まああわてずに

きのうに続いて土曜日の日経新聞から。ツイッターでも書きましたが、厚労省が65歳までの雇用確保に乗り出すとか。

 年金の支給開始年齢を原則65歳にする2013年度まであと3年。定年が今と同じ60歳なら、その間をどうやって過ごすのか。そんな不安の解消へ向け、「ポスト定年世代」が65歳まで働ける仕組みを考える議論がスタートする。厚生労働省は希望する会社員は誰でも65歳まで働ける制度を念頭に置く。ただ、企業側の反発に加え、若年層の雇用機会を奪いかねず、議論百出となりそうだ。
 自民党政権時代に成立した現行の高齢者雇用安定法は、65歳までの継続雇用を06〜13年度にかけ進めるよう企業側に求めている。それ以前に決まった年金の受給開始年齢を遅らせる法改正に連動したもので、年金制度の持続性を維持するための一連の措置でもあった。
 同法に基づく現行制度の下では、企業は(1)定年年齢の65歳までの引き上げ(2)定年制の廃止(3)継続雇用制度の導入――のいずれかを実施しなければならない。厚労省によると、定年の引き上げや廃止は人件費がかさむとして、8割以上の企業が継続雇用制度を導入している。
 ただ、同制度の場合でも、企業側は継続雇用を義務付けられるわけではない。例えば「勤務評定が平均以上」といった基準を労使で設け、継続して雇用するには基準を満たすことを要件にする裁量が認められている。
 実際にはこうした基準を満たした人が、嘱託や契約などの形で定年後に再雇用されるのが一般的だ。従業員51人以上の企業について09年6月時点で見ると、希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合は全体の半分以下の44%。定年に到達した人が実際に継続雇用された割合も同じ時点で 70.4%にとどまる。
 政府が現行制度を改め、「ポスト定年」対策に動こうとしているのは、「60歳での雇用の終わり」と「65歳の年金受給の始まり」の間の空白を埋めるためだ。年金を受給できず、雇用延長も認められなければ、最悪の場合には無職、無年金者が増えかねない。
 新制度は意欲があれば65歳まで希望者全員が働けるようにするのが基本だ。具体的には、継続雇用する場合の基準を企業が設けられないように制度を改正する。事実上、企業の裁量権をなくす制度改正ともいえる。さらに、70歳まで働けるように独自に制度を設けた企業に対しては、報奨金制度の導入も検討する。
 厚労省は月内にも学識者らによる研究会を設置し、10年度末をめどに報告書をまとめる。11年度から労働政策審議会厚労相の諮問機関)で高齢者雇用安定法改正案の具体策を論議。12年の通常国会に改正法案の提出を目指す。
http://www.nikkei.com/paper/article/g=96959996889DE3E3E0E2E5E5E0E2E3E5E2E5E0E2E3E29C9CEAE2E2E2;b=20100717

かなり唐突感のある話ですが、背景としてはすでに雇用戦略対話において「高齢者の就業率」が目標のひとつとして掲げられ、具体的施策としては「公的年金支給開始年齢(報酬比例部分)の65歳への引上げが開始される平成25年度に向けて、65歳まで希望者全員の雇用が確保されるよう、施策の在り方について検討を行う」と記載されています(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koyoutaiwa/dai4/siryou1.pdf)。これを受けてか、この14日に発表された雇用政策研究会の報告書(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000cguk-img/2r9852000000ch2y.pdf)にも「高齢者の就労促進としては、まずは65歳までの高齢者雇用の確保を図ることが不可欠であり、現行の高年齢者雇用安定法における高年齢者雇用確保措置を着実に実施していくことが重要である。今後、2013年度からは、公的年金の定額部分に加え、報酬比例部分についても段階的に65歳への引上げが開始されることになる。このため、65歳まで希望者全員の雇用が確保されるよう、施策の在り方について検討を行う必要がある」との記述があります。これらを見れば、行政にこうした動きが出てくるのは自然な成り行きとは言えるでしょう。
それにもかかわらず唐突感が否定できないのは、ややスケジュール的に前掛かりになっているからでしょうか。2013年度からというとあと3年弱で、周知期間などを考えるとそう呑気にも構えていられないでしょうが、記事にある2012年度の通常国会で成立させれば1年以上の期間が確保できます。膨大な政省令を準備しなければならないということもなさそうですから、続く臨時国会でも早い時期なら大丈夫でしょう。それに先立つ審議会審議にも一定の期間の確保は当然必要でしょうが、法改正としてはそれほど大規模なものではないはずで、年末か来年に入ってから研究会スタートくらいの感じではなかろうかという感はあります。というか、「月内にも研究会を設置」ということになると、すでに人選もすんで開催案内も出ているくらいでないとおかしいでしょうが、とりあえず厚労省のサイトの行事開催予定(http://www.mhlw.go.jp/topics/event/monthly.html)にはそれらしきものは見当たりませんな。
さて、記事では「希望者全員が65歳以上まで働ける企業の割合は全体の半分以下の44%」となっていますが、これは制度上そうなっている企業の割合ということで、労使協定などで継続雇用しない基準を設けてはいるが事実上希望者全員になっていたり、基準に該当する人がほとんどいないといった企業はこのほかにもかなりの割合存在すると思われます。そこまで含めて「事実上ほぼ希望者全員を継続雇用」している企業が相当割合にのぼるのであれば、これを法制化しても企業の負担が驚くほど大きくなることはないはずで、十分に検討の余地があるでしょう。逆に、実態がそこまで追いついていないのであれば、強引な法制化は現場に混乱をもたらすだけでなく、若年雇用はじめ雇用失業情勢に悪影響を与えることになる危険性が高いでしょう。いずれにしてもまずは実態を正しく把握することが必要です。
また、基準の存在がよく周知された企業においては、希望したものの基準にひっかかって継続雇用されないというのは格好悪いからそもそも最初から希望しない、という人も現時点では一定数存在しているものと思われます。実態把握にあたっては、基準があればあえて希望はしないが、基準がなくなれば継続雇用を希望する、といった人たちがどの程度いるのかということも考慮に入れる必要がありそうです。
その上でどうするかですが、私は就労できる人は可能な限り就労することで生計費を稼得することが望ましく、高齢者も同様だと考えていますが、いっぽうで雇用戦略対話の目標も100%ではないわけで、当然ながら引退の自由は確保されるべきものでしょう。高齢者は若壮年以上に多様ですから、60代前半で切実に引退を望む人もいるはすです。そうした人のことを考えると、継続雇用の義務化は政府にとっては財源不要の魅力的な施策かもしれませんが、「無職・無年金」の救済策としては企業に対する雇用の義務化/高齢者に対する就労の義務化だけでは不十分でしょう。もちろん、現状でも生活保護など一定のセーフティネットは存在しますが、それで十分なのか、あるいは受給者の増加にどう対応するのかといった検討は必要だろうと思います。
その上で、例外なく希望者全員の継続雇用を義務化するのであれば、高齢者の多様性に応じて、仕事、賃金、労働時間といった就労条件も多様なものとしていく必要があるでしょう。体力が低下してフルタイム勤務が苦痛であるにもかかわらず、無年金ゆえにそれを余儀なくされるというのは好ましい姿ではありません。再雇用制度であれば、仕事や賃金、労働時間などを契約の都度変更することは可能であり、その変更範囲は幅広く容認されるべきでしょう。もちろん、高齢法の趣旨は高齢者の安定した雇用の確保ですので、あまりに大幅な変更は慎むべきですが。
また、「無職・無年金」による収入の途絶を救済するという観点からは、企業が福利厚生の一環として65歳までのつなぎ年金を一定額提供したり、あるいは相当額の一時金を支給したりすればそれ以降の継続雇用を要しないという制度とすることも十分考えられるでしょう(類似のものとして労働災害の打切補償があります)。これは将来的に65歳までの希望者全員の雇用延長が定着し、定年延長を考慮する段階になったら、特に考慮に入れる必要がありそうです。
結局のところ、これは総額人件費のパイをどのように配分するかという問題でもある(もちろん、それだけではない)わけで、とりわけ高齢者雇用問題は若壮年にとってもいずれは自分自身の問題になるわけですから、労働組合などが若壮年が労働条件向上を若干がまんしても高齢者の処遇を手厚くしようということで企業内の労働者をまとめることができれば、あとは経営サイドを説得するだけの話になります。記事では若年雇用への影響を心配していますが、企業内においてもこれは労労問題という性格を持っているわけです。
さて、当座の現実問題としては、ボリュームの大きい団塊世代はすでに60歳定年を経過してしまっているわけで、記事にもあるようにその結果として継続就労している人は70%にとどまっています。つまり、団塊世代についてはすでに企業としても継続雇用してもいいという人に絞られているわけです。あとは、継続雇用の多くは有期契約で一年毎に更新、といった形になっているものと思われますので、そのときに打ち切りはしないでね、ということになるのでしょう。いずれにしても2007年時点で団塊世代の希望者全員を65歳まで継続雇用せよ、と言われるのに較べれば企業の負担もそれほど重くはないはずです。
これから60歳定年を迎える人の人数は団塊世代ほど多くはないわけですし、基本的にこれから労働力人口が減少する中にあっては、繰り返し指摘されているように高齢者の活用は労働力確保のために重要な取り組みになります。とりわけ周辺的な労働力については循環的要因の影響が大きいわけで、適切な政策運営によって経済成長が実現できていれば高齢者雇用も進み、若年雇用とのバッティングも起きません。ということで、結論としてはまたしても経済活性化が最大の雇用対策である、ということになります。したがって、雇用戦略対話が、名目3%実質2%の成長を前提に目標を掲げたのも妥当な考え方であったといえましょう。