雇用戦略対話の政労使合意

さて雇用戦略対話の合意についてですが、『雇用戦略・基本方針2011』と銘打たれているとおり、基本方針であって具体策やその細部は判然としませんので、まあなんともいえないかなという感じですが、感想を少々。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koyoutaiwa/pdf/101215goui.pdf
まずは前振りですが…

 労働・産業関係者、有識者及び政府関係者は、現下の雇用情勢に適切に対応するため、『雇用戦略・基本方針2011』を合意した。
 政府は、平成23年度予算編成を含め、今後の経済・雇用政策の推進において、本基本方針を十分反映するとともに、本基本方針の具体化、実施に当たっては、引き続き、労使及び有識者の意見を十分尊重するものとする。

以下、引用にあたっては一部機種依存文字を変更していますのでご了承ください。
さていきなり「労働・産業関係者、有識者及び政府関係者」というわけですが、なんかこの合意の当事者に「有識者」が入っているのが微妙に違和感があるというかなんというか。メンバーについては設置趣旨(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koyoutaiwa/pdf/secchi.pdf)に「緊急雇用対策(平成21年10月23日緊急雇用対策本部決定)に基づき、雇用戦略に関する重要事項について、内閣総理大臣の主導の下で、労働界・産業界を始め各界のリーダーや有識者が参加し、意見交換と合意形成を図ることを目的として、雇用戦略対話を設置する。」とあり、内閣総理大臣決裁で設置されたということなので、その限りにおいて正統性はあるとは思うのですが、でも有識者を合意の当事者とまでするのはどうなのかなあという感じはそこはかとなく。まあわが国の場合は労働政策審議会でも政府が直接に参加せず、代わって公益を代表する有識者が加わっているわけで、それを考えればおかしくはないということかもしれませんが、でも雇用戦略対話における有識者の役割として期待されているのは労使の議論のコーディネータではないのかなあとも思うわけです。また、顔ぶれをみると、まあ労働関係者・産業関係者は労使の代表者として異論のないところで(いや全労連とかには異論があるかもしれないが)、政府関係者も関係大臣なのでまず文句はないのですが、有識者についてはこうした合意の当事者になるほどの代表性は担保されているのかなあと思うわけです。もちろんお三方とも文句なしに立派な学識経験者であり、こうした議論にまことにふさわしい人選だろうとは思いますが、さはさりながらこのお三方が「有識者の代表」と言われたら同意しない有識者もいらっしゃるのではないかと。労働政策審議会の諏訪会長(だけでなく、労働政策審議会の公益代表委員のひとりも)が加わっていないのも「代表して合意する」のだったらなぜだろうという印象があります。
続く「政府は、平成23年度予算編成を含め、今後の経済・雇用政策の推進において、本基本方針を十分反映するとともに、本基本方針の具体化、実施に当たっては、引き続き、労使及び有識者の意見を十分尊重するものとする。」というのも泣けるところで、「有識者」が労働問題の専門家*1という意味であれば全力で同意したいと思います。いやこのブログでも過去さんざん叩いてきましたが、きわめて立派な学識経験者かつ労働問題の素人の方々がその場のノリでなんとなく政策決定するという妙ちきりんなことは大概にしてもらえないかと。
さて続く「I.雇用情勢と雇用戦略の基本方針」ですが、一応は「雇用がよくなれば経済もよくなる」といった転倒した論理ではなく、経済の改善を通じて雇用の改善をはかるという常識的な考え方がとられているようで一安心です。
続く各論(II.2011年度における主要政策)についても、最初に若年雇用対策を配したのは適切と申せましょう。内容については、

・経済対策で倍増したジョブサポーターやキャリアカウンセラー、新設した新卒応援ハローワークによる支援や、卒業後3年以内の既卒者に係るトライアル雇用を行う企業への奨励金の活用、多様なインターンシップの実施、ジョブカフェにおける求人開拓の実施などにより、新卒者と求人意欲のある中小企業とのマッチングを含め、新卒者等の雇用対策を強力に推進する。
・また、卒業後3年以内の既卒者を採用する企業への奨励金を支給し、卒業後3年以内は新卒採用枠として門戸が開かれるよう、事業主を支援する。
・学生が社会に円滑に移行できるよう学生の就業力を向上させるために、社会や地域が求める人材の養成・雇用に資する大学教育の改革を強力に推進する。

なんだか「卒業後3年以内」にいたく力が入っているわけですが、「卒業後3年以内の既卒者に係るトライアル雇用を行う企業への奨励金の活用」「卒業後3年以内の既卒者を採用する企業への奨励金を支給」と具体的に記述され、「卒業後3年以内は新卒採用枠」で正社員採用させたいということのようです。
ただ、これについても過去のエントリでたびたび書いてきましたが、「新卒採用枠」を明確に区分した人事管理を行っているのはそれなりの規模の企業に限られてくるだろうと思われるわけで、暗黙にそうした企業への正社員就職を意図しているのであるとするとさてどこまでうまく行くでしょうか。奨励金を連呼しているわけですが、一定以上の規模の企業が、あえて*2、雇用過剰感のある中で既卒者を正社員採用しようとするほどの金額にはおそらくならないだろうと思うからです。いっぽうで、20代前半の大卒者なら奨励金なんかなくたって欲しいと思っている企業も多数あるわけで、こちらは企業規模もどちらかといえば小さいでしょうから、同一金額でも奨励金の効き目が大きいことが期待できそうです。
ということでまずはこの点で「大学教育の改革」が期待されるわけで、行政としても「新卒者と求人意欲のある中小企業とのマッチング」に意欲を示しているわけでもあり、多くの新卒者がこれに加わるような大学教育をお願いしますということではないでしょうか。もちろんこれはみもふたもない言い方をすれば大学によっては「本学学生(とその保護者など)は無理して大企業をめざすのはやめて、求人意欲のある中小企業に就職しよう」という指導をしましょうという話になるわけですので、大学にはたいへん厳しい、というかせつない話ではあるのですが。まあでもすでにそういう指導を余儀なくされている大学も多いのかもしれません。この大学教育のくだりは「卒業後3年」に較べると妙に抽象的・観念的で、関係者がそれぞれ自分に好都合な解釈ができる記述になっていますが、足元で現実的に求められているのはこれかなあという感じです。
次がトランポリン型セーフティネットの確立」で、求職者支援制度のようにすでに審議会で具体的な制度設計の議論に入っているものがあるかと思うと、いっぽうで事業仕分けで仕分け人がトンチンカン*3な理屈(いや理屈じゃなくて感覚ですが)で廃止判定したジョブカードが堂々と復活?したりもしています。

(3)ジョブ・カード制度の見直し・推進
・ジョブ・カード制度については、企業・求職者にともに役立つ社会的インフラとして、より効率的・効果的な枠組みとなるよう見直しを図るとともに、関係府省が一体となって、制度を推進する。
(4)実践キャリア・アップ制度の推進
・新たな成長分野への労働移動を促し、当該分野・業種での人材を育成・確保するため、実践キャリア・アップ制度について、第1次プランとして、(1)介護人材、(2)省エネ・温室効果ガス削減等人材、(3)6次産業化人材を対象として導入する。その際、ジョブ・カードの積極的な活用を図る。

見出しの「ジョブ・カード制度の見直し・推進」とか、本文の「企業・求職者にともに役立つ社会的インフラとして、より効率的・効果的な枠組みとなるよう見直し」とかは、一応事業仕分けの顔を立てたのか、それとも単なる嫌味なのか、まあ読む人の好みでどちらにも読めるように書いたものでしょうか(笑)。私は以前も書いたとおりそもそもジョブ・カードの政策効果には懐疑的で、ただやってみたら私が思ったよりは効果があったようなので、現時点では続けてみていいのではないかという程度の消極的支持なので、「推進」とまで言われるとどうかなとも思うわけですが。
「実践キャリア・アップ制度」もそういえば過去のエントリで取り上げましたが、しかし正直に白状するとすでにそういえばそんなのあったよねえ状態でした。ただこれについては当時も書いた(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100604#p3)ように成長分野に特化することが重要で、今回提示された(1)介護人材、(2)省エネ・温室効果ガス削減等人材、(3)6次産業化人材というのはまずまず成長分野に特化しているのかなと思います。ときに「省エネ・温室効果ガス削減等人材」てのはこれだけ見るとなんなんだと思えば普通だろうと思うわけですが、たぶん廃棄物とかバイオマスとか農林業であろうと空気を読んでいたところ、第5回会合の議事概要をみると「温室効果ガスの削減、それから再生可能エネルギー、それから汚染の削減や浄化、それからリサイクルとか廃棄物の削減、農業資源とか林業資源の保護など」となっておりますな。だったらそうはっきり書いたらどうなんですか。いずれにしてもこれは「第一次プラン」のとのことですが、くれぐれも欲を出して手をひろげ過ぎないでいただきたいところです。
さてその後は先月の「日本国内投資促進プログラム」をみんなでおおいにやりましょうさあそうしましょうという話になって、最後の「(3)雇用を「守る」」の失業対策の項でも最初に「(1)「日本国内投資促進プログラム」の推進(再掲)」が来ています。これまた経済活性化が最大の雇用失業対策になるわけで、たいへん適切な認識と申せましょう。具体策としては雇用調整助成金の活用に加えてこれが来ます。

労働保険特別会計雇用保険二事業(特定求職者雇用開発助成金若年者等正規雇用化特別奨励金、産業雇用安定センター補助金、介護労働安定センター交付金等)及び社会復帰促進等事業(未払賃金立替払制度、被災労働者への義肢・車椅子の支給、アスベストによる健康障害防止対策等)は、労働者保護や雇用のセーフティネット対策としての重要な役割や労使の議論を積み重ねてきた経緯を踏まえるとともに、行政刷新会議の指摘を踏まえた無駄の排除の徹底の観点から点検を行い、より効率的・効果的な事業として、必要な見直しを行った上で、今後とも実施する。

いや「行政刷新会議の指摘を踏まえた無駄の排除の徹底の観点から点検を行い、より効率的・効果的な事業として、必要な見直しを行った上で」といいますが「行政刷新会議の指摘」はといえば、特定求職者雇用開発助成金若年者等正規雇用化特別奨励金についてはたしかに「見直し」ですが、産業雇用安定センター補助金、介護労働安定センター交付金および社会復帰促進等事業についてはそれぞれ「運営費補助の廃止」「交付金の廃止」「原則廃止」だったわけで(笑)、それを「指摘を踏まえた…必要な見直し」っていったい(ryいや私は以前書いたように必要なことが実施されるなら特会にこだわる必要はないと思っていますし、産業雇用安定センターや介護労働安定センターの事業に非効率がないという確信もありません(あると知っているわけでもありませんが)。ですから必要な予算が別途確保できて必要な事業が継続できるなら運営費補助や交付金を廃止するのも悪くはない、というかあり得る考え方だと思っていますが、それができないなら現実的には特会で続けざるを得ないというのも理解できます。つーかこれ「必要な見直しを行った上で」ってのは「必要な」見直しがなければ今のままってことにもこらこらこら。
ということで、内容的には現時点で求められている施策が幅広くカバーされている、逆にいえばそれほど目新しい内容もないということだろうと思いますが(まあ別に目新しい内容が期待されるわけでもない)、事業仕分けの結論を、その当事者でもあった「政」をふくむ政労使三者の合意でひっくりかえしたというところには一定の意義があろうかと思います。いやそんなことより具体的な政策のほうが重要だというのはそのとおりですが。

*1:とはいえ専門家というのも定義次第で非常に幅広いわけで、範囲によっては全力では同意できない可能性もあるのですが、まあ労働政策審議会で公益を代表する委員・臨時委員になっているような有識者であれば…くらいの範囲でしょうか。

*2:この「あえて」は以下の雇用過剰感、既卒、正社員のすべてにかかります。

*3:なにがどうトンチンカンなのかは過去エントリをどうぞ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20101028#p1)。