週刊ダイヤモンド「解雇解禁」(6)

きのうのエントリでご紹介した藤沢数希氏のブログ記事の最後に「参考資料」というのがありましてリンクがはってあるのですが、これがまた何といいますか。

ダイヤモンド 「解雇解禁」特集号で大事な3つの論点、山崎元
http://diamond.jp/articles/-/9157
最悪の時はこれからだ、池田信夫
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51470391.html
有期雇用の必要性、あるいは司法修習生の就職対策について、城繁幸
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/e5e4bb63377e30a42cb6aac87f1c0494

ということで、もう次号が出ているのにいつまでやるのかという感はありますが、ネタを供給されたのでもう少し。
まずは「金融経済の専門家」山崎元氏ですが、これは氏のブログではなくてダイヤモンド・オンラインの「山崎元のマルチスコープ」という連載記事です。ということで、さすがに記事を読まれた上で具体的な内容にコメントされています。長いので途中飛ばしますが…

 解雇規制の緩和は、これで企業が日本に踏みとどまるケースが増えるだろう、あるいは、採用に対してもう少し積極的になって、いわゆる新卒者等の若年者の雇用が改善するだろうといった「守りの戦略」だ。効果は見えにくいかも知れないが、特集が強調するように、労働者間の公平性を回復する上で重要だし、これを実行しないと、企業は不況期にも維持できる範囲に雇用者数を削減せざるを得ない。
 正社員の解雇規制の緩和は早急に実現すべきだ。遅れるほど、日本の企業経済の衰退を通して、労使双方のダメージは深まる。
 しかし、予想の問題として考えると、連合、自治労といった組合組織が民主党の最有力の政治的スポンサーであることを考えると、正社員の解雇規制緩和は当面実施されそうにない。また、派遣に関する規制強化は飛行中の逆噴射に近い愚策だが、これが法案として通る可能性が十分ある。これは、既得権を持った正社員の利益集団が、競合する労働者を退ける構図だ。
http://diamond.jp/articles/-/9157

「企業は不況期にも維持できる範囲に雇用者数を削減せざるを得ない。」というのは、雇用保障のある正社員を「不況期にも維持できる範囲」に止める、ということで、これは必ずしも「不況期の必要数」とは限らず、「不況期に維持可能な数」であることが多いと思われます。で、好況期には当然それを超える人数が必要になるわけで、それは基本的に雇用調整が比較的困難でない非正規雇用で調達することになるわけです(基本的に、というのは、人手不足が深刻になると正社員でしか採用できなくなる可能性があるからです)。つまり、正社員の雇用の安定をはかるには非正規雇用が必要不可欠なわけであり、「正社員の利益集団が」「派遣に関する規制強化」によって「競合する労働者を退け」てもなんら得にはなりません。派遣社員による雇用調整が不可能になれば、それは正社員の削減による雇用調整のリスクを高めることは明らかだからです。このあたり、山崎氏は人事管理に関する知識が少々危ないのか、あるいは山崎氏のお好きな?「官僚が抵抗するからダメだ」論に類似の「連合がスポンサーだからダメだ」論を繰り出したいからなのか、やや理屈にあわない記述になっています。
さて、山崎氏はこのあと、記事に挿入された識者のインタビュー記事についてコメントしておられます。

<論点1>解雇の基準は「個別に議論」でいいか?
東京大学水町勇一郎教授は、…「法改正を伴わなくとも、労使の話し合いを基盤とした、客観的合理性・社会的相当性の判断に委ねることも十分可能だ。画一的な基準を画一的に適用するのではなく、変化に対応できる柔軟な仕組みこそ必要だろう」(p39)と述べておられる。
 しかし、雇用する側から見ると、どのようなケースで正社員の解雇が可能で、いくらのコストが掛かるのかということに関して、明確な予測可能性がないと、「不況期にも維持できる範囲に」雇用を留めたいという消極性は解消できない。
 雇われていて解雇される側にあっても、どんな解雇が不当なのか、あるいは解雇される場合に幾らの補償が貰えるのかが、誰にでも分かる明文化されたルールとして明らかなのでないと、十分に権利を守れないのではないか。
 法律の専門家は、画一的なルールを作らなくても、法律と判例と法理でものを考えて、個別のケースに柔軟に対応すればいいと思うのかも知れない。しかし、この特集にもある通り、解雇に関する法的なルールは、労使双方でよく知られていないのが現状だ。
…解雇に関わるルールは、労使双方が誤解無く分かるように、なるべくシンプル且つ具体的に内容を決めて、広く周知しないと意味がないし、何より不公平だ。

たしかに、現行ルールの予測可能性があまり高くないことは事実だろうと思います。ただ、山崎氏はそこまでお考えではないようですが、一部にある予測可能性が低いからルールをなくしてしまえという主張は単細胞な発想と思われます。
そこで山崎氏は「労使双方が誤解無く分かるように、なるべくシンプル且つ具体的に内容を決めて」と結論付けておられるのですが、これはかなり難しい仕事になるでしょう。解雇は労働者にとってかなり重大な不利益なので、その当不当の判断はやはり事件の具体的な内容を踏まえて判断することが必要ではないかと思われます。
まだしも、このブログでも過去再三言及していますが、雇用保障の程度が異なる(当然、それに応じた労働者への恩恵もある)多様な雇用形態を認め、事前に明確に予定された退職事由が発生した場合には疑問の余地なく退職となるというルールにしていくことのほうが現実的(これはこれで超えるべきハードルがありますが)だろうと思います。

<論点2>職種別の資格制度は必要か?
 日本総合研究所の山田久調査部ビジネス戦略研究センター長は、派遣事業の範囲や期間を自由化するのと並行して、「職種別レベル別能力認定制度」の導入を提唱されている(p41)。派遣労働者が、技能を身につけにくいこと、処遇が改善しにくいことに対する対策の位置づけだ。
…しかし、民間主導のOJTを通じた能力認定を想定されておられるが、これは、どの程度機能するのだろうか。
 企業が社員の技能取得をサポートすることは、それが、企業自身にとってもプラスになることなら、民間企業は既に自分自身のために行っているはずだ。派遣で働く人にとっては、派遣の期間制限といった余計な規制があるせいで、これが受けられなくなっていることが問題であり、不自然な規制をなくすれば、企業と労働者はそれぞれの判断で技能への投資を(しないことも含めて)判断することが出来る。
 あらためて制度化することの必要性には疑問がある。

これは私も山崎氏の意見のほうに同感します。ただ、ジョブ・カードなども全然ダメかと思ったらそうでもないようなので、あって悪いというものではないかもしれません。ただ、山崎氏も書いているように技能は多様であり、かつ変化するものですから、あまり硬直的なものをつくってもうまくいかないだろうとは思います。長期派遣が可能になれば、企業はそれに応じた人材育成を行うでしょうから、一定期間以上派遣された派遣労働者については、派遣終了時にその派遣労働者の持つ能力やできる仕事などについての「推薦書」の作成を派遣元に求めるというアイデアもあると思います。義務化してしまうと、あまり意欲や能力の高くなかった労働者についてそれを作成するのがつらい作業になりそうですが、しかしそういう人はそれほど長く派遣されないでしょう…。

<論点3>セーフティーネットが出来るまで規制緩和はしないほうが良いのか?
…さて、次のように考えてみよう。仮に、「A+Bの実現」が大変望ましいとする。「A単独の実現」は、「A+Bの実現」ほどには好ましくないが、何も実現しないよりは好ましいとしよう。この場合、望ましい「Bの実現」が伴わないことが、Aの実現に反対することの理由になるだろうか。
 Aは解雇規制の緩和、Bはセーフティーネットの充実だ。
 Bが実現しないことは残念だが、だからといって、Aも実現しない方がいいということにはならない。問題は、解雇規制の緩和が単独で行われても、なお現状を改善するかどうかという判断だ。
 現実性については読者にも考えて欲しいが、『週刊ダイヤモンド』の今回の特集は、全体を通じて、他の条件を一定にしたままでも、解雇規制を緩和したほうがメリットが大きい、だからその方向に進まざるを得ない、と言っているように筆者には読めた。

うーん、私にはそうは読めなかったのですが。特集の結論部分でも「解雇解禁の前提は安全網整備」となっていたと思いますし(さらにその安全網で十分かという議論もありそうですし)。まあ、山崎氏が解雇規制の緩和だけが行われることが現状よりは好ましいとお考えになるのは自由ですし、その願望にもとづいて記事を読み、解釈するのももとよりご自由ですが、しかし世間では「解雇規制緩和単独の実現よりは何も実現しないことのほうが望ましい」と考える人が多数ではないかと思います。もちろん多数説が正論かどうかという議論は別途あるにしても、です。
さて、最後に山崎氏は「公平を期して、解雇規制を緩和することのデメリットも考えておこう。」と書いておられるのですが、残念ながら企業の人事管理に与える悪影響についてはなんら触れていただけませんでした。まあ、これは記事のほうもほとんど意識にないようですし、山崎氏もよくはご存知ない、あるいはご関心がないようですので致し方ないのですが、しかし実際の議論にあたってはおおいに重視していただきたいポイントです。