新国立劇場事件・INAXメンテナンス事件で逆転判決

既報のとおり、業務委託契約などによる就労の労組法上の労働者性が争われていた新国立劇場事件とINAXメンテナンス事件の最高裁判決が一昨日相次いで出され、両事件とも労組法上の労働者性を認めなかった高裁判決を覆す逆転判決となりました。実は昨日と明日(予定)ご紹介している「産政研フォーラム」誌上でも、毛塚勝利・土田道夫両先生がそろってこれら事件の高裁判決に憂慮・批判を表明されており、関係者は安堵していることでしょう。ちなみにINAXメンテナンスは現在ではカスタマーエンジニアを直接雇用しているようですね。

  • (4月18日追記)コメント欄でのご指摘のとおり、INAXメンテナンスではまだ業務委託契約が続けられていました。私の初歩的なミスであり、お詫びして訂正いたします。ついでに一言申し上げますと、下のほうでINAXメンテナンス事件の発端が「筋が悪い」と書いていますが、しかしこの点に関しては私はINAXメンテナンスにはそれほど同情的ではありません。こうした不始末(非純正品使用によるトラブル)を避けたければそれこそ直接雇用してしっかり管理すればいい話であり、それをしていなかった以上こうした不具合は一定確率で発生するであろうことは避けられなかろうと思うわけです。

 個人事業主として働く歌手や技術者が、労働組合法上の「労働者」に当たるかが争われた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は12日、就労実態を検討したうえで、いずれも「労働者に当たり、団体交渉権がある」と認める判決を言い渡した。
 問題となったのは、新国立劇場運営財団(東京・渋谷)と契約するオペラ歌手と、INAX(現LIXIL)の子会社INAXメンテナンス(愛知県常滑市)と契約する技術者(カスタマーエンジニア)の地位。契約更改などを巡り「雇用関係にない」などとして団交を拒んだ財団や会社の対応が、不当労働行為に当たるかが争われた。
 同小法廷は就労実態を詳細に検討。歌手と技術者のいずれも(1)不可欠な労働力として組織に組み込まれていた(2)仕事の諾否の自由が実質的になかった(3)契約内容が一方的に決められていた(4)仕事の場所や時間が拘束されていた――などとして、「労組法上の労働者に当たる」と判断した。
 そのうえで、オペラ歌手については団交拒否が不当労働行為に当たるかどうか判断させるため、審理を東京高裁に差し戻した。カスタマーエンジニアについては不当労働行為と認めた一審・東京地裁判決を支持した。
平成23年4月13日付日本経済新聞朝刊から)

基本的に過去の最高裁判決(CBC管弦楽団事件)や行政解釈、学界の多数説に沿った判決であり、これ自体はまことに妥当な判断だろうと思います。むしろ中労委命令を取り消した高裁判決のほうが異例だったわけで、どうして高裁はこんな判決を出したのかなあ、まあ個別にみれば新国立劇場事件については新国立劇場でコーラスを歌うほどの歌手であれば当然自分はオペラ歌手であって合唱団員ではないと思っていると想像され、同じ日に他の舞台でソロの役がつけば(実際つくこともあるでしょう)合唱の舞台には当然出ないしそれにペナルティがあるわけではない…という事情が高裁の心証に影響したのかもしれないなあとか、INAXメンテナンスについてはコトの起こりがINAX以外の修理工事も受注している水道工事業者がINAXの純正品を使用せずに修理してクレームとなり、契約を解除されたところ合同労組に駆け込んだという筋の悪い話だったことが高裁の心証に影響したのかなあとか、まああれこれと憶測をたくましくしていたわけですが、いずれにしてもおさまるべき結論におさまったと申せましょう。なおウェブ上をみると一部には自分で業務請負契約にして税金も確定申告にするとかいい思いをしていたくせに都合が悪くなったら打って変わって労働者でございますというのはいいとこどりでけしからんなどとのたまう向きもあるようですが、いやまさに企業から一方的に都合の悪いことを押し付けられたときの力関係があまりにも違いすぎるからこういう保護が必要になるわけですからどうかそのように。いっぽうで、まあなにも労働組合でなくても請負の同業組合のようなものを作って発注元と集団交渉すればいいじゃないかという意見にはけっこう同感するものもあるのですが、しかし現状では独禁法というものがありましてということになりますね(事業協同組合には協約締結・団体交渉が認められていますがあまり実効性はないもよう)。
それはそれとして、目をひいたのは最高裁がおおむねソクハイ事件の中労委命令の枠組みに沿って判断していることです。労組法上の労働者性については、CBC管弦楽団事件の最高裁判決では一般的な判断基準は示されておらず、中労委も従来は明示的な基準は提示してきませんでした。ソクハイ事件の命令は、「事業組織への組み込み」をはじめ、その基準を示した大変な力作であり意欲作だったわけです。この命令は2009年7月に出されましたが、これは当然に2009年3月に中労委の命令を取り消す新国立劇場事件の高裁判決が出たことと無関係ではないと容易に想像されるところです。
ちなみにソクハイ事件で中労委が示した判断基準は、中労委の資料によればこういうものです。

会社との業務委託(請負)の契約形式によって労務を供給する者にあっては、(A)1.当該労務供給を行う者達が、発注主の事業活動に不可欠な労働力として恒常的に労務供給を行うなど、いわば発注主の事業組織に組み込まれているといえるか、2.当該労務供給契約の全部又は重要部分が、実際上、対等な立場で個別的に合意されるのではなく、発注主により一方的・定型的・集団的に決定しているといえるか、3.当該労務供給者ヘの報酬が当該労務供給に対する対価ないしは同対価に類似するものとみることができるか、という判断要素に照らして、団体交渉の保護を及ぼすべき必要性と適切性が認められれば、労働組合法上の労働者に該当するとみるべきである。他方、(B)当該労務供給者が、相応の設備、資金等を保有しており、他人を使用しているなどにより、その業務につき自己の才覚で利得する機会を恒常的に有するなど、事業者性が顕著である場合には、労働組合法上の労働者性は否定されることになる。
http://www.mhlw.go.jp/churoi/houdou/futou/dl/shiryo-01-350.pdf

で、このうち「事業組織への組み込み」については、

 契約上諾否の自由を有しないか、又は、契約上はその自由を有していても実態としては諾否の自由を全く若しくはまれにしか行使していないこと。
 労務供給の日時・場所・態様について拘束ないし指示を行っていること。もっとも、拘束性は、労働契約法ないし労働基準法上の労働者におけるものほどに強度である必要はない。
 他の発注主との契約関係が全く又はほとんど存在しないこと。もっとも、専属性が存在しないからといって、直ちに事業組織への組み込みが否定されるわけではないことに留意する必要がある。

との考え方も示されています。判決文(新国立劇場http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110412150301.pdfINAXメンテナンスhttp://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110413094337.pdf)をみると、この枠組みがほぼそのまま使われており、菅野先生の労作が採用されたというところでしょうか。ときにINAXメンテナンス事件については「上告代理人諏訪康雄ほか」となっているのですが、これはあの(法政の)諏訪先生なのでしょうか?だとすると労政審会長が乗り出したということで、大変な気合だなあこれは。いや実際問題、厚生労働省も昨年11月に労組法上の労働者性に関する研究会を「労使関係法研究会」と銘打ってわざわざ立ち上げているわけで、まあそのくらいの大事だということでしょう。係争中の類似事件(ビクターサービスエンジニアリング事件など)でも、同様の判決となることが予想されます。
世間には労働者保護といえばすべて目の仇にするような手合いもありますが、しかし必要な保護が存在することが労使関係の安定や人事管理の高度化につながるという面は忘れてはいけないと思います。