週刊ダイヤモンド「解雇解禁」(5)

きのうのエントリを書いた際に「アゴラ」のほうも見てみたのですが、こちらでは池田先生ではなく、いつぞやの藤沢数希氏が取り上げておられました。どうやら藤沢氏のエントリは基本的にネタのようで、ネタにつられるのもなんだかなあという感もこれありですが、しかしせっかく面白いネタを上げてくれているのですからご紹介しようかと。
http://agora-web.jp/archives/1081433.html
ちなみに池田先生と同様、エントリの内容は解雇規制そのものを論じているだけで記事への言及はほとんどなく、たぶん藤沢氏も記事自体は読まずに書かれているものと思われます。

 週刊ダイヤモンドの解雇解禁特集が方々で話題になっている。…筆者は公務員も含めての日本の解雇規制の自由化が日本経済を再び成長軌道に乗せるための一丁目一番地だと考えている。結婚相手の職業人気1位が公務員、学生の就職先人気1位が公務員、そして新卒がみな大企業の正社員を目指す日本の現状は、病的だ。

まあネタなので思い切り誇張しているんでしょうが、それにしても「学生の就職先人気1位が公務員、そして新卒がみな大企業の正社員を目指す」ってあなた公務員は大企業の正社員なんですか。医師や弁護士をめざす新卒はいないとでも?それから、就職先や結婚相手の職業として公務員が好まれるというのは各国に多かれ少なかれ共通した現象と思われ(確実なウラをとったわけではないので自信なし)、というか後進国では本音ベースでは日本以上にそうなのではないかと想像します。想像ですがそんなに外れてないような気がしますがどんなもんでしょう。

 いったん既得権を握った大企業の正社員や公務員が、どれだけ与えれれた仕事に向いていなくても、どれだけサボっていても給料をもらい続けられる一方で、非正規社員がどれだけがんばっても報われないような仕組みがあっていいわけはない。…
 また厳しい解雇規制が企業の採用意欲を削いでいる。いったん正社員として雇ったら、犯罪行為でもない限り首にできないのならば、企業側は雇用に極めて慎重になるだろう。その結果、…数少ない正社員で仕事を回すことになる。そうすると忙しくて死にそうな正社員と、職がなくて死にそうな失業者や新卒が並存するという非常に歪な労働市場になる。

「どれだけ与えれれた仕事に向いていなくても、どれだけサボっていても給料をもらい続けられる」はずの正社員がどうして「忙しくて死にそう」になるんでしょうかねぇ。あと、「犯罪行為でもない限り首にできない」と言われるわけですが、もちろん現実には犯罪行為がなくても首になった人はたくさんいます。というか藤沢氏ご自身も後のほうでは「実質的にすでに解雇自由の零細企業」と書いておられますな。
まあここでは大企業のことを言っているのだ、ということかもしれません。ただ、解雇規制はありますが絶対にできないという話でもありません。それなりに労働者に非が重なれば*1解雇は可能ですし、労働者になんら非がなくても、一定の要件を満たし手続きをふめば経営の事情による解雇(整理解雇)も可能です。「整理解雇の4要件(要素)」が厳しすぎるという議論があり、私もたしかに個別ケースによっては厳しすぎることもありうるだろうなとは思っていますが、しかし要件(要素)があるということは、それが可能だということでもあります。現実には、大企業で指名解雇などが行われることはたしかに稀ですが、それは規制があるからというよりレピュテーションリスクを避けるためではないかと思われます。実際には、必要であれば労働組合などとの協議を通じて、労使の合意のもとに希望退職*2などが行われているわけですが。

 これらの問題を解決するのは、解雇規制を緩和して、労働市場流動性を高めるしかない。筆者は、解雇規制は緩和ではなくて「自由化」がいいと考えている。ある程度の金銭的な保証を支払えば企業はいかなる理由でも社員を解雇できるようにするのである。

「問題」をおおいに誇張しておいて、したがって大胆な対策が必要だと断じるのはデマゴーグの常套手段と申せましょう。まあネタだから当然なんでしょうが。

 アメリカなどは仕事ができない社員を簡単に首にできるのだが、同時に人種差別や性差別に対して非常にきびしく、そういった理由による解雇は禁止されている。しかし筆者はアメリカのこのような法律には疑問だ。…雇用なんて、経営者が好きか嫌いかで決めればいいことであって、それが差別だなんだと人にいわれる筋合いはない。
 そもそも競争的な市場では、人種などの仕事の能力に関係ない属性にこだわるような経営者は、そういうおかしなこだわりがない経営者よりも採用活動で不利になるのだから、それなりのハンディキャップを背負うのである。そのハンディキャップを抱えながら会社を経営したいならば好きにやらせたらいいのだ。それに特定の人種や性別が採用されにくくて、そういった特定のグループの人材が割安に放置されていたら、目ざとい経営者がそういう人たちをすぐに雇うのである。非常に競争的なサッカーなどのプロスポーツや、国際金融の世界では、さまざまな国籍の人たちが働いており、そのような差別はほとんどないのだが、それは何も監督や経営者が特に倫理的であるということではない。ライバルに打つ勝つために少しでも優秀な人材を雇い入れなければならず、差別なんかしている暇がないのである。

うーん、いかにネタにしてもこれはいかがなものかと。藤沢氏が何と主張してもいわれのない差別に苦しんでいる人は現にいるのであり、そういう人たちがこの文章を読んでどう感じるかということは常識的な人ならわかるだろうと思うのですが。
「そもそも競争的な市場では〜」以下の理屈はもっともらしい、というか基本的にはもっともなのですが、能力を測定するのに一定のコストがかかり、一方で特定のカテゴリ(人種でも性別でもなんでも*3)にそれに関する特定の傾向が観察できる場合には、そのカテゴリを最初から排除したほうが合理的になることがあります*4。競争的な市場であれば差別はすべて不合理なので消滅するはずだと考えるのは非現実的で、藤沢氏のような国際金融のエキスパートがそれをご存知ないはずはないと思うのですが。
なお藤沢氏は(おそらくご自身の経験から)「国際金融の世界では、…そのような差別はほとんどない」と書かれていますが、これも実感であるのならあくまで「雇われた人」についての実感であって、雇われなかった人まではカバーしないことに注意が必要でしょう。

 解雇は金銭による完全自由化に限る。そこで金銭解決の額だが、月給一ヶ月程度で十分だろう。これは大企業にしてみたら格安だが、それ以上だと中長零細企業はとても払えない。今の法制度では、大企業が正社員を首にしようと思えば、ちょっと話がこじれれば年収の2年分ほどの金を積んで仕事のできない社員に辞めていただかなければならない。…日本の大企業は国際的な競争にさらされているのである。仕事のできない社員を首にするのに、そんなにコストを払っていては株価が低迷するのも当然だろう。首にするのに月給一ヶ月分で十分だ。

この後もあれこれと煽りが続くのですが、無内容な本当の「ネタ」ですのでここまでにすることにして、さて中長零細企業は中小零細企業のことでしょうが、月給一ヶ月程度以上だと「とても払えない」というのはいささか失礼ではありませんか。それはそれとして、労働基準法で一ヶ月前の解雇予告か一か月分の解雇予告手当(あるいはその混合)が定められていますので、「完全自由化」すれば金額は自動的に1か月になります*5。書くのであればそのように書いていただきたいところではありますが、まあネタなので、労働法の知識に沿って書かなければならないというものでもないということでしょうか。

*1:とりあえず1か月程度無断欠勤が続けばまず解雇が不当とされることはないと思われますが、これって犯罪行為とまでは言えませんよねえ。なおもちろん就業規則などに根拠が必要といった話は別途あります。

*2:まあ一言で希望退職と言ってもその実態はまた多様で、中には一方的な指名解雇と変わらないようなものも少なからずあるようですが。

*3:たとえば「女性は勤続が短い」とかですね。

*4:いわゆる「統計的差別」という奴で、合理的であるがゆえに法で規制する必要がでてくるわけです。

*5:労基法の定める解雇予告手当は「解決金」ではありませんし、あるいはそれに上乗せしてもう一ヶ月ということかもしれませんが。