民主党の地域主権調査会が、ハローワークは地方移管せずに国が引き続き運営するとの提言をまとめたそうです。asahi.comから。
民主党の地域主権調査会は11月30日、国の出先機関改革の対象であるハローワークについて、職業紹介や雇用保険などの事務や権限を地方自治体に移管せず、国が引き続き行うとした提言をとりまとめた。近く政府に提出するが、移管を求める全国知事会からの反発も予想される。
提言では、「国が行う職業紹介や雇用保険業務と、地方が行う職業訓練や福祉に関する相談業務を一体的に行うことができるようにすべきだ」と強調。移管に反対する厚生労働省が提案している、地方自治体の意向を取り入れて職業紹介を行う協議会方式について「検討すべきだ」と有力な選択肢の一つとした。http://www.asahi.com/politics/update/1130/TKY201011300594.html
記事が予想するとおり、さっそく大阪府の橋下府知事がご立腹とか。
橋下知事は1日、民主党の地域主権調査会がハローワークの事務や権限を地方に移譲せず国が引き続き行う、と提言をまとめたことについて「初めて政権をとって感覚がまひし、わざと統一地方選で負けようとしているのでは」と述べ、怒りをあらわにした。
11月29日の地域主権戦略会議で菅直人首相が出先機関の地方への移譲に意欲を示したばかり。橋下知事は1日発足した関西広域連合について「こういう動きを抑えるため、広域連合が政治的に権限移譲を迫れるよう力を蓄えないと」と期待を寄せた。
http://www.asahi.com/job/news/OSK201012010080.html
よく怒る人だなあという感想はさておき、ハローワークは道路・河川の整備と並んで知事会が地方移管を最も強く求めていたもののひとつですから、ご立腹ももっともといえばもっともではあります。29日には政府の地域主権戦略会議で菅首相が出先機関改革に意欲を示していたそうですからなおさらでしょう。埼玉新聞が上田清司埼玉県知事の活躍とともに報じています。
国と地方の在り方を抜本的に見直す地域主権戦略会議(議長・菅直人首相)の8回目会合が29日官邸で開かれ、国の出先機関改革について構造改革特区(規制緩和)制度などを利用し、地方へ先行移管することなどを盛り込んだ基本方針を了承。…
出先機関改革の方向性は(1)一つの都道府県内で完結する事務・権限は当該都道府県に移管(2)国道や河川など複数の都道府県にまたがる事務・権限でも特区の利用などで地方に先行移管−とする全国知事会の要望を受け入れた形だ。
…
会議で上田清司知事はハローワークの「指示権」を自治体に与え、国と地方が共同運営するという厚生労働省の改革案に対し、「役割分担があいまいで二重行政を助長するだけ」と反対を表明。「地方は国を信じ、国も地方を信じることがこういう時にこそ大切」と述べ、思い切った地方移管を訴えた。
菅首相は「出先機関改革は政治主導でやらなくてはならない霞が関改革の大きな一歩。不退転の気持ちでやっていく」と決意を述べた。
http://www.saitama-np.co.jp/news11/30/02.html
まあ、閣議決定された地域主権戦略大綱ではハローワークに限らず国の出先機関は原則廃止とされていたわけですので、話が違うというのもわかります。
いっぽうで、当然ながら国にも言い分はあるわけで、政権交代前の昨年2月にはすでに地方分権改革推進委員会第2次勧告(概要はhttp://www.cao.go.jp/bunken-kaikaku/iinkai/torimatome/081208torimatome04.pdf)に対し、労働政策審議会がハローワークの地方移管に反対する意見を出しています。
1 ハローワークの縮小について
ハローワークは、憲法第27条に基づく勤労権を保障するため、ナショナルミニマムとしての職業紹介、雇用保険、雇用対策を全国ネットワークにより一体的に実施しており、障害者、母子家庭の母、年長フリーター、中高年齢者などの就職困難な人に対する雇用の最後のセーフティネットである。ハローワークの業務は、以下のような理由から、都道府県に移管することは適当でなく、国が責任をもって直接実施する必要があり、これは先進諸国における国際標準である。
(1) 都道府県域を超えた労働者の就職への対応や、都道府県域に限定されない企業の人材確保ニーズへの対応を効果的・効率的に実施する必要があること。
(2) 雇用状況の悪化や大型倒産に対し、迅速・機動的な対応を行い、離職者の再就職を進め、失業率の急激な悪化を防ぐ必要があること。
(3) 雇用保険については、雇用失業情勢が時期や地域等により大きく異なるため、保険集団を可能な限り大きくしてリスク分散を図らないと、保険制度として成り立たないこと。
(4) 地方移管は我が国の批准するILO第88号条約に明白に違反すること。
したがって、国の様々な雇用対策の基盤であるハローワークは地方移管すべきでなく、引き続き、国による全国ネットワークのサービス推進体制を堅持すべきである。
なお、急速に悪化を続ける雇用情勢の下で、今まさに全国ネットワークのハローワークによる機動的かつ広域的な業務運営を通じた失業者の再就職の実現が強く求められているところであり、ハローワークの縮小や全面的な地方移管を論ずることは極めて不適切である。
一方、地方自治体が独自に地域の実情に応じた雇用対策をこれまで以上に積極的に進めることは望ましいことであり、国と地方自治体が一体となって、その地域における雇用対策を一層強化する必要がある。また、我が国のハローワークは主要先進国と比べても少ない組織・人員により効率的に運営しているところであるが、さらに、ハローワーク自身も雇用状況の変化に応じて、業務内容を適切に見直し、機能の強化や効率的な運営を心がけるべきである。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0205-6a.pdf
民主党の調査会では連合や労働組合出身の議員が地方移管に強く反対したそうですが、公労使の三者が合意して反対しているわけですからそうなるのは当然でしょう。
さらにこの4月には、全国知事会に設置された国の出先機関原則廃止プロジェクトチームが労働局並びに労働基準監督署及びハローワークを地方移管すべき旨を示したとりまとめを行ったことに対して、労働政策審議会は同文で繰り返し反対の意見を表明しました。
その後上記の地域主権戦略大綱が閣議決定され、各府省で出先機関の「自己仕分け」が行われましたが当然ながらほぼゼロ回答となり(これは他府省もほとんど同じ)、それに対して内閣府から再検討の指示があり、その結果が発表されたのがこの11月2日でした。これが記事にある「地方自治体の意向を取り入れて職業紹介を行う協議会方式」「ハローワークの「指示権」を自治体に与え、国と地方が共同運営する」というスキームです(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000vpq1-img/2r9852000000vq1q.pdf)。
これをみると、「地域の主導性を発揮できる画期的な改革案を提案」とのうたい文句で「国と自治体が一体的にサービスを提供できる法的枠組みを創設」、具体的にはまずは特区を利用して国と自治体(都道府県・市町村)が一体運営するハローワーク(一体運営施設)を創設し、自治体が国(ハローワーク)へ指示することができるようにする、というもののようです。
まず、具体的な運営や事業等についてはあらかじめ自治体と国が「雇用対策協定」を締結し、それに沿って行われるということのようです。自治体からその締結を要請された場合には、国はこれに応じなければならないことを法定化するとなっています。日々のオペレーションは自治体、国、地域の労使等が参加する「運営協議会」が実施し、その中で自治体から一体運営施設の職業相談・職業紹介業務に対する指示を可能とするということのようです。で、この一体運営施設ではワンストップで職業紹介、福祉相談、住宅相談、職業訓練などを総合的に提供することができるようになる…という寸法のようです。自治体の指示権、一体運営施設の法的位置付け等については、今後関係省庁と協議し検討とのことですので、自治体の権限や裁量がどの程度になるのかは不明ですが、いずれにしても労働政策審議会の「地方自治体が独自に地域の実情に応じた雇用対策をこれまで以上に積極的に進めることは望ましいことであり、国と地方自治体が一体となって、その地域における雇用対策を一層強化する必要がある」との意見に沿った枠組みと申せましょう。
これに対し、11月20日には知事会が「ハローワークは地方移管でこう変わる」というレポートを公表して対抗しました(http://www.nga.gr.jp/news/20101110desaki_shiryo1.PDF)。
こちらもワンストップで総合的な支援が行えるようになるというのが主眼ですが、地方の産業政策や学校教育との連携も密接になると主張しています。また、国の機関だとたとえば農政局や経済産業局の人員を労働局に配置することはできないけれど、地方なら県庁の農業課や産業課の人をハローワークに回すことができるので効率的だとか、雇用保険特会の透明性が高まるなどのメリットも強調しています。
さらに労働政策審議会の主張に対する反論も記載されており、地方移管しても必ずしもILO88号条約違反にならないような方法がありうる、雇用保険の制度およびシステムは全国一体で運営する、都道府県間および国との調整を行えば広域・全国一斉の対応も可能…などとされています。
要するにどちらの言い分にも一理あり、そもそも国と地方が連携しなければならないという点では共通していて、言葉はあまりよくありませんがまあ縄張り争いかなという感はなくもありません。
そこで、なぜ知事会がかくも熱心に縄張りを得ようとしているかといえば、もちろん地域の実情に応じたきめこまかい総合的ワンストップサービスというのもあるでしょうが、しかし道路・河川整備と並べられると雇用保険特会だよねえという感は禁じ得ません。実際知事会は地方移管すればその透明性が高まると主張しているわけですし。
となると、もちろん知事会や自治体は絶対にそんなことはない、できないと言うとは思いますが(そして実際そのとおりかもしれませんが)、しかし雇用保険特会が「雇用対策」名目で他の使途に費やされる可能性は(とりわけ現状の自治体の財政状況も考えれば)まあゼロとはいえないかなという心配はあります。国だってやればできるということかもしれませんが、しかし国のほうがその危険性は低いでしょう(いや国の使い方が効率的かといえばそれはまた別の議論ですが)。
これは職員の配置でも同じことで、縦割りゆえに国の組織ではできない人員の柔軟な配置が地方ではできると知事会は言うわけですが、当然これまた逆もありうるわけで、景気が悪いから産業振興課がたいへんだ、したがってハローワークの職員も柔軟にそちらに異動しよう、その結果ハローワークは無人になってしまいましたということが起きては困るわけです(いや不況期には産業振興が重要だというのはそのとおりなのですが)。そういうことが起こるのが心配で労組とかは反対しているんじゃないのかなあ。違いますかね。
もちろん国と地方の連携は重要ですし、現状それが不十分だとか、地方からしてみればまさに二重行政で非効率、やりたいことがやれないといった現実もあるのでしょう。地方としてみれば国は口を出すな、全部地方でやらせろ、と言いたいのはよくわかります。ただ一方で国の政策との整合性というものも必要なわけで、それなりの緊張関係の中でやっていくべきものではないかなあという感じもします。そういう意味で、今回の厚生労働省の「画期的な提案」は地方がより主導権を持って国との連携が可能になるという意味で理にかなったもののように思うのですが。
また、労働政策審議会が指摘する広域での職業紹介については、知事会は都道府県間および国との連携で対応できるとの立場ですが、しかしこれについてはやはり国の組織のほうが好ましいと考えるのが常識的でしょう。全国採用を行っている企業にしてみれば、都道府県によって求人・募集・採用の手続きやスケジュールが微妙に異なっていたりしたらかなり不便ですし。あと細かい話になりますが雇用保険料の納付・徴収が現在では労災保険と一括でできるわけですが、あれはどうなるのでしょうか。労災保険料は監督署、雇用保険料は自治体と別々になるとかなり不便ですが…。
ということで、国がやるのも地方移管するのも一長一短ではあるものの、全体としてみれば国がやるほうがいいのかなと私は思います。労働政策審議会でも、公労使でこうした議論をした結果、国がやるべしとの結論に達したのではないかと思いますし、こと労働政策に関しては、労使で合意した事項についてはそれを尊重してほしいものだと思います。
ちなみに、厚生労働省は政府の地域主権戦略会議と民主党の地域主権調査会の間にあたる12月1日にも労働政策審議会を開催し、またしても「労働政策審議会では、これまで2回にわたり、公労使一致の下、「引き続き、国による全国ネットワークのサービス推進体制を堅持すべき」との意見を、厚生労働大臣に提出している。ハローワークがますます機能的にその役割を果たすことができるよう、統合性、一体性を持った運営をすることが重要であるので、政府においては、この意見を尊重し、適切に対応していただきたい」という「会長見解」(http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xn4d-att/2r9852000000xpoh.pdf)を発表するという入念な対応をとっており、この問題に対する厚生労働省の危機意識も相当なもののようです。まあ雇用保険特会を取り上げられかねないわけですから当然でしょうが。ということで、12月1日の会長見解では、ハローワークに続けてこう述べています。
雇用保険二事業や労災保険の社会復帰促進等事業は、労働者の保護や雇用のセーフティネットとして重要な役割を果たしており、労使の議論を積み重ねて作り上げられてきたものである。
今後、政府において事業仕分けへの対応を行う際には、これらの事業の果たしている役割や経緯を踏まえ、雇用労働の当事者でもある労使及び雇用労働政策に幅広い知見を有する学識経験者の意見を尊重していただきたい。
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xn4d-att/2r9852000000xpoh.pdf
雇用保険二事業や労災保険の社会復帰促進等事業のすべてが労働者の保護や雇用のセーフティネットとして重要な役割を果たしているかといえばそうでもなく、いろいろと無駄もあるのではないかと思いますが、それにしてもこの見解はきわめてもっともなものだと思います。このあたり、以前のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20101028#p1)でも書きましたが、やはり労働政策に関しては政労使三者構成の場で議論し決定していくことが基本であるべきでしょう。まあ、事業仕分けに関しては、いやそんなやり方だからダメなのだ、それだと足して二で割ったようなものしかできないから労使の利害は反映させないのだ、というのであれば、せめて雇用労働政策に幅広い知見を有する学識経験者に判断してもらいたいものです。ただ、雇用労働政策に幅広い知見を有する学識経験者に判断してくれと頼めば、だいたい「いやそれは公労使で議論すべきでしょう」という回答が帰ってくるのではないかとも思いますが。