JILPTはこう仕分けられた

行政刷新会議のサイトに、先般の事業仕分け第2弾の評価結果が掲載されていましたので、JILPT(独立行政法人労働政策研究・研修機構)がどのように仕分けられたのか、見てみました。
http://www.shiwake.go.jp/data/shiwake/result/B-1.pdf
仕分けられたのはJILPTがやっている(1) 労働行政担当職員研修(労働大学校)、(2) 労働政策研究(職業情報・キャリアガイダンスツールの研究開発)、(3) 成果普及等 の3事業で、この順に仕分けられているのですが…「評価者のコメント」を読み出していきなり目が点になりました。

●そもそも、国が職業紹介等の事業を行う必要は薄れているのではないか。それ故、研修の必要性もないのではないか。

そもそも、国が職業紹介等の事業を行う必要は薄れている。研修の必要性もない
( ̄. ̄;)ン?
そもそも、国が職業紹介等の事業を行う必要は薄れている。
研修の必要性もない
ヒイィィィ!!!!(゚ロ゚ノ)ノ
そもそも、国が職業紹介等の事業を行う必要は薄れている。研修の必要性もない
Σ(゚Д゚|||)ガーン
そもそも、国が職業紹介等の事業を行う必要は薄れている。研修の必要性もない
||||||||||||||(* ̄ロ ̄)ガーーーーーーン!!!||||||||||||||||
そもそも、国が職業紹介等の事業を行う必要は薄れている。研修の必要性もない
(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
そもそも、国が職業紹介等の事業を行う必要は薄れている。
研修の必要性もない
ギャアーーー w(゚ロ゚;w(゚ロ゚)w;゚ロ゚)w アアアーーー!!!
それでは、就職情報誌を買うのも厳しい失業者はどこへ行けばいいんですか。そういう人の職業紹介は、研修の必要性もないくらい簡単なんですか。

いや、たしかに民間の人材ビジネスが発展して、ハローワークの役割が縮小していることは間違いないと思いますよ。でも、民間人材ビジネスに料金を払う余裕のない(民間としても儲からないからやりたくない)失業者、就職情報のフリーペーパーも身近には置いてない失業者も相当数いるわけで、そういう人たちのためのセーフティネットとして、無料の公共職業安定所の役割は引き続き重要なことは言うまでもありません。わが国も批准しているILO第88号条約(職業安定組織の構成に関する条約)にも「無料の公共職業安定組織を維持し、又はその維持を確保しなければならない」とされています*1。現在のような不況期にそうした失業者を再就職させることはそれほど容易なことではないことも簡単に見当がつくわけで、「研修の必要性もない」とはおよそ考えられません。こんなことを公開の場で平気で発言する人が仕分けをやっているというのは、いささか恐ろしいものがありますね。仕分け人のみなさんはエンパワーメントされたエスタブリッシュメントなので、リクルートパソナに手数料が払えない失業者などはハナから念頭にない人も中にはいるのかもしれませんが。
あと、

●研修のためのホテル施設を独法が保有する必要はないのではないか。
●宿泊棟を含む施設を廃止・売却する。
●研修は他の国の施設の活用や、地方での実施など見直すべき。
●大学校のハードは不要。

などなど、研修施設が保有されていることの評判が非常に悪いのも目立ちます(結論としても「不要試算は売却」となっています)。
とはいえ、全国に散らばっている労働基準監督署公共職業安定所の職員に研修を行うには(交流などの意味もあり)施設があったほうがいいというのはわからなくもない理屈です。実際、全国に拠点のある企業では、同様の発想で研修施設を持ち、全国から人を集めて研修を行っている例も多くみられます。とはいえ、「地方でできる研修もある」「研修講師の出張で足りる」という指摘もそのとおりではあり、これだけ国にカネのないご時世、各地の労働局の会議室に講師が出張して安上がりにやれ、というのももっともではあります。
ただ、「広大な敷地・建物を所有する必要性について、合理的な説明がない」「設備は売却、不要資産は国庫返納」などというわけですが、どこにあるどんな施設なのか、実際に確認した上で発言しているんでしょうか?池袋から朝霞駅まで15分、駅からちょっと遠いけれど徒歩20分の好立地に30,000平米の広大な敷地…と聞けばまことに贅沢な施設に聞こえるでしょうが、いや実際立派だが、一方で陸上自衛隊朝霞駐屯地・演習場の隣接地という事情もあるわけで、当然ながら用途にはかなりの制約がつくということもご存知の上で議論しておられるのでしょうか?この土地を国庫に返納しても、また別の行政施設をつくるくらいしか用途がなさそうなのですが…。まあ、それでも労働大学校をおいておくよりは効率的な使い道があるのなら、それにこしたことはないわけですので、結論として国庫返納だというならそれもありうるだろうと思いますが、議論としてはずさんかなと。
労働大学校についてはもうひとつ、

●自分たちの職員の個別の能力の研鑽のために研修を受ける本人の負担ではなく別に税金をどんどん使ってもいい、という考え方が当たり前とする認識は納税者の理解を超えたものである。

いや、そんなもんなんでしょうか?よりよい行政サービスを提供するために実施される研修を税金で実施することは、一介の納税者である私には理解できる話ですが…。とりあえず、民間企業が業務に付帯する研修を業務命令で実施して賃金を払わなかったら、それこそ労働基準監督署が黙っていませんぜ。キャリア官僚も国費でバンバン海外留学しているわけですが、それも国家枢要の業務を担う人材育成のためなら税金で行われても私には文句はありません。国にお返しする前に転職する奴はけしからんと思いますけどね。これまた、エスタブリッシュメントたる仕分け人のみなさんの中には、自分の能力を伸ばす費用は自分が負担するのが当然だと考え、事実自身もそうしてのし上がってきた人もいるのかもしれませんが、しかしそれが納税者一般の意識だと思われても困るわけで。
さて、続いて労働政策研究(職業情報・キャリアガイダンスツールの研究開発)と成果普及等はいっしょに議論されたようです。
キャリアガイダンスツールについては民間に任せろという意見が大勢だったようで、

●キャリアマトリックス、ガイダンスツールに関しては、民間の方がすぐれており、事業を継続させる必要性はない。
●職業分類ならびに成果普及についてはコストの縮減、効率化が求められる。
●…キャリアガイダンスツールについては、地域の実態を理解している地方や、民間に任せた方がよい。
●…民間の職業情報に比べて見劣りするキャリアガイダンスのツールと成果普及は、国費を投入してまで存続する必要性は認められない。

もちろん、JILPTのほうには国費を投入してやる理由があるという理屈もあるわけです。たとえば以前ご紹介したこれhttp://www.jil.go.jp/column/bn/colum091.htmなんかがそうです。まあ、これについてはhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100423で書いたように、JILPTがこれをやめてもリクルートなどが現状以上のものを提供し続けるのであれば問題ないわけで、やってみなければわからないとしかいえません。
また、そもそもこれは職安でかなり使われているはずで、これがなくなったら同等のものを職安が国費を投入してリクルートあたりから買うことになるわけですが、まさかリクルートが自分で商売に使っているものを売るわけもなく、結局はリクルートが使っているものより少し出来の悪いものを職安用に作ってもらうということになるのでしょう。となると、民間のほうがすぐれているから、と単純に言えるのかどうかにも疑問が残ります。まあ、これもやってみなければわからない部分が大きいわけですし、縮小するのは廃止以上に意味がないので、事業仕分けという取り組みの性格上「廃止」とならざるを得ないというのはわからないではありません。あとで後悔しなけりゃいいけどね。
それから、これには泣きました。

●進路指導、職業(キャリア)分類などの研究とその成果による普及は分けて考えるべき。成果普及は民間の方がノウハウの蓄積がある(「13才のハローワーク」は村上氏のオリジナリティが効果的に活かされたもの)。独法は研究に特化し、その活用は国が責任を持つべき。

あーアタマ痛ぇorz。『13歳のハローワーク』は研究の成果普及なんですかそうですか(まあそれなりに取材はしてるんでしょうけど)。『13歳のハローワーク』が職安の指導の現場で使えると思ってるんでしょうかね?たぶん、『13歳のハローワーク』へのほめ言葉を真に受けて、たいして読みもせずに発言しているんでしょうねぇ。そこそこ読んでいれば、あれとJILPTのキャリアガイダンスツールを比較しても意味がないことはわかるはずなんですが*2。こういう人が仕分けしているんだからなぁ*3
というか、この部分の仕分けについてはテレビニュースなどでも様子が報じられていました(ご記憶の方も多いと思います)。それによると、「プロ野球選手」という非常に特殊で例外的な職業について解説した部分を引き合いに出して、その記述をあげつらうという不毛な議論に相当の時間をかけていたようで、なにをそんな枝葉の先っぽのところをつついているのかなぁ、そこだけを見て全体が議論できるのかなぁ、これで民間の方が優れているとか国費を使う意味がないとか判断できるのかなぁという印象をもともと持っておりましたので、資料を読んでもいい加減な議論をしているように余計思えてしまうんですよねぇ。これは報道した側の問題だろうとは思うのですが。
それから、JILPTの「中立性」について疑義を唱える発言もあったようで、これは今回の仕分けとは直接関係ないはずなのですが、「とりまとめコメント」でもあえてこう書いています。

 ガバナンスの強化についても若干触れたいが、中立性が求められる一方で、常にこの独法の開設以来、現役出向の方が独法の中枢におり、今回公募ではあるが理事について元局長の方がいる。独立性というのがどこにあるのか疑義もあるので、独立性を高めていただくように是非お願いしたい。

意見の中にも「現役出向については、中立性の観点から縮小・廃止すべき」というのがあって、どうも厚生労働官僚が出向していたりそのOBが役職についていたりすると「中立ではない」ということになると考えられているようです。
しかし、本ブログの読者の方なら常識でしょうが、JILPT、労働政策研究において「中立性」というとき、それは「労使に対して中立」ということを意味します*4。ところが、仕分け人はこれを「官民に対して中立」と勘違いしているようです。実際、上に引用した文章でも「中立性」がいつのまにか「独立性」に化けています。委員の意見をみても「独法の自主性を高めるべき。厚労省の指示で研究しているのでは発展性がない」「独立行政法人の独立性がなく、厚労省の指示に基づき下請機関として存在していることが明らかになった」というのがあるのをみると、ここでは「中立性=官民の中立=官からの独立性」という根本的な誤解のもとに議論が行われたと考えざるを得ません*5。ここまで根本的な誤解ならば、仕分けられる側もはっきりと指摘すればいいのではないかと思うのですが、まあなかなかそういう雰囲気ではなかったのかもしれません。多数のギャラリーの前であからさまに間違いを指摘して気分を害されても困るでしょうし…なんてことはないか。まさか、間違いを指摘されたのに意味がわからなかった…なんてことはあるわけないですよね。失礼しました。
さて、最後にもうひとつ、

●自分たちのかかえる医師の偏在や看護師不足を改善すべく、この独法の研究成果が機能している様子はない。

・・・・・・・・・ ( ゚д゚)ポカーン  ・・・・・・・・・・
自分の商売*6直接役立たない研究なんかいらねえってことですかそうですか。「キャリアガイダンスツール」には医師も看護師も入っているんだろうけれど、自分たちが困っている医師の偏在や看護師不足は改善されないじゃないか、そんなんだったらキャリアガイダンスツールなんかいらねえよと、そういうことですねこれは。仕分け人の名簿には「南淵明宏 医療法人社団公仁会大和成和病院院長」という名前があるのですが、この人だろうか…。しかし、マスコミとかも大勢いる前で、本当にこんなことを発言したのでしょうか。事務局の要約がずさんなせいだとすれば気の毒な話ではありますが…。
それはそれとして、JILPTは労働政策研究・研修機構であって、まあ医師や看護師の育成やキャリアは労働政策研究の守備範囲内ではあるでしょうが、しかしきわめて多岐にわたる膨大な研究対象の中の、あまり主要でない一分野に過ぎません(厚生政策研究においては主要な分野の一つだろうと思いますが)。それを思えば、医師の偏在や看護師不足の改善に直接役立つ研究成果が出ていないといって責めるのも酷なような気がします。

  • なお、どうやら「成果普及等」の廃止には日本労働研究雑誌も含まれているようです。まあ、この編集・発行を独法がやらなければならないのか、という議論はたしかにあるだろうと思いますので、その結論については云々しませんが、しかし日本労働研究雑誌そのものはなんとしても残さなければならないでしょう。とはいえ民間の出版社のやりそうなものでもありませんし…。学会誌として存続させるとすればJIRRA(日本労使関係研究協会)の出番ではないかと思うのですが、JIRRAも財政困難でそれどころじゃないかもしれませんが…。
  • ビジネス・レーバー・トレンドや「ユースフル労働統計」「データブック国際労働比較」なども私は面白く読み、有益に活用しているのですが、なんとかこれらも残してもらいたいものですが…とこれは願望。JILPTの研究報告や調査報告等はJILPTのサイトにPDFでアップされていて、資料として非常に貴重な蓄積になっているのですが、これもなくなってしまうのでしょうか。あれを書棚に置いておいて必要なら探せというのも、かなりしんどくなるなあと、まあ貴様等のために税金使われるのはイヤだと言われれば致し方ないわけではありますが…ブツブツブツブツ。

ということで、このJILPTの評価結果の資料をみる限り(あくまで資料をみる限りですが)、独法や事業に対する十分な理解のもとに冷静で科学的な検討が行われた、という印象は残念ながら受けません。というか、よくわからないけどなんとなく仕分けた、という感じにみえます。まあ、だから結論も正しくないということに必ずなるわけでもありませんが。他の事業の仕分けについてはこんなことはないと思いますが、見ていないのでなんともわかりませんが…。

*1:ILO加盟183か国中86か国が批准していますので、まずまずグローバルスタンダードであると申し上げていいでしょう。

*2:13歳のハローワーク』で村上氏のオリジナリティが効果的に活きて、結果的に大ベストセラーとなったということであれば、それはまったくそのとおりだと思いますが。

*3:もちろん、こういう人が仕分けをしても結論は妥当だということはありうると思いますが。

*4:それにともなって発生しうる政治的な意味での中立をも含意することもあるかもしれません。

*5:独立行政法人は通則法において「…国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な事務及び事業であって、国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののうち、民間の主体にゆだねた場合には必ずしも実施されないおそれがあるもの又は一の主体に独占して行わせることが必要であるものを効率的かつ効果的に行わせることを目的として…設立される法人をいう。」とされているわけで、厚生労働省の政策立案に資する研究を行うことも、現役出向を受け入れることも、ただちに問題となるわけではありません。

*6:厳密には非営利だから「商売」じゃないか。