者の働き方を大幅に禁止するだけの派遣法改正案も、労働者の保護強化に重点を置く内容へ抜本的に見直すべきである。もともとの民主党案には、雇用に大きく影響する製造業や登録型派遣禁止は含まれなかった。
 今回、躍進したみんなの党は、郵政改革法案や派遣法の規制強化には明確に反対している。これら改革政党との連携を強化することが、旧自民党政権では困難であった、さまざまな既得権と結び付いた旧来の制度・慣行の改革を進めることにつながる。
 他方で、財政支出なしで需要を刺激できる可能性の大きな「規制の仕分け」への取り組みを表明したことは評価でき、これを速やかに実現すべきだ。住宅の容積率緩和による建設投資促進や、混合診療・混合介護のルールを明確に定めるなど医療や介護関連の需要拡大に結び付く規制改革分野は多く残されている。…
 民主党への政権交代時に期待されていた、長期停滞からの脱出は、古き良い時代への回帰を目指す衰退政党ではなく、変化を求める新政党との連携なしには実現できない。自民党との改革競争をリードすることが、菅首相の支持率回復への大きなカギとなろう。(吾妻橋
(平成22年7月29日付日本経済新聞朝刊「大機小機」から)
http://www.nikkei.com/paper/article/g=96959996889DE3E3EAE1E0E3E0E2E0EBE2E5E0E2E3E2979CE0E2E2E2;b=20100729

例によって居酒屋政談レベルでの感想を書きますと、吾妻橋氏が評価するほどではないにしても、今回の選挙結果には「民主党が「選挙が第一」という論理で、改革に逆行する考え方の少数政党の言い分を丸のみしたことへの明確な批判」という面もあるのかもしれません。たしかに、民主党政権における国民新党社民党の振る舞いは、現実の議席数を考えればいかにも均衡を欠き、目にあまるものがあると感じたのは私だけではないでしょう。
いっぽう、民主党が言う政策別の部分連合というのもそれほど簡単ではないでしょうし、吾妻橋氏が推奨するみんなの党との連立もかなりの困難をともなうでしょう。みんなの党はいまのところ政策的な妥協についてはかなり強硬な姿勢をとっているようですし、そもそも民主党自体にも「古き良き時代への回帰を目指す」人たちがかなりの程度含まれているように思われるからです。
とはいえ、野党が反対で民主党がどうしても通したい法案を通すには衆院での再可決の可能な2/3の議席を確保することが必要になるわけで、となると、結局はこれまでの延長線上で、国民新党との連立を維持しつつあらためて社民党の連立復帰をめざすというのがいちばん現実的なのでしょうか。実際、現在の社民党の状況をみるに、現実の政界もその方向に向かっている感もなきにしもあらずです。
この2党をつなぎとめるためには郵政と派遣の改正法案を成立させなければならないわけですが、どうみてもこの2法案を成立させたいのは国民新党社民党だけで(あるいは共産党は派遣法は通してもいいと思っているかもしれませんが)、衆院の2/3での再可決なんていう強硬手段をとるほどのものではないですよねえという感じはします。少なくとも小党の利益とメンツのために無茶を働く(国会運営上も法案の内容も)というのは国民の目には見え見えになるわけで、支持率にもいい影響はないでしょう。まあ、この先3年は選挙をやらずにすませることもできるのでまた取り返せばいいやと考えることもできるでしょうし、民主党の中でも現執行部を引きずり下ろしたいむきにはそれも好都合ということかもしれませんが、おそらくは現実にさあやるぞという話になってくれば、民主党内にも相当の異論が出てくるのではないでしょうか。というか出てきてもらわないと困るわけですが。
しかも、仮に党内がまとまったとしても、これに踏み切ってしまったらみんなの党はじめ他党と連立を組む可能性は限りなく低下するでしょうから、ある意味連立の踏み絵みたいな意味もあって、その意味でもかなりのギャンブルではありそうです。派遣法はまだしも、郵政のほうは閣内でも異論があったくらいですから、下手をすると採決で造反が出て再可決できないという事態も可能性はゼロではなさそうです。そう考えると、やはり吾妻橋氏の指摘するように、郵政と派遣は棚上げするのが民主党にとっては賢明な作戦ではないかという気がします。みんなの党との連立が難しいなら、これも困難な道ではありますが、現実に言っている「部分連合」に苦心するしかないでしょう。
なお吾妻橋氏の「派遣労働者の働き方を大幅に禁止するだけの派遣法改正案も、労働者の保護強化に重点を置く内容へ抜本的に見直すべきである」というのには、この短いコラムの中で見事に端的に言い切られたものだと感心させられました。まあ保護強化の具体論が大問題ではあるわけですが、派遣労働を働き方の多様な選択肢の一つとして市民権を与え、その上で保護に欠けている部分についてはしかるべく保護する*1という方向性であるべきことは間違いないものと思います。

*1:実際、契約期間途中での契約打ち切り・解雇(いわゆる「派遣切り」などはその最たるもので、これに対しては中途解約時の派遣先の派遣元に対する補償義務を明確化して、派遣元による契約打ち切りを理由とする解雇は原則禁止、解雇する場合は少なくとも契約残期間分の賃金相当額の支給を要するといったルールの整備が必要と思われます。