事務次官の給与は高いのか?

衆議院議員河野太郎氏が、予算委員会で公務員の人事について質問するとのことで、ご自身のブログ上でその内容を公表されました(その後質問は中止になったもよう)。
http://www.taro.org/2011/01/post-905.php
その中にこんな質問があります。例によって公務員の話は知らないことも多いので的外れかもしれませんが、少し感想を書いてみたいと思います。

予算委員会の初日の四番バッターに指名されたので、早速質問通告を出す。

177国会予算委員会質問

要求大臣
総理、財務、総務、社会保障公務員制度改革、行政刷新、国交、経産、厚労、外務
法制局長官

四年間で国家公務員の人件費二割削減をどうやって達成するのか?

人事院は、昨年の人事院勧告に関して、想定問答を作成している。そのなかで、人事院は、事務次官の給与は本来、民間と比較すると三割引き上げられるべきだが、公務員給与に対する関心が高まる中で幹部公務員給与には厳しい見方があるので、引き上げにくい事情があるから0.2%の引き下げにしたとある。こうした人事院の考え方をどう思うか?

こうした考え方に基づいて定められた人事院勧告に、まったく機械的に連動して総理以下政務三役の給与を決めることについてどう思うか?

少し古い話になりますが2003年に「幹部公務員の給与に関する有識者懇談会」というのがあって、その資料でみると「人事院勧告の対象となっており、500人以上企業の第3位の給与が一つの目安とされている」とあります(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyuyo/dai1/1siryou2-1.pdf)。実際の水準をみても、おおむねそのとおりで推移していることも紹介されています(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyuyo/dai1/1siryou2-2.pdf)。昨年の人事院勧告でも、事務次官の給与については500人以上1,000人未満企業の比較対象役員の水準が参照されています(http://www.jinji.go.jp/kankoku/h22/pdf/22yakuin.pdf)。ちなみに平成21年度の事務次官の平均年収は約22,935千円、500人以上規模企業の比較対象役員の平均年収は23,359千円と、ほぼ同水準になっていますね。なお比較対象役員とは「社長を直接補佐し、会社の業務全般を統括している役員」とのことで、「第3位」と言われればそうかなあという感じです。
さて、「有識者懇談会」の資料には「事務次官」と「500人以上規模」のほかに「従業員3,000人以上規模」のグラフが載っており、人事院勧告の資料にも1,000人〜2,999人、3,000人〜、規模計(といっても500人以上計ですが)が掲載されています。河野衆院議員のいう「想定問答」というのはおそらくは内部文書なのでしょうが、「民間と比較すると3割引き上げられるべき」というのは約2,300万円×1.3=約3,000万円で、人事院勧告の資料にある「規模計」に相当します。そもそも「500人以上の第3位を目安」にどんな根拠があるのかわからないのですが、とりあえず推測するに人事院としては「事務次官の給与は500人以上の民間企業の役員レベルであってもよいのでは」との見解を持っているということなのでしょうか。
そこで河野議員は「こうした人事院の考え方をどう思うか?」と問いかけるわけですが、まあ年収だけを比較してみてもあまり意味はないわけで、退職金とか、あるいは河野議員のこのあとの質問に出てくる年金制度の違いとかも考慮に入れる必要があるでしょう。事務次官の退職金は7,000万円とも8,000万円とも言われますが、これも民間準拠になっているはずですし、まあ500人規模の民間企業の第3位の役員であればこの程度なのかもしれません(民間企業の役員は会社を退職して取締役になるときと役員を退任するときの2段階で退職金を受け取ることが多いのではないかと思います)。
ただ、事務次官は年齢的にはまあ50代半ば〜後半なのに対し、比較対象となっている民間企業の役員はもう少し年かさであろうことは注意が必要だろうと思います。事務次官は退官後も要職で処遇され、高額の報酬を得ることが多い(と批判されていると思う)わけで、まあそれは民間だって同じではないかと主張することは可能だろうとも思いますが、しかしやや納得できないものは残ります。実際、高級官僚が退官後も外郭団体トップなどを歴任し、退任の都度退職金を受け取るといったことについては「現役官僚時の賃金が低すぎた分を後払い的に取り戻しているのだ」という説明で正当化?されることがあり、それはそれで人事管理上もっともな部分もあります。ですから、人事院事務次官の年収のみを民間と比較して「500〜999人の平均ではなく、500〜の平均と同じでもいいですよね」と言うのは少しフェアでない印象はあります。
いっぽう、生涯での賃金、および福利厚生や雇用保障といったものを総合的にとらえるのであれば、中央省庁の事務次官が大企業でトップに近いポジションまで行った人と同じくらいでもいいのではないかとも思えます。事務次官まで行かないまでも、キャリア官僚の処遇が(特に若い間は)その能力や職務、拘束度などに較べて低すぎるという話はよく聞きます。人件費二割削減をどのようにやるのか、本当にできるのかというのは確かに大きな疑問ではありますが、しかし賃金水準の引き下げばかりがその方法でもないでしょう。政務三役や事務次官が率先して範を示せ、というのもわからないではないですが、まずは官僚の能力や仕事などに応じた適正な給与水準や賃金制度(長期雇用ならば多少の後払い的な制度も必要かもしれませんが、現状は行き過ぎでしょう)はどんなものなのかを民間とベンチマークしつつ明らかにし、それをふまえて検討しなければ話が進むとは思えません。
もっとも、鹿児島県の某地方都市でエキセントリックな市長が登場し、とりあえずリコールされて出直し選挙でも落選したようですが、あの原動力になったのも市職員の給与水準への批判でした。それやこれやを考えると、人事院が「公務員給与に対する関心が高まる中で幹部公務員給与には厳しい見方があるので、引き上げにくい事情がある」と考えるのも致し方のないところなのでしょう。ただ、あのケースに関しては、元市長が職員の給与水準を公開し、それを見た市民の多くが自らの所得(と仕事と雇用の安定といろいろと)を比較して「高い」と思った、というものでした。それに対して、(幹部)公務員給与が「高い」と考えている人は、ではその給与水準、および能力や仕事の内容や働き方などについてどのくらい承知したうえでそう考えているのかというと、やや疑問もあるように思われます。そういう意味では、人事院もそうも守備的になる必要もなく、まずは世の中に実態を正しく広く公開することが必要なのかもしれません。
なお、河野議員は後のほうで政府に対して

「財源が足りず、世の中に非正規雇用が増えている」という状況を反映した、給与に関する勧告を出すように人事院に要請したらどうか?

との質問も繰り出していますが、民間で非正規が増加して平均賃金水準が低下している(これはたしかに人事院の民間実態調査には反映されません)のだから、その分も含めて給与を下げる勧告をしなさいというのはさすがに筋が通らないのではないかという気はします。ここで民間準拠をいうのであれば(善し悪しはもちろん別として)公務においても民間同様に非正規を増やしなさいということでしょうし、またそれは程度の差こそあれ現実化しつつあるのではないかと思われます。河野議員は公務においても非正規雇用を増加させるべきとお考えなのか?と逆質問されたら(されないわけですが)やや自爆かなあという感はなくもありません。
最初に書いたようにこの質問は結局実現せず、河野議員もブログで残念がっています(http://www.taro.org/2011/01/post-907.php)が、たしかに残念な気持ちもします。政府がどう答弁するか聞いてみたかった…まあ、あまり噛み合った議論にはならなかったかもしれませんが。