高年齢者雇用研究会報告たたき台

昨日取り上げた高年齢者雇用研究会の資料が、昨日のうちに厚労省のサイトに掲載されておりました。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001bmon-att/2r9852000001bn1i.pdf
想像していたような出来上がった報告書案ではなく、要約的なたたき台となっています。それほど長くないので順次みていきたいと思います。

 少子高齢化の進展に伴い、労働力人口の減少が見込まれている中、経済社会の活力を維持するとともに、社会保障制度などの持続可能性を高めるためには、意欲と能力のある高年齢者の知識や経験を労働市場の中で有効に活用することが必要ではないか。
 このため、中長期的には、高年齢者が可能な限り社会の支え手として活躍できるよう、年齢にかかわりなく働ける「生涯現役社会」を実現する必要があるのではないか。

うーん、いきなりなにかと違和感のある文章ですね。まあもちろん「希望者全員」ということで引退の自由は確保されていますよ、ということだとは思うのですが、しかしどうにも「年齢にかかわりなく働いて社会の支え手として活躍できない引退者は社会のお荷物だ」という本音がにじみ出ているように感じて違和感を覚えてしまうのは私の僻目というものなのでしょうか。というものなのでしょうが。
それからこれも毎度書いていることなのですが、「年齢にかかわりなく働ける「生涯現役社会」を実現する」と書かれていますが、別に何歳になったら働いてはいけないとかいう法律があるわけではないので、要するにマッチングさえできれば現状でも年齢にかかわりなく働けるわけでしょう。だからマッチングを改善しましょうという話にならないところに違和感のもとがあるのかなあなどと考えてみたり。いやよくわからないのですが。

 60代前半の者の生活の安定は、基本的には、働く場の確保により支えるべきであり、平成25(2013)年度からの老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の引上げも踏まえ、定年退職後、年金支給開始年齢までの間に無年金無収入となる者が生じることのないよう、雇用と年金を確実に接続させる必要があるのではないか。そのためには、当面は、就業を希望する者全員の65歳までの雇用確保を確実に進めるべきではないか。

引退の自由とは言いましたが、「60代前半の者の生活の安定は、基本的には、働く場の確保により支える」については、「べき」とまで言うかはともかく、それが望ましいことは間違いなかろうと思います。雇用と年金の接続についても、「確実に接続させる必要」とまで言うかはともかく、重要であるとは思います。為念申し上げますとこのブログでも以前からたびたび書いているように私は個人的には定年延長論者であり、定年と年金の接続も長期的には必須だろうと考えています。ただ、現時点での労使関係や労働市場、人事管理の実態は必ずしもそれに追いついていないため、当面は職種や労働条件の変更が比較的行いやすい再雇用制度で過渡的に対応していくことが現実的だと考えています。そういう意味ではこの「たたき台」と基本的な認識は共有しているわけで、ただし現時点で労使自治でルールを決めることまで禁止することに対しては否定的だということは昨日のエントリで書きました。逆にいえば、60歳定年を法制化したときと同様、今後個別労使が高年齢者雇用に継続的に取り組んだ結果として大多数の企業で事実上希望者全員が65歳まで再雇用されるという実態になったら65歳定年を法制化するというのがものの順序だというのもたびたび書いているとおりです。
ただ、これも繰り返し書いていますが、働く場が確保されないと無収入になるというのは60代前半に限らず何歳でも起こりうることであって、なぜ60代前半だけが「希望する者全員の…雇用確保を確実に進める」とまで優遇されるのかはけっこう疑問だったりします。40歳、50歳で失業して、失業給付も切れて無収入になり、働く場の確保を切実に希望している人もいるはずで、そういう人に対して「40歳、50歳なら再就職支援で何とかなるでしょう、でも60歳過ぎたらそれでは難しいので希望者全員働く場を確保します」と言ってもまあ説得力ないだろうなと。
これは用語の問題ですが、すでに人事担当者でなくなった私が言うのもなんではありますが、人事担当者からみれば「希望者全員」というのは破格の優遇という印象があるのではないでしょうか。人事管理の現実としては希望通りにならないのが普通(いや希望通りにできればそれにこしたことはありませんが)なわけで、その中でいかに意欲や士気を維持向上させるかに職場マネージャーや人事担当者の苦心があるわけですから。いや引退の自由との関係で致し方ないのだろうとは思いますが、しかし安易に「希望者全員」を連呼されると…まあ、若干の苛立ちは覚えます。

 希望者全員の65歳までの雇用確保のための方策としては、まず、現行60歳である法定定年年齢を引き上げる方法について検討すべきではないか。また、それができない場合であっても、少なくとも法定定年年齢を60歳としたままで希望者全員についての65歳までの継続雇用を確保する方法を考えるべきではないか。
 法定定年年齢の引上げについては、(1)老齢厚生年金の定額部分の支給開始年齢の65歳への引上げ完了を機に、法定定年年齢を65歳まで引き上げるという方法や、(2)定年年齢を老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の引上げに合わせて65歳まで段階的に引き上げる、という方法があるのではないか。
 法定定年年齢の引上げを行わず、希望者全員の65歳までの継続雇用を確保することとする場合には、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る現行の基準制度を廃止する必要があるのではないか。

一部機種依存文字(ryいや安易に希望者全員を連呼とか文句をつけておいてなんなのですが、しかしこれ希望者全員になりませんよね。まず上で書いたように失業者はどうするのかという問題があり、さらに昨日ちょっと書きましたが非正規労働者はどうなるのかという問題もあります。有期契約を反復更新して(60歳に満たない)一定年齢に到達したら雇い止め、といった内規で運用している企業というのもあっていかがなものか(あ、使ってしまった(笑))と思うわけですが、いっぽうで60歳過ぎたら希望者全員契約更新しなければならないというのもいかにも妙な話でしょう。ただまあ、これは希望者全員とは言っても定年制のある働き方をしている人の希望者全員、要するに正社員全員ということなのかもしれません。このご時世にどんなものかとも思いますが、実際問題としては正社員の多くは相当に拘束度の高い働き方を長期間続けているでしょうから、「そこまで働いてくれた人を無年金で退職させるわけにはいかない」というのが(よしあしは別としても)案外情において受け入れられやすいのかもしれないなあとも思います。

 現在の60代前半の者の賃金は、老齢厚生年金の報酬比例部分の受給を前提に決定されている側面もあると考えられるが、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の引上げに伴い、60代前半の高齢者の賃金について、その生活の安定を考慮し、労使の話し合いにより、仕事内容とそれに見合った労働条件の設定について適切なものとしていくことが重要ではないか。

ほほお。60代前半は生計費賃金にしなさいときましたか。まあ無年金になって食っていけなくなると困るからという問題意識からすればそういうことになるのでしょうが企業の賃金決定は生活保護の金額決定とは違うんですから。いやこれ職務給マンセー同一労働同一賃金厨の方々はどう考えるのでしょう。まあ労使の話し合いで「適切なもの」ということなので、変に介入して来られなければいいのではありますが。

 なお、改正高年齢者雇用安定法の施行状況をみると、施行後5年間が経過したにも関わらず雇用確保措置を講じていない企業があるが、勧告を行ってもなお雇用確保措置を講じない場合には、雇用確保措置の義務の履行を確保するため、企業名を公表するなどより強力な方策を講ずることを検討すべきではないか。

これはまことにそのとおりと思います。守るべきルールが守られていないときに取り締まりを強化するというのは筋の通った考え方で、まあ刑事罰をもって臨むとまでなると違うかなとは思いますが、悪質なケースの企業名公表は考えられていいと思います。そうすれば株主オンブズマンとか総会屋みたいなのが出てきてこらこらこら。いやルールが守られていないから規制を強化するといわれたら筋が悪いとは思いますけどね。

 また、高年齢者の雇用は、その知識、経験等を活かした安定した雇用確保が基本となるが、やむを得ず離職する者に対しては、円滑な企業間の労働移動を行うことができるよう、国は助成金の一層の活用などにより再就職を支援する必要があるのではないか。
 高年齢者の就業意欲は高い一方で、高齢期には就業ニーズが多様となることから、できるだけ多くの高年齢者がその意欲、能力、多様なニーズに応じて働くことができる「生涯現役社会」を実現するため、環境の整備を行う必要があるのではないか。

さてこれが昨日とりあえず予想した範囲内かどうかはわかりませんが、「知識、経験等を活かした安定した雇用確保」というのはずいぶん欲張ったなあという印象です。まあそれが望ましいということは異論ないのですが、しかしこれ希望者全員ですからねええ。「安定した」というのは有期の再雇用はやめてくれという趣旨でしょうか。さらにフルタイムとか全日とかまで確保してほしいとまでは欲張っていなかろうと思いたいのですが、でも生計費賃金とか書いてある紙だからなあ。
で、知識、経験等を生かした仕事やフルタイム・全日の仕事がしんどくなってきた人については「多様なニーズに応じて働くことができる」「円滑な企業間の労働移動を行うことができるよう、国は助成金の活用などにより再就職を支援する」というわけですね。まあ最初にも書いたように「生涯現役社会」というのはマッチングの問題なわけで、さすがにここでは「希望者全員」は回避して「できるだけ多くの高年齢者が」となっていますね。とはいえ民間企業に対して高年齢者の「意欲、能力、多様なニーズに応じて働くことができる」職場をできるだけ多く準備しなさい、年金は出ないから賃金は生計費でね、さらにこれは後から出てくるのですが「高年齢者に配慮した作業環境の導入・改善」もやってくださいねと言ってもそりゃ無理でしょうという話にならざるを得ないわけで、やろうとすれば相当の助成金を投入するか、公的部門に仕事を作って雇用するかということになるでしょうがそこまでやるなら年金払ったほうがマシではないかと思うことしきり。いやさすがにそんなことはないのか。

 企業が高年齢者の職業能力開発に積極的に取り組むとともに、中高年期において労働者自身が高齢期を見据えた職業能力開発に取り組むことが必要ではないか。
 このような企業及び労働者の取組を促進するため、国は、例えば高年齢者の就業に適した分野の職業訓練コースの充実や雇用保険制度による教育訓練給付の活用を図る必要があるのではないか。

これはちょっと首をかしげざるを得ない主張で、企業が従業員の能力開発を行うのは多分に投資であって、それなりの回収が期待できなければ行われません。残念ながら残り期待勤続が短く回収可能性の低い高年齢者に企業が能力開発を行うインセンティブは乏しいと言わざるを得ないように思われます。
中年期に高齢期を見据えた訓練を、というのはそのとおりですが、それ以前に中年期、さらには若年期から、労働者だけではなく労使で健康の維持増進に取り組むことが必要ではないかと思われます。まあこの研究会の範囲を超えるのかもしれませんが、しかし健康や体力の状況によって高齢期の就労が大きく左右されることは間違いありませんので。

 企業においては、高年齢者の職域拡大、高年齢者に配慮した作業環境の導入・改善、高年齢者の就業の実態や生活の安定等を考慮した賃金制度、短時間勤務の導入等を図っていくべきであり、国はこのような企業の取組を引き続き支援すべきではないか。

作業環境の改善は高年齢者云々にかかわらず取り組まれるべきものであり、逆に言えば働く人にとってはそれが高年齢者雇用推進のメリットにもなるわけです。
で、続いてまたしても「高年齢者の就業の実態や生活の安定等を考慮した賃金制度、短時間勤務の導入等を図っていくべき」と来るわけですがしかしいくらなんでも短時間勤務で生活が安定する賃金ってのは無理筋ではないかと申し上げてはいけないのでしょうか。いやこれを読んでなんでそんなに高年齢者ばかり優遇するのかと思う人は多いのではないかと思うのですが。

 年齢に関わりなく多様な就業機会を確保することができる場として、シルバー人材センターを積極的に活用し、就業機会の拡大を図っていくべきではないか。
 高齢期における女性の就業率を高めていくためには、若年期からの就労参加を促進するとともに、出産・育児等で離職した場合でも、教育訓練を含めた再就職のための支援を行うことにより、継続的な就業ができる環境整備を行うことが必要ではないか。
 また、高齢期の女性に対して働きやすい就業機会を提供するには、シルバー人材センターが職域の拡大などを図っていく必要があるのではないか。

シルバー人材センターについてはいろいろな評価があるようで、多分に我田引水な感はありますが、まあ行政として取り組むことも大事だろうとは思いますのでよりよい事業になるようがんばってほしいなと思います。それはそれとして、こう書いているということはシルバー人材センターの配分金くらいの水準であれば生活の安定等を考慮した賃金だと考えていいのかなあと思うわけで、であればかなり現実的かもしれません。

 年齢差別禁止については、社会や雇用システムへの影響などについて多角的な観点から考慮する必要があること等を踏まえ、当面の政策課題としてはまだ議論が十分に熟していないため、中長期的課題として引き続き議論を深めていく必要があるのではないか。
 他方で、当面は、定年制等の高年齢者雇用確保措置のほか、高年齢者の就業を促進する観点から、雇用法制の在り方について超高齢社会に適合するよう検討を進める必要があるのではないか。

いやそりゃ定年延長と言ってるんですから年齢差別禁止はできないでしょう。これまで定年制については往々にして「いやがる労働者をむりやり「定年だから」といって社外におっぽり出す」などと「高年齢者雇用を阻害する」という議論がされがちでしたが、実際には定年までの高年齢者雇用の確保に非常に大きな役割を果たしているわけで、今回65歳までという議論にあたっては定年制が高年齢者雇用をむしろ促進することがしっかり認識されていることは歓迎したいと思います。
最後の一文は「当面は、定年制等の高年齢者雇用確保措置のほか…検討を進める必要がある」と、定年延長についても検討事項と位置づけた書き方になっており、そうは言っても当面実施されるのは再雇用の拡大だろうという現実的な認識がにじみでています(まあ現実的でいいと思います)。「高年齢者の就業を促進する観点から、雇用法制の在り方について超高齢社会に適合するよう検討を進める」というのはいずれは定年廃止、年齢差別禁止まで行きたいなという願望なのでしょうが、定年制はわが国の労働市場、雇用慣行に深く定着していますので、十分に慎重に考えてほしいと思います。というかやめておいたほうがいいと思うのですが。
これで「たたき台」全文にコメントしましたが、たたき台に書いてないけれど重要な論点もありますのでもう一日だけ続きます。