高年齢者雇用に関する経団連の意見書

一昨日のエントリを書いた際にhamachan先生のブログを読んでいたら、高年齢者雇用に関する経団連の意見書についてコメントされておられるのを発見しました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-285d.html
経団連の意見書はこちらです。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/080.html

 日本経団連が「今後の高齢者雇用のあり方について」という意見書で厚労省の研究会報告を批判しているということで、各方面で話題になっているようですが、…例によって、一部で情緒的議論が吹き上がっているようでもあるので、細かいことは抜きにして、問題の本質だけ確認しておきますね。
 単純化してしまえば、問題の本質はこうです。

問題その一、高齢者を働かせずに現役世代の稼いだ金で養うか、それとも自分たちでできるだけ長く働いてもらうか。

問題その二、正社員のポストを高齢者に維持するか、若年者に振り向けるか。

 日本経団連にせよ、ネット上で吹き上がっているやに見えるワカモノ(?)にせよ、この第一の問題構造がきちんと理解されているのかどうかが問題です。高齢者を労働市場から追い出しても、自分の懐が痛まないなどと考えてはいけません。高齢者を引退させるということは、現役世代が養うということです。そういうマクロ社会感覚があるかどうかです。
 雇用機会だけは絶対的に不足しているが、お金はなぜか絶対的に潤沢であるというような(ある種のベーシックインカム論者に見られるような)認識は、正しいものではありません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-285d.html、以下同じ

「ネット上で吹き上がっているやに見えるワカモノ(?)」に関してはまとめエントリもいくつか上がっているようですが、対経団連、対政府、対(中)高年の3方向に向けてさまざまな吹き上がり方をしているようです。
そこでざっと見たところ、彼ら彼女らは「問題構造」だの「マクロ社会感覚」だのといった小難しい言葉は使っていないようですが、しかし最大公約数的に粗っぽくまとめれば俺たちが養ってやるから職よこせと言っているのではないかという気はするのです。まあ中には城繁幸氏のように養うのはワカモノからの搾取だから養わないけど職はよこせと考えている人もいるのでしょうが。
また、「雇用機会だけは絶対的に不足しているが、お金はなぜか絶対的に潤沢であるというような認識は、正しいものではありません」というのは私もまったくそのとおりだと思いますし、好況期なら高年齢者雇用の話も進みやすいのにねということもどこかで書いたと思います。ただ、吹き上がっている彼ら彼女らにしてみれば私たち今職がなくて困ってるのに何してくれるんだという反応になることも無理からぬなあとも思います。雇用機会が潤沢になるのを待つ間も、彼ら彼女らは確実に加齢し、能力向上などのチャンスが失われていくわけですから。これまた繰り返しになりますが、こうした若年の声がある中で、職業安定局の研究会が「若年は中小企業とマッチングさせるからいいです(私の勝手な意訳)」という報告書を出すというのも淋しいなあと思いますね。
さて経団連のほうはというと、意見書を読むかぎりさすがに経団連は理解していないということはなさそうです。意見書は「公的年金の支給開始年齢の引上げへの対応は本来…社会を構成する各々の主体間においてどのように負担を分担していくのかという視点が必要である」ところ、「雇用と年金の接続を「企業の社会的責務」とするような考え方は、個別企業のみに過大な責任を求めるものであり、それが定年対象者に限られるとしても、あまりに一方的」であり、「企業に対し、本来は不要な業務を作り出してまで、高齢者雇用を強いることになる恐れもある」と主張しています。働ける人はすでに再雇用しているし、なるべく多くの人を再雇用できるよう努力もするけれど、企業による合理的な努力の範囲では働けない人というのも出て来ざるを得ない、そういう人まで『仕事』を作ってまで雇い続けろというのかと。
つまり、経団連が憤っているのは研究会報告の「無理やりにでも雇わせておけば養われていることにはならない」というお粗末かつ能天気な『マクロ社会感覚』に対してだということでしょう。
なにしろ研究会報告はといえば「企業においては、高年齢者を活かすための職場の創出、新たな事業分野への進出や職務の設計等による高年齢者の職域拡大、高年齢者に配慮した機械設備、作業方法又は作業環境の導入・改善、高年齢者の就業の実態や生活の安定等を考慮した賃金制度、短時間勤務などの柔軟な働き方の導入など高年齢者の多様な就業ニーズに応じて、高年齢者が働きやすいような環境整備を進めるべきである。」とまで書いています。まあこれもhamachan先生流にいえば「戦略上…わざとしています」ということなのかもしれませんが、しかしこれでは企業は希望者全員に65歳までの『仕事』と「生活の安定等を考慮した賃金」を与えるために新規事業に進出したり設備投資を行ったりしなさいと言わんばかりであり、経団連ふざけるなと言うのも無理からぬものがあります*1。研究会はこれでも雇われている以上は養われてはいないという『マクロ社会感覚』なのかもしれませんが、しかし普通これ企業に養われているって言いませんかねえ
そこで、研究会報告は続けて「国はこのような企業の取組を引き続き支援するとともに、企業に高年齢者を雇用するインセンティブを与えるような方策も検討していくべきである」と書いていますが、働けない人のための設備投資に助成金を出すくらいなら年金を出したらどうなんだとも思いますね。あるいは、それを賃金原資にして政府が直接雇い入れるとか。

 一方、日本経団連が(期間の定めなき雇用で雇われている高齢者にそのまま65歳までの雇用を保障するという意味での)65歳定年に対して否定的であるのは、(厳密な法律上の議論はともかくとして)事実上限られた正社員のポストを高齢者が占め続けることで、若年者をそこから遠ざけ、非正規に追いやる危険性は間違いなくあることからすれば、もっともな理由があると思われます。
 日本で65歳定年を議論するためには、正社員の賃金制度をどうするか、非正規労働者との待遇をどうしていくかといった大きな問題に取り組む必要があり、現時点でそのような準備が整っているとは思えません。

これも以前書きましたが、雇用調整の可能性という点で考えると再雇用であっても正社員とほとんど変わらないんですよねぇ。希望者全員である以上、再雇用という形をとれば職務配置や労働条件を変更しやすいといった点を除けば定年延長と大差はありません。
むしろ、これは2003年改正時にも議論がありましたが、希望者全員再雇用ということはその限りで採用の自由が剥奪されるということであり、だったら(これが奪われない)定年延長のほうがマシではないかという考え方もあります。2003年改正時は結局、労使が合意の上での制約であれば許容できる(これを促すために就業規則で基準を設定できる期間が設けられていたことに注意)ということで現行となったわけです。ひるがえって現在はといえばhamachan先生も指摘されるとおり定年延長への準備はおよそ整っていないわけで(それが労使の怠慢だと言われればそのとおりかもしれませんが)、となると使用者サイドが採用の自由の制約強化につながる基準制度の廃止にはそう簡単には同意できないことは明白でしょう。何をやるにしても2003年改正時と同様の漸進的なしくみが必要です。
ところでこれは細かい話なのですが定年延長を議論する上で「正社員の賃金制度をどうするか」は重要(定年は正社員の制度なので当然)ですが、多くの場合定年制とは関係の薄い「非正規労働者との待遇をどうしていくか」まで議論が必要でしょうか?関係ないけど合わせて議論してほしいということならわかりますが。

 もっとも、すでに述べたように、厚労省の研究会も今すぐ65歳定年などと打ち出しているわけではありません(戦略上、あたかもそう読めるかに見える書き方をわざとしていますが)。
 わたしはむしろ、日本経団連が指摘していることで重要な論点は、最後の方の「継続雇用における雇用確保先の対象の拡大」であろうと考えています。ここは、現実問題として企業にとって切実なものがかなりあるのではないでしょうか。
 現行の対象者選定基準を廃止する代わりに、転籍による雇用確保措置を大幅に認めるというディールはありうるように思われます。

私も、経団連も主張するように、60歳まで勤務していた企業での雇用にこだわらず、「転籍による雇用確保措置を大幅に認める」ことで高年齢者雇用の促進が図りうると思います。現状すでに60歳定年とは言っても出向→転籍も含めての雇用確保になっているわけで、年金支給開始までの雇用確保という目的に一致するのであれば子会社以外への転籍はむしろ積極的に考慮されるべきでしょう。
特に重要なのは人材ビジネスの活用で、まあ低次元な業者を排除するためのしくみ(許認可とか)は必要だと思いますが、たとえば常用型派遣で派遣会社に転籍というスタイルは有効なように思います。もちろん派遣会社もご商売ですから派遣料金で稼ぐだけではなく、転籍元企業から一人いくらでお引き取りいたしますというビジネスモデルも考えられるでしょう。
それにしても「戦略上、あたかもそう読めるかに見える書き方をわざとしていますが」とか「ディール」とかいう表現は興味深いですね。勝手に深読みすれば、経営サイドには「定年延長は当面引っ込めます、再雇用先の規制緩和もプレゼントします、だから基準制度廃止で折れ合ってください」、労働サイドにも「基準制度が廃止されて65歳までの雇用が確保されるので、(研究会報告に対する事務局長談話にある)『高年齢者雇用確保措置をいずれも導入しない場合における私法上の効果を規定すべき』というのは引っ込めてください』と、こんな「ディール」を想定しておられるのでしょうか。まあ、これなら新成長戦略に書かれたことはやったことになるので、役所としては仕事をしましたということになるのでしょうが…。

*1:もちろん、作業負荷の軽減や就労環境の改善のための投資はそれはそれで企業は(特段高年齢者雇用対策というわけではなく労働条件向上の一環として)着実に進めるわけですが。