平成23年度厚生労働省の目標

先週の木曜日(28日)に「平成23年厚生労働省の目標」が発表されました。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001atv9-att/2r9852000001atwz.pdf
最初の正直な感想はもう長妻大臣いないんだからやめちゃえばいいのにというものだったのですが、それはそれとして。
平成22年度にはあった「引き続き連立政権合意、マニフェストの実 現に向けた具体策に取り組む」とか「従来の役所文化を変えて」とかいう文言が外れたのは、大臣交替の反映でしょうか。
冒頭を読んでみますと、

 厚生労働省は、平成22年度の目標に沿って進めてきた取組の上に立って、平成23年度も引き続き、国家の礎(いしずえ)の一翼を担う社会保障・雇用政策を進めるべく、ここに「平成23年度 厚生労働省の目標」を定める。

1.あるべき厚生労働省の姿(基本理念)

(1)厚生労働省は、過去の反省を踏まえた上で、生活者の立場に立ち、信頼される存在となることを目指す。その際には、常に実態の把握に努め、机上の空論により施策を進めることがないようにする。
 このため、国民調査・アンケート等の手法により制度改革、政策実施等における国民との適切な合意形成を実現する。

(2)厚生労働省は、世界に誇る少子高齢社会の日本モデルとなるよう、格差が少なく、何歳になっても働きたい男女が働くことができ、安心して子どもを産み育てることができ、地域で健康に長寿を迎えることができる社会を目指す。その際には、特に次の4点を念頭に置きながら政策立案にあたる。
1 ナショナルミニマムの保障
2 ポジティブ・ウェルフェアの推進
3 自助・共助・公助の適切な組み合わせ
4 成長戦略の中核としての社会保障及び雇用政策の展開

(3)厚生労働省は、政策目的に照らして適切でない規制の見直しを進める。また、ナショナルミニマムの保障を前提に、国と地方の役割分担を必要に応じて再構築する。

(4)厚生労働省は、施策を進める上で、「コスト意識・無駄排除」等の職員が強化すべき能力を明確にし、それらに立脚した人事評価や人材育成の体制を確立する。

(5)厚生労働省は、職員一人一人がやりがいをもって業務を行うことができるよう、明るく楽しい職場づくりに努める。また、そのために、業務改善を進めて職員の業務負荷を可能な限り軽減・効率化し、政策の企画・立案により時間を割くことができるような体制を確立する。

例によって一部機種依存文字を変更しております。
(1)は言わずもがなではないかとも思うのですが、まあ年金記録問題や三号特例など忘れてませんということでしょうか。
続く(2)がどうやら厚生労働省の使命、厚生労働省として目指す社会を示したもののようですが、まあ「目指す」のだからこれでいいのかな。いやひとつの理想であることは間違いなかろうと思います。これを「実現する」と言ってしまうと無理でしょうという話になるわけですが、まあ近づいていこうということならそれはそれで立派な志だと思います。
ただ「何歳になっても働きたい男女が働くことができ」というのにはいささか奇妙な感を覚えるわけで、別に何歳になったら働いてはいけないとか、男性は働いてはいけないといった法律があるわけでもなく、法制度としてはすでに「何歳になっても働きたい男女が働くことができ」るようになっているという理屈になるはずです。まあもちろん現実には需給関係で働きたいけれど働けないという人は(年齢性別問わず)存在するわけですが、そういう人も一人の漏れもなく働けるようにしたいというのであれば、これはさすがに政府が働かせてあげてくださいねということにならざるを得ないかなとは思います。この人働きたいといってるから働かせなさいなんて政府に民間企業が強制されても困るわけで。
(3)については「規制の見直し」ではなく「規制の緩和」と書いてほしかったところなのですが、まあないものねだりだということもよくわかります。後から出てくる話をみてもことごとく規制の強化につながるような話ばかりだものなあ。まあそのほうが仕事をしたような気になるのでしょうが。
後段については「必要に応じて」ということで、必要なければ何もしないということでよろしいかと。実は平成22年度にはこの部分に「地方分権の推進」という小見出しがついていたのですが、今年はなくなっておりますな。後続の記述にも地方分権につながるような内容は、こちらはそれこそ一切出てきていませんし(私が見落としていたらご容赦を)。まあ必要な地方分権もあるでしょうが、しかし昨今一部にみられる地方分権はすべていいことだみたいな論調もどうかと思うわけでして、少なくとも労使が揃って国がやればいいと言っているようなものまで地方分権だ、というのはいかがなものかということは昨年末にも書きました(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20101203)。そのときにも書きましたが役所の作った「地方自治体の意向を取り入れて職業紹介を行う協議会方式」というスキームはなかなかよくできていると思います。
(4)の「職員が強化すべき能力」というのは後のほうで「省に不足する7つの能力」として具体的に「実態把握、コスト意識・ムダ排除、コミュニケーション、情報公開、制度・業務改善、政策マーケティング・検証、新政策立案」があげられています。まあ満足・不足というよりは他の能力も含めて常に伸ばしていくことが求められるのではないでしょうか。ただその方法論が「職員研修体制を抜本的に強化し」となっているのはやや物足りない感があります。まあ、業務を通じたOJTまで含めての話になっているのならいいのですが。その前に「次代の厚生労働行政を担う人物像に照らした適切な人事評価と前例にとらわれない適材適所の人事を行う」とありますので、そのあたりさすがにきちんと意識されているのでしょう。
(5)の前段については、後のほうで具体的に「年次休暇の取得促進や男性の育児休業取得促進等を図る他、早期退庁を促進する」となっています。早期退庁にはぎょっとしましたがこれは日々早い時間帯に帰宅するということですね。これや年次有給休暇、男性の育児休業が「職員一人一人がやりがいをもって業務を行うこと」だといわれるとそうかなあとも感じますが、まあどれも大事なことですし旗振り役たる厚生労働省が率先垂範しようとの意欲であれば多とすべきかと。なお後段については某大臣が交代したことでずいぶん改善したのではないかとこらこらこら。
さて個別施策については(5)雇用・労働対策だけ確認しておきたいと思います。

(5)雇用・労働対策

1 新卒応援ハローワークやジョブサポーター、企業への奨励金等により、今後とも、一人でも多くの新卒者が就職できるよう、労働局・ハローワークが総力を挙げて支援を進める。

2 雇用保険を受給できない方に対するセーフティネットとして、「求職者支援制度」を創設し、その的確な運用に努める。また、雇用保険について、労働者の生活の安定、再就職の促進等を図るための機能強化を進める。

3 新成長戦略に掲げられた最低賃金引上げに関する目標「全国最低800円、全国平均1000円」の実現に向け、中小企業への支援を行うとともに、労使関係者との調整を図りつつ、取組を進める。

4 労働災害の防止に全力を挙げるとともに、職場のメンタルヘルス対策の強化、受動喫煙による健康障害防止等を図るため、労働安全衛生法の改正に向けた作業を進める。また、過労死等の危険を高める長時間労働の抑制を図る。

5 有期労働契約の在り方について議論を進め、本年12月頃までに結論を得る。

6 男女雇用機会均等法の更なる推進やパートタイム労働対策の在り方について議論を進めるなどにより、公正かつ多様な働き方の実現を図る。

7 国の労働政策全般にわたる基本方針を取りまとめる。

一部機種依存(ryまあ基本的には役所のやろうとしていることを書いているわけですが、一見して冒頭の総論との齟齬が目立ちます。まず非常に不思議なのは高齢法改正の検討について触れられていない点で、これは他の部分でも言及がないようです。まあ総論で何歳になってもと書いているからそれで足りているということかもしれませんが…。逆に総論では目だった言及のない新卒採用がトップバッターで出てくるというのも、たしかに重要な課題ではあるでしょうが少し唐突な感があります。新卒者に限らず、求職者全般についての取り組みであれば違和感はないのですが。
求職者支援制度についてはすでに法案が国会に提出されていますので、あとは成立を待ってその後の運用をきちんとやりましょうということでしょうか。最低賃金ナショナルミニマムということでしょうが、しかしこれがあまり筋のいい話ではないということはこれまでも散々書いていますので略します。メンタルヘルス受動喫煙も一応審議会までは終わっていて、まあ難しい調整も残っているようですが粛々とやろうというところでしょうか。
有期労働契約については、予定通り年内に結論を得るとのことで、まあたしかに新成長戦略の工程表にはそうあるわけですが、しかししばらくの間は労働市場の混乱が避けられそうにない中で本当に制度を大きくいじってもいいものかどうかについては疑問が大きいように思われます(このあたり過去のエントリhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110407#p1でも書きました)。「結論を得る」ということですから、まあ微修正にとどめるとの結論もありうるのでしょうが。
「6」については均等法とパート法に言及されていますが、均等法については昨年末に新しい男女共同参画基本計画が閣議決定されていますので、それをふまえた取り組みはあってしかるべきということでしょう。もっとも新しい基本計画をみると法改正まで踏み込む必要は薄そうで、したがって「更なる推進」という表現になったものでしょうか。パート法についても今年度にフォローを行うことは決まっているわけですから、議論はおおいにすればいいと思います(法律をいじる必要性は薄いように思いますが)。私としては、それよりも「「多様な形態による正社員」に関する研究会」におおいに期待し注目しています。まずは実態調査とのことですが、ぜひとも未来志向の建設的な議論を期待したいものです。
最後の「国の労働政策全般にわたる基本方針を取りまとめる」をみて思い出したのですが、そういえばたしかに国の雇用対策基本計画は1999年の第9次を最後に策定されていません。もっともこの計画はその期間を「本計画の対象期間は1999年から21世紀初頭までの10年間程度とする」としており、2009年以降にわが国で起きたあれこれを考えればまあ現時点で新しい計画ができていなくても「10年間程度」の範囲内であるとはいえるでしょう。足元の状況をみると依然として新しい計画をつくりにくい感はありますが、しかしこういう状況だからこそ新しい計画が必要なのだという考え方もあるでしょう。
ちなみに第9次基本計画では2010年頃の完全失業率についてこんな見通しが示されています。

 本計画期間においては、労働市場が大きな構造変化に直面する中で、労働力需給のミスマッチが拡大し失業が更に増大する可能性がある。
 こうした中、2010年頃の完全失業率は3%台後半〜4%台前半と見込まれるが、適切な経済運営に努め、持続的、安定的な経済成長の実現を図るとともに、新規雇用機会の創出、職業能力開発や職業能力評価の充実、労働力需給の調整機能の強化を図ること等により、できる限り低くするよう努める必要がある。
http://www.jil.go.jp/jil/kisya/syokuan/990813_01_sy/990813_01_sy_bessi.html#参考

結果はというと、先日発表された「労働力調査(基本集計)平成22年平均(速報)結果」によれば、2010年平均の完全失業率は5.1%となっています。2009年も5.1%と、残念ながら基本計画の「3%台後半〜4%台前半と見込まれるが、…できる限り低くする」は達成できませんでした。これはもちろんサブプライムからリーマンショックという特大級の外部ショックが発生したという事情もあって多分に致し方ない部分もあるでしょうが、しかし「適切な経済運営に努め、持続的、安定的な経済成長の実現を図る」ことがいかに重要かということを再認識させられる話ではあります。いや「職業能力開発や職業能力評価の充実、労働力需給の調整機能の強化を図ること」のほうが大事だという人もいるのでしょうが、いややっぱり雇用戦略対話の合意だって名目3%、実質2%以上の経済成長の実現を前提にしているわけで。