雇用流動化で失業率は下がる

池田先生のブログからもうひとつ。2月11日のエントリ「雇用流動化で失業率は下がる」http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/44a168f4f49944058f457302eef66e83からです。弁護士の小倉秀夫先生との議論が展開されているようで、前後の経緯がよくわかっていないのでトンチンカンなコメントになるかもしれませんが、実務的な見地から見てみたいと思います。

 彼(引用者注:小倉弁護士)は雇用流動化が「北風」政策だというが、これは理論的にも実証的にも間違いである。前にも書いたように、雇用流動化は労働需要を増やす「太陽」政策なのだ。それは経営者に解雇というオプションを与えるので、オプション価値の分だけ労働需要は増える――と書いてもわかってもらえないだろうから、簡単な例を考えよう:
 ある経営者が、正社員を雇うか派遣にするか迷っているとする。正社員を雇うと絶対に解雇できないとすると、生涯賃金は大卒男子平均で2億7000万円だ。社会保険や年金・退職金を入れると、4億円近い大きな固定費になる。他方、派遣の(派遣会社に払う)賃金が正社員と同じだとしても、業績が悪くなったら契約を破棄できる変動費だ。たとえ生産性が低くても派遣を雇うことによってリスクをヘッジできるので、経営者は派遣を選ぶだろう。しかし正社員の解雇が自由になったとすると、正社員と派遣のコストは同等になり、経営者は生産性の高い正社員を選ぶだろう。
 つまり解雇規制を緩和してオプションを増やすことによって、正社員の雇用は増える。他方、解雇も容易になるので、短期的にはどっちの効果が大きいかはわからないが、長期的には雇用コストが下がると労働需要は増えるので、自然失業率は間違いなく下がる。失業率が解雇規制の増加関数であることは、オバマ政権の中枢であるサマーズもいうように、実証的にも定型的事実である。
 雇用を流動化するもっと重要な理由は、それによって労働生産性を高めることだ。流通業や建設業には大量の潜在失業者がいるが、医療や介護では人手が足りない。前者から後者に労働力を移転するには、解雇規制を緩和するとともに職業訓練を強化し、新たなキャリアへの挑戦を容易にする必要がある。それによって福祉サービスが成長すれば、内需拡大によってGDPが高まり、労働需要も増える。厚労省の進めている雇用固定化政策はきわめて反生産的であるばかりでなく、労働者を会社に閉じ込めて不幸にする。

経営者が派遣労働者を選ぶのはもっぱら雇用の柔軟性を確保するためだ、というのはそのとおりだろうと思います。もっとも、「業績が悪くなったら契約を破棄できる」というのは無茶で、さすがに一方的に契約を破棄することは原則としてできないでしょう。「業績が悪くなったら契約満了をもって派遣を終了することができる」なら無難でしょうが…。
で、正社員は柔軟性が乏しいわけですが、それでも池田先生ご指摘の高給を支払って雇用するというのは、それに対する見返りを企業として期待するから、というのは当然です。そして、企業の存続を考えれば技能の伝承、人材の育成が重要ですから、それなりに技能を受け継ぐ正社員は確保しなければなりません。いっぽう、柔軟性の確保も重要ですから、それぞれの企業はその折り合いをつけながら正規と非正規の最適な比率を模索する。これが経団連の提唱する自社型雇用ポートフォリオです。
さて「解雇規制を緩和してオプションを増やす」と、たしかに正社員も変動費化することができ、柔軟性はいっそう高まります。もっとも、そうなると池田先生もかねて指摘されたように、正社員は企業特殊的熟練を蓄積しなくなる可能性があります。企業固有の独自技術、独自ノウハウを競争力としている企業にとって、これはかなりゆゆしき事態です。このとき、はたして正社員の生産性が解雇規制のあるときと同等にとどまっているかどうかはかなり疑問です。雇用の流動化が社会全体の生産性を高めるとしても、それにより正社員の生産性が低下するとしたら、差し引きどうなるかはやってみないとわかりません(雇用慣行・労働市場は国によってかなりの相違がありますので、海外の事例もあまり参考にはならないでしょう。思い切ってやってみよう、という自治体があれば、構造改革特区でやってみるという手はありそうです。立地がよければ、金融業が集積するかもしれません)。
また、これは「正社員の非正社員化」ですから、労働者が「とにかく雇用されていればいい、失業率が低ければいい」という人ばかりならともかく、「正社員として安定的に雇用され、技能の伸長・キャリアの形成と安定した家庭生活を実現したい」という人にとっては、あまり歓迎できる政策ではないかもしれません。やはり、方向性は現状の正社員も残しながらの多様化でしょう。
また、「流通業や建設業には大量の潜在失業者がいるが、医療や介護では人手が足りない。前者から後者に労働力を移転するには、解雇規制を緩和するとともに職業訓練を強化し、新たなキャリアへの挑戦を容易にする必要がある。」というのも、「解雇規制の緩和」が必須かといえばそうでもないでしょう。「大量の潜在失業者」が仮にいるとして、医療や介護の分野で現職より労働条件の優れた求人があり、かつそれに就くための教育訓練も実施してもらえるということになれば、おのずと労働力の移転は自発的に起こると思われるからです。まあ、失業に追い込まれなければチャレンジしないだろう、ということかもしれませんが(これは感覚的にはかなりの北風政策ですね)、解雇される人が新たな分野に適性のある人かというとそういう保証はなく、むしろ対応力に乏しい人が多く解雇される可能性が高いことは容易に想像できますので、トータルで労働力の移転のために効果的かどうかはわかりません。であれば、なにもわざわざ解雇させて失業給付を払わなくても、自発的に転職させるのを促せばよいのでは、と思うのですが。そのための仕組みとして出向→転籍というのもありますし。
なお、これはまったくの余談ですが、池田先生のいわれる(中期的に)「雇用流動化で失業率は下がる」というのは経済学の知見としては「正しい」のでしょうが、いっぽうで今現在の労働者に対してそれをいうのは、「中長期なんて俺たちには関係ない、いま解雇されたら俺たちは困るんだ、解雇しないというのを信じて企業特殊的熟練を積み上げてきたのをどうしてくれるんだ」という反対を招くことも明らかなわけで、このあたりも小倉先生との議論がかみあわない部分なのかもしれません。違うかな。いずれにしても余計なお世話ですが。