若者のため

日経新聞は、本日朝刊の「社説」で「今こそ若い世代が投票を」と、若年層に今回参院選への投票を呼びかけています。
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A9693819699E2EAE2E2E48DE2EAE2E5E0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

…11日の日曜日は参院選の投票日。投票所に行き、ぜひとも一票を投じよう。
 特に若い世代の人たちに、そう呼びかけたい。
 これまでの参院選をみると、若者ほど投票しない傾向がはっきりしている。20歳代の投票率は過去3回とも30%台だった。60%を超えていた40歳代以上とは対照的だ。
…巨額の財政赤字、破綻しかねない年金制度、今後の税制をどうするか……。今回の参院選で焦点になっているテーマは、若者の将来の暮らしを大きく左右する問題ばかりだ。
 例えば、2005年度版の経済財政白書にはこんな試算がある。わたしたちは生涯を通じて、税金や社会保険料などを負担する代わりに、年金や医療など様々な公的サービスを受けている。この金額を差し引きすると、いま60歳以上の人は4875万円の黒字になるが、20歳代の人は1660万円の赤字になるという。
 世代によってこれほどの不公平が生まれるのは、財政の悪化や少子高齢化に伴うツケが、次の世代に回されようとしているからだ。
 責任の一端は若い有権者にもある。日本は中高年の人口が多いうえ、投票率も高いため、政治への影響力が大きい。この構図を改めるには若者がもっと投票するしかない。

 有権者のうち55歳以上の比率は4割を超えるとの試算もある。高齢化でこの数字はさらに高まるだろう。
 子や孫の世代に過大な負担を残さない――。中高年の人たちには、投票の際にそういう思慮もほしい。
(平成22年7月9日付日本経済新聞「社説」から)

まことにもっともな論説で、中高年に対して「子や孫の世代に過大な負担を残さない…そういう思慮もほしい」と求めたところで、これから少子化がさらに進めば「子や孫の世代といわれても、その世代に私の子や孫はいないんですけど」という中高年も増えていくわけで(これも少子化の怖さのひとつでしょう)、やはり若年層自身が自分の利益のために投票しなければ対抗できないと思われます。
問題は若年層の投票の受け皿だよなあと思っていたら、経済面にこんな記事が。他紙での報道はざっとみた限りではありませんので、案外社説とセットの報道なのかもしれません。違うかな。
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E2EAE2E0868DE2EAE2E5E0E2E3E29797E0E2E2E2;at=ALL

 「消費増税で世代間格差の是正を」――。20〜30歳代の研究者や地方議員らでつくる「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」は8日、若年層の視点でとらえた参院選の公約評価を都内で発表した。増税を明記した自民党たちあがれ日本などが高評価となった。労働市場の流動化を訴えるみんなの党も、若い世代の雇用創出につながるとして高い点数を付けた。
 評価は前千葉県市川市議の高橋亮平氏、労働問題に詳しい評論家の城繁幸氏、民間シンクタンクの研究員らが実施した。
 財政・社会保障政策については、若年層から高齢者まで幅広い世代に負担を求める消費税の導入が、世代間格差の解消には必要と強調。財源に乏しいまま財政出動による景気対策を示した社民党国民新党共産党は「若者世代に負担が先送りされている」として低評価となった。
 雇用政策について、みんなの党自民党規制緩和による労働市場の流動化を盛り込んでおり、高い評価を付けた。
 城氏は「増税マニフェスト政権公約)に明記した政党が多かったことは若者にとって大きな前進」と述べ、「菅直人首相が呼びかけた税に関する超党派協議について今後の動きを注視したい」と語った。
(平成22年7月9日日本経済新聞朝刊から)

おや城繁幸ですか。「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」ねぇ…。で、とりあえず記事の元ネタはこちらにあります。
http://www.youthpolicy.jp/wp-content/uploads/2010/07/wakamono_hyouka.pdf
まず「趣旨・目的」はこうです。

  • 「未来を長く生きる」若者の視点から各政党のマニフェストを解説。「自分たちのことを考えてくれている政党はどこなのか」を判断する材料にしてほしい。
  • 各政党には、若者視点を強く意識させ、世代間格差を是正させるインセンティブを与えたい。

続いて採点対象・採点方法については、

  • …採点対象の政策分野は「労働・雇用」「財政・社会保障」「政治参画」の3分野。
  • 採点は、「世代間格差を改善する政策かどうか」を若者度として縦軸に、「妥当性・明確性・財源・工程」の各観点からの政策評価を横軸に行われる(各100点満点)。
  • メンバー各自の採点結果の平均値。

なるほど、なるほど。まあ、世代間格差の是正だけが「若者の視点」「若者のため」かどうかというツッコミはあり得るでしょうが、重要なポイントのひとつであることは間違いありません。無理をせずに、政策分野を評価者の得意分野に絞ったのも好ましい姿勢と申せましょう。とりあえず投票行動をどうするかを考えるには有益な材料の一つになりそうです。
そこで具体論をみてみますと、点数はリンク先の資料をごらんいただくとして、労働・雇用政策はこうまとめられています。

  • 労働市場の流動化を明記する自民、みんなが高評価。
  • 規制強化で対応を図る社民、共産、国民は雇用減という観点からマイナス。
  • 各種補助金等のバラマキのみに依存するその他各党は踏み込みが甘い。

まずもって申し上げておきますが、自民党みんなの党を高く評価し、規制強化を目論む各党を低く評価するという結論には私も概ね賛成です。その上で、評価の中身を見ていきたいのですが…うーん、城氏がやっておられることなので予想できることですが、記事にも「労働市場の流動化を訴えるみんなの党も、若い世代の雇用創出につながるとして高い点数を付けた」とあるとおり、やはり「労働市場の流動化」最重視の姿勢が示されていますね。
ただ、記事を読んだときから違和感を感じていたのですが、あらためて自民党みんなの党マニフェストを読み返して確認してみると、やっぱりでした。実は両党のマニフェストには「労働市場の流動化」とは書かれていないんですね。
たとえば、自民党マニフェストはこうなっています。長くなりますが引用します。

30 個人の自助努力を補助する雇用対策
 国民が後年の憂いなく、前を向くためにはセーフティーネットの再構築が欠かせません。「受動的な安全網」との考え方から転換し、個人ごとの自助努力を補助する「能動的な雇用対策」を自治体・企業・NGOと連携してきめ細かく展開します。企業における雇用機会が大きく変化する中で、仮に失業しても、給与水準を維持しながら、着実かつ速やかに、再就職することが可能な「トランポリン型社会」を構築します。

31 就職、転職をしやすい環境の整備
 職能別検定制度の充実とジョブカードの円滑な活用を通じ、職業訓練や職業能力開発などを活かし、就業につながるマッチングシステムを確立します。
 また、労働者派遣制度の活用によるスキルアップやキャリア形成を行うなど再就職、転職支援の制度や仕組みを設けることにより、再チャレンジや成長産業への円滑な人材シフトを促進し、正規雇用の維持、拡大を図ります。 
 労働者保護に主眼をおいて、非正規労働者の処遇を改善します。

32 雇用力強化労働法制の充実
 「雇用」は国民生活の基盤であり、その安定確保は国の最重要課題であります。一方、派遣切りなど、解雇が行われた際、全ての責任を企業に負わせることも問題であり、政府と企業が一体となった労働環境を整備しなければなりません。特に、「解雇規制」を緩和すると同時に、企業における「柔軟な経営」を行える環境を整備するなど、企業の持続による「雇用の安定」につなげます。また、国としては、「同一労働・同一賃金」「社会保障の充実」「労働環境の法整備」を前提に、失業対策として、生活の安定が保証される「手厚い失業給付」「充実した職業訓練プログラム」の再構築など、強力なセーフティーネットを構築します。

33 雇用対策の抜本的強化
 雇用の防衛に向け、雇用対策を抜本的に強化するべく、雇用調整助成金の要件緩和のみならず、雇用創出に向けての地域発の実証事業や雇用拡大型制度改革に着手し、就労動機付けの強化、トライアル雇用の拡充(雇用「創出」助成金)、能力開発を行う派遣会社の支援等、必要な調整費用を支出します。さらに、職業訓練(研修)後のスムーズな就業のための再就職バウチャーや「企業内職業訓練支援制度」(仮称)を導入します。

34 新卒者就職対策の実施
 新卒者の就職状況が厳しい中、新卒者の100%就職を目指して、新卒者をトライアル雇用する企業へ3年間補助金を支給するトライアル雇用制度の創設など、新卒者の雇用の受け皿の整備を促進します。

35 今後10年間で雇用者所得の5割増を実現
 持続可能な安定した社会保障を維持し、活力ある社会をつくるために、あらゆる成長戦略を実行して、今後10年間で雇用者所得の5割増を実現します。
http://www.jimin.jp/jimin/kouyaku/22_sensan/pdf/j_file2010.doc

おそらく、城氏たちは「「解雇規制」を緩和する」に惚れたのでしょう。しかし、その意図は実は「企業の持続による「雇用の安定」」であって、これは流動化とはむしろ逆の方向です。まあ「再チャレンジや成長産業への円滑な人材シフトを促進」は「流動化」と言って言えなくはないかもしれませんが、しかしこれまた意図していることは「正規雇用の維持、拡大」であって、個別にみれば原則1回限りの移動なので、とりあえず城氏がいつも使っている意味での「流動化」とはかなり異なるように思われます。そもそも、正規雇用が拡大するということは転職確率の低い雇用が増える(転職しがちな非正規が減る)ということなので、「労働市場の流動化」とは逆行する現象です。
先日のエントリhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100702でも書きましたが私は自民党マニフェストは(雇用・労働政策については)それなりにうまく作られていると評価していますし、若年層の雇用を改善する方向の施策も取り込まれていると思います。問題は結局のところそもそも本当に「労働市場の流動化は世代間格差の是正であり、若者のためになる」のか?というところにあるのですがこれは後述することとして、次はみんなの党マニフェストです。

  1. 原則として全ての労働者(非正規を含む)に雇用保険を適用。
  2. 同一労働同一待遇(賃金等)や正規・非正規社員間の流動性を確保。
  3. 雇用保険生活保護の隙間を埋める新たなセーフティーネットを構築。雇用保険が切れた長期失業者、非正規労働者等を対象に職業訓練を実施。その間の生活支援手当の給付、医療保険の負担軽減策、住宅確保支援を実施。
  4. 民主党政権の「派遣禁止法案」は、かえって働き方の自由を損ない、雇用を奪うものであり反対。
  5. 景気や中小企業の経営状況を見極めながら、最低賃金を経済成長により段階的にアップ。残業割増率を先進国並みに引き上げ、サービス残業の取締りを強化(雇用拡大と子育て支援にも効果)。
  6. ハローワークを原則民間開放。民間の職業紹介・訓練への助成を拡充。

http://www.your-party.jp/policy/manifest.html#manifest02

この中で「労働市場の流動化」に関係がありそうなのは「正規・非正規社員間の流動性を確保」しかないわけですが、これの主に意味するところは「非正規が非正規で固定せず、正規になれるようにします」ということでしょう。で、これまた非正規が減るということは労働市場の流動化には逆行するというのは自民党のところでも書いたとおりです。まあ、その前に「同一労働同一待遇」をうたっていますので、子育て期などにいったん非正規化して、また正規に戻るといったことも想定しているのかもしれません。子育て世代が「ワカモノ」かどうかは知りませんが、これはこの限りにおいては子育て世代にはメリットのある政策ではありますね。ただ、これが「労働市場の流動化」と言えるのかといわれるとなんとも…。このあたり、「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」では各党に「貴党のマニフェストは『労働市場の流動化』を公約していますか?」といった確認をしているのでしょうか?まあ、どこまでいっても「労働市場の流動化」の定義次第ではありますが…。
そこで、そもそも「労働市場の流動化は若年層のためになるのか?」という問題に立ち返るわけですが、まず労働市場のマッチング機能の強化であるとか、公的な職業訓練の充実であるとかいったことは、これは(単体では)間違いなく若年層のためになります、というか年代を問わずすべての労働者のためになるでしょう。
問題は、城氏や池田信夫先生が日常的に主張しておられるような「解雇規制を撤廃して『労働市場を流動化』すれば中高年が解雇されて失業し、若年がその職にありつける、世代間格差が是正され若者のためになる」というロジックが現実に成り立つかどうか、です。ちなみに上記のとおり自民党みんなの党もそうした公約は掲げていないわけですが。
まず考えなければいけないのが、ここにおける世代間格差というのがいかほどのものか、という点です。世代間格差というのは、生涯を通じた負担/給付を比較して世代別にどうか、という議論であって、若者もいずれ中高年となることを念頭に考える必要があります。たとえば年金などの社会保障であれば、冒頭引用した社説でも紹介されているように、これは制度的に明らかに世代間格差がありますし、同一世代の人であればおおむね同様に利益・不利益を受ける構造にあるといえるでしょう。
そう考えれば、いまの中高年も若年期にはいまより低賃金で就労していたわけで、いまの若年も中高年になった時期にはいまの中高年世代と同様により高い賃金を受けることができるのであれば、世代間格差の問題はありません。まあ、人口構成の問題があって現状のような年功的賃金は維持しにくいことも間違いないわけですが、これは一義的には賃金制度の問題であって解雇規制や「労働市場の流動化」の問題ではないことは明らかでしょう。
また、たしかに若年の雇用情勢は厳しいですが、とはいえ相当割合の多数がすでにそれなりの企業の正社員となって雇用の安定を達成している(仕事の内容がブラックだとかいう問題はあるにせよ)ことも事実です。若年層の失業率は高いのが一般的で、将来的にはさらに多くの若者が正社員就職をはたすでしょう。彼らにとっては解雇規制の撤廃は自らが解雇される確率を高めるものであって、少なからぬデメリットがあります。まあ、これは労働市場が流動化すれば解雇されても再就職しやすいからその方が望ましいのだ、という意見もあり、ここは労働観や望ましい社会のあり方についての考え方によって異なるでしょう。ただ、事実としては、新入社員の意識調査結果などを見ても「今の会社で定年まで」と回答する若者が多数であり、かつ傾向的に増加していることをみても、正社員就職できた大方の若者は解雇規制撤廃を支持しないであろうことは容易に推測できます。端的に言って、長年勤続してきた中高年が解雇されるのをみた若者が「明日は我が身か」と言うような社会像を若者の多数が支持するかどうかの問題です(もちろん、今よりはマシ、ということで支持する若者も相当数いるでしょうが)。
もうひとつ考えなければいけないのは、解雇規制が撤廃されたときに本当に「中高年が解雇されて失業し、若年がその職にありつく」といったことがどれほど広く起きるのか、という問題です。たしかに中高年の賃金は高いにしても、それなりに勤続を通じてスキルや知識を身に付けているわけで、それを解雇して特段のスキルや知識を持たない(公共職業訓練で能力開発するとは言っても、期間の面でも内容の面でもできることはかなり限られているでしょう)若年に置き換えるくらいなら、中高年の賃金を下げたほうが合理的だという判断になるのではないでしょうか。これについては過去のエントリでも度々書きましたので今日はこのくらいにしておきます。
ということで、明記されてもいない「労働市場の流動化」を重視した「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」の評価は評価基準の面においても評価プロセスの面においてもかなり怪しげなものなのですが、それでもはじめの方に書いたとおり、結果だけみればなかなかに妥当なものになっているのが面白いところです。まあ、規制強化での対応はダメ、という基本的なクライテリアが妥当なので、結果もまずまずのものになったわけです。
若年層のためになる労働・雇用政策については、「労働市場の流動化」ではなく「労働市場における需要を増やす」ことが最重要でしょう。そのうえで、需要増が労働移動増につながるというのが望ましい順序だろうと思われます。もちろん、労働需要増の恩恵は若年層だけでなくあらゆる年齢層に及びますが、若年層の受ける恩恵がいちばん大きいのではないでしょうか。実際、自民党みんなの党民主党も「雇用増につながる経済活性化」を訴えていることは同じなので、あとはその具体的な手段がどうかを評価することが、今回の「労働・雇用政策」の評価としても最重要になるわけです。そういう意味ではこの評価は踏み込み不足なのですが、おそらく、それを評価する能力はないということでそこまでは踏み込まなかったのでしょう。はじめの方でも書きましたが、それはそれでたいへん立派な姿勢だとは思いますが…。
さて、「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」の評価はこのあと財政・社会保障政策、政治参画と続くのですが、長くなってきましたし(笑)私にはよくわからないので飛ばします(笑)。最後にこう「まとめ」られていますので、そこだけ紹介しましょう。

  • 昨年度総選挙時に実施した評価に比べ、全体的に若者よりの政策が増えた。
  • 特に雇用政策において、流動化を明言する政党が複数登場したこと、ツケの先送りではなく増税を明記する政党が過半を超えたことは、若者にとって大きな前進である。
  • しかし、それでも財源は不足感が強く、社会保障について抜本的な議論が何もなされていない点は問題である。なお、菅首相は税のみでなく、年金の超党派協議も呼びかけており、与野党の今後の対応を注視したい。

最後まで「流動化」にこだわっているのがたいへん残念なことになっているわけですが、それを除けばまことにそのとおりという感じですね。