ご同慶です

連合のウェブサイトに、雇用戦略対話における「2020年までの数値目標設定」に関する事務局長談話が掲載されていました。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/danwa/2010/20100603_1275560233.html
目標設定に関する談話なのですが、7割は最低賃金引き上げ目標の話で、あとは「その他の目標」扱いになっています。内容といえば手放しの喜びようで、ちょいと能天気過ぎやしませんかねと思わないでもないのですが、まあ連合がこれまでこの問題に費やしてきた多大な労力と強い思いを考えれば喜ぶ気持ちもよくわかります。
ただ、喜ぶあまりちょっと脱線している感もあります。談話の前半部分をみてみましょう。

 6月3日、雇用戦略対話第4回会合(鳩山内閣総理大臣主宰)が開催され、雇用戦略における「2020年までの目標」と達成に向けた施策案がとりまとめられた。
 そのなかで、最低賃金について政労使で初めて具体的な目標金額を確認することができた。このことは、大変画期的なものであり、評価したい。

 2008年の円卓会議合意の際に示せなかった数値目標を示すことができたことは今後の最低賃金の引き上げにとって大変意義あるものと受け止める。また、均等・均衡処遇実現の第一歩にもつながるものと認識する。
 最低賃金では「できる限り早期に全国最低800円を確保し、景気状況に配慮しつつ、全国平均1000円を目指す」。その際、中小企業に対する支援や非正規労働者等の職業能力育成などの施策を講じるとなっており、「官公庁の公契約においても、最低賃金の引上げを考慮し、民間に発注がなされるべき」としている。
 景気状況にかかわらず、できる限り早期に地域別最低賃金の水準を最低限800円以上とすることで、2009年の民主党マニフェストを上回る(09マニフェストでは「労働者とその家族を支える生計費」)面もある。ただ、「2020年の全国平均1000円」は経済成長が名目3%を超えることを前提としたものであり、その点は不十分であると言わざるを得ない。また、官公庁の公契約について最低賃金の引き上げを考慮するというのは当然であり、算定根拠など具体的な目標設定が待たれる。
 最低賃金は、今後、中央最低賃金審議会、地方最低賃金審議会の審議を経て改正されることとなる。政府に対しては、…強力なリーダーシップの発揮を期待するとともに、連合としても、このとりまとめを踏まえて全力で取り組みを展開していく。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/danwa/2010/20100603_1275560233.html

「談話」にもあるように早期に800円、いずれ1,000円というのは民主党マニフェストを踏まえているのでしょうが、しかし衆院選マニフェストだったらどんなに足が長くても4年だろうというのは当然ありますわな。まあ、マニフェストでは最低賃金1,000円を目指すとなっているので、目指せばいいんであって実現してなくてもかまわない、という理屈なのかもしれませんが、まあ詭弁という感じがしますが…。
で、連合としてはそこに大いに配慮して、「できる限り早期に全国最低800円」で「『景気状況に配慮しつつ』全国平均1000円」を目指す」となっているから、800円は景気状況とは関係ないんだ、だから「2009年の民主党マニフェストを上回る面もある」んだ、だから民主党の公約が実現していないと非難されなくていいんだ…という理屈を展開したのでしょうが、しかし雇用戦略対話のペーパーをみると名目3%・実質2%成長はすべての目標の前提としか読めませんぜ。「「2020年までの目標」と達成に向けた施策」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koyoutaiwa/dai4/siryou1.pdf)も「最低賃金引上げについて」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koyoutaiwa/dai4/siryou2.pdf)も、他に読みようがないでしょう。民主党をかばうためにあまり無理な議論をしないほうがいいと思うのですが。
しかも連合は「経済成長が名目3%を超えることを前提としたもの」であることにご不満のようですが、しかし名目成長率を超えるくらいの引き上げ目標を設定したのですから、それを素直に喜んでおいたほうがよかったのではないかと思います。最低賃金と雇用の関係には諸説あるわけですが、不況期に最賃を大幅に上げるのは逆噴射だということに同意しない人は少ないでしょう。最賃は大幅に上げました、でもその恩恵を受けるはずの人は軒並み失業しました、では困りますよね。最賃を大幅に上げるのであれば、やはりそれなりの成長は必要としたものでしょう。
「官公庁の公契約においても、最低賃金の引上げを考慮し、民間に発注がなされるべき」というのは、要するに最賃が上がった分は価格転嫁してください、政府はその価格で買いますから、ということでしょう。連合はこれを「当然であ」ると評価し、「算定根拠など具体的な目標設定が待たれる」としていますが、これが通用するのは政府調達だけなのは明らかです。というか、税金の使い方として本当にそれでいいのか、仕分け人出て来いという人だっているかもしれません。「最低賃金引上げについて」には「中小企業に対する支援…などの施策」のほかに「最低賃金の引き上げと中小企業の生産性向上に向けて政労使一体となって取り組む」との記述があるわけで、やはり生産性向上によって達成されるべきものであり、「政労使一体となって」とあるように、政府も価格の引き上げよりまずは生産性向上支援に取り組むべきでしょう。
まあ、最善の努力を行った上でなお足りない分については、政府調達については価格を引き上げる、というのなら政策としてあり得ると思いますが、当然じゃねえだろうとも思うわけで、連合としても成果ではあるのですからもう少し言い方を考えてもよかったのではないかと思います。なお、この手の政策で政府調達を使うことは十分あり得ると思いますが、やるのであれば価格に手心を加えるといった筋の悪い方法ではなく、最賃を守っていない企業には応札させない、発注しないという方法をとるほうがいいのではないかと思います。
また、これも以前に何度か書いたと思いますが、「均等・均衡処遇実現の第一歩にもつながるもの」という認識はおかしいでしょう。ピンを1時間に100個作る人の時給が1,000円のとき、同じピンを1時間に50個作る人の時給が「均等」に500円に決まってしまうと、これはいかにも低すぎるから最低でも719円は払ってくださいよ、というのが最低賃金なわけで、そう考えると最低賃金引き上げが均等処遇の実現だというのは理屈があわないでしょう。
均衡というのはバランスですから、どんな仕事でも時給1,000円は支払われるというのが適当なバランス感覚だ、というコンセンサスがあるのなら最賃引き上げは均衡処遇に資するだろうと思います。ただ先ほどの例でいえば、1時間に100個でも50個でも1,000円です、というのが「それがいいバランスだ」と受け入れられるかどうかという問題になるわけで、まあこうした極端な?ケースはともかく、大方で受け入れられるならそれでいいのでしょう。ただ、現実に最賃が引き上げられる段階では、より高い賃金を得ている労働者の賃金は生産性が向上しているにもかかわらず上がらない、ということが起こりうるわけで、それを「均衡」で片付けられることに違和感を持つ組合員もいるかもしれません。要はモノの言い方の問題だろう、なんかどうでもいいような細かいところにケチをつける奴だなあと思われるかもしれませんが、賃金の上がらない組合員にとっては細かい話ではすまないかもしれないわけで、せっかく大きな前進を獲得したんですから、もうちょっと慎重に文章を考えてくださいよ連合さん。
いずれにしても、生産性が向上し、経済が成長し、それを通じて最低賃金(に限らずさまざまな労働条件)が改善することが望ましい姿であることは言うまでもなく、まずは政労使で生産性向上、名目3%・実質2%以上の経済成長に向けて努力することが肝要でしょう。連合も「全力で取り組みを展開していく」とのことですが、審議会の会議室で全力で引き上げを主張するのが「全力で取り組みを展開」だというのでは淋しいですから、生産性運動の精神に則って各職場での生産性向上におおいに指導力を発揮してほしいと思います。

  • 為念申し上げておきますが、私が申し上げたいのは生産性向上・経済成長が最低賃金や労働条件一般の改善に結びつくというのが正常な手順であって、不況でも最賃を大幅に上げろとか、最賃を上げれば景気が良くなるというのは間違いではないかということで、800円が悪いとか1,000円が無理だとかいうことを申し上げているわけではありませんので誤解なきようお願いします。