労働保険特会はこう仕分けられた

政権最大の呼び物「事業仕分け*1」第3弾が行われ、労働保険特別会計も対象となりました。毎日jpから。

 政府の行政刷新会議(議長・菅直人首相)は27日、全18の特別会計(特会)を対象に「事業仕分け第3弾」を始めた。…
 労働保険特会では、雇用保険2事業(11年度概算要求8849億円)の取り扱いが焦点だった。保険料の引き下げを求める声などが上がり、原則廃止と判定。ただ、企業が負担する休業手当の一部を助成する雇用調整助成金(同4220億円)は維持するとした。
 若年層の就労を目的に職業訓練の受講歴などを記録するジョブカードでは、仕分け人が「(訓練の評価が)Cなら破り捨てるだけ」などと批判。「他の同種予算と整理統合し新たな枠組みを設ける」と判定した。ただ、政府の新成長戦略は20年までに同カードの取得者を300万人とする目標を掲げている。
 ネット上で若者に職業を紹介する「職業情報総合データベース」は、4月の仕分け第2弾で廃止となったが、厚生労働省は復活を画策。大西健介衆院議員が「小説家の項目を見ると『小説を書く力次第』。こんな情報が役に立つのか」と指摘し、「廃止」となった。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101028k0000m010086000c.html

評価結果が行政刷新会議のサイトにアップされていますので、さっそく個別にみていきたいと思います。まず記事にはありませんが「職業情報総合データベースの運営等」からです。これはかつて労働政策研究・研修機構(JILPT)が実施していましたが、前回の事業仕分けで廃止と判定されたため、厚生労働省が労働保険特会で続行しようとしているものです。前回の仕分けについては過去のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100510#p1)でコメントしましたのでごらんください。
さてこれへの評価はこうです。

● 民間で行うべき。情報、機能とも目的に照らして不十分で、税をつかって行う事業ではない。独法仕分けで廃止されたものを特別会計で復活させているのは悪質。
● 即、廃止。追加のコストがかからなければ、厚生労働省のHPにのせておけばいい。
● 事業内容について廃止されたのにも関らず、特別会計で再度要望することは認められない。
● 民間がサービスを立ち上げている。
● システムの完成度があまりに低い。
● 本質的にネット利用のアプローチを間違えている。ユーザーは興味があるワードの検索をするわけで、このページからというのは変。学校関係者向けの情報提供だとするとむしろ情報が浅すぎないか。民間で十分対応可能と考える。

以前も書きましたがこれは職安でかなり使われているはずなので、厚労省としてはなくなっては困るということで特会で継続することにしたのでしょう。で、それに対して「廃止」と判定した側が反発するのは情において無理もないとは思います。蓮舫大臣も「過去の仕分けで廃止判定だったのが、看板が変わって同じ内容で生き返る『ゾンビ的』なものもある。無駄ではない、と信じてるのかもしれない。抵抗は当然あるが、『もっと効率的なやり方がある』という助言だと思ってもらいたい」と語っておられるようです(http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101002ddm005010014000c.html)。
まあ確かにそういう助言ではあるのでしょうし、仕分け人のみなさんはたいへん立派な有識者ぞろいでもあるのですが、しかしあなたがた素人ですよねえと思わなくもなく。いや仕分け人の名簿(http://www.shiwake.go.jp/data/pdfs/91.pdf)をみると、社会保険の専門家のお名前は何人か見えますが、労働の専門家というのは(私の知る限り)一人も見当たりません。これに対して、厚労省というのは文句なしの専門家集団であり、しかも行政の現場を担っているわけですから、このデータベースについて仕分け人がいらねーと言い、厚労省がいやいると言ったということなら、私は申し訳ないけどどちらかというと厚労省のほうが信用できるかなと思うわけです。

  • 以下、仕分け人の方々について非常に辛辣かつ失礼なことを書きますが、仕分け人の方々がそれぞれの専門分野においてはきわめて立派な専門家であり、それには私も大いに敬意を持っていることを為念予めお断りしておきます。
  • もうひとつ、このエントリは仕分けの全文議事録を参照しているわけではなく、したがって資料面での限界は当然あります。資料にない部分まで含めた全体では適切な議論がされていたのかもしれません。その場合はお詫び申し上げます。

で、その不要とする理由が相変わらず「民間でやれる」「民間のほうがいい」というもので、これも前に書いたことの繰り返しになりますが、「民間」にしてみれば役所よりいいサービス提供してるんだからカネ払えということに当然なりますよね。まあ職安については同じ予算でもっといい民間サービスが利用できるんだったらそのほうがいいよねというのはわからないではないですが、でもこれまでこの無料サービスの恩恵を受けていた人(進路指導の現場とか)はとりあえず不便ではないでしょうか。いやカネ払って民間のを買えよ、そんなことに税金使えないよということなのかも知れませんが。
で、「システムの完成度が低い」というのがどういうことかといえば、またしても「小説家の項目を見ると『小説を書く力次第』。こんな情報が役に立つのか」ときたもんだ。これって前回(これも過去エントリhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100618#p1で書きましたが)「プロ野球選手」でやったこととまったく同じ構図で進歩がありません。なんでしょうかねぇ、一度「廃止」としたものを厚労省がわざわざ特会で復活させたのはなぜだろう、と謙虚に反省してみることもなく、「オレ達がダメと言ったものを復活させるのは悪質」と頑なに前回とまったく同じ理屈に固執しているわけです。ああもう本当に反省も進歩もないダメな人たちなんだなぁと思われてしまいかねません。そんなことないはずなんですが。
続いてジョブカードはといいますと、

● ジョブカード制度は、企業への補助金と切り離して、就業機会の拡大という観点から、基本からそのあり方を直す。
● 有期雇用型職業訓練は意義がある。ただし、ジョブカードを介在させる必要はない。職業訓練については、他の事業との重複を十分に検討し、制度の簡素化を図る。
● 効果について疑問。また、実際上、本来の趣旨とは異なり、企業への助成になっているのではないか。
● ジョブカードの存在自体の必要性はきわめて疑わしい。助成、お試し雇用、訓練付き雇用は必要かもしれないが、他の助成と一本化すべき。
● キャリア形成助成金による研修を、他の類似事業と統合した上で実施すれば済む。
● キャリア・コンサルティングのあり方については、抜本的な見直しが必要。
● (事業廃止)ただし、OJTの能力開発の政策目的は重要なので、他の同種の予算と整理統合し、求職者のためという政策目的に合致した、新たな別の仕組みを作る。
● 訓練型雇用は必要。ただし、ジョブカードというツールは必要不可欠ではない。
● ジョブカードを取得したことが転職に結びつく制度になっていない。実質的には事業主への助成金を中心とする制度となっている。もしそうであるならば、トライアル雇用奨励金、正規雇用化奨励金、中小企業向け訓練助成といった別の制度と重複している。
● ジョブカードを作ることが目的化している。本来の「就業者増に貢献する」という観点が不足している。目標設定を改めることが必要。
● ジョブカードを持っていると就職に有利という実態を作ることこそが普及のための本質であり、制度の本質でもある。この点本末転倒になっており、これを正さない限り廃止すべき。
● ジョブカードの作成が就職に結びついているとは思えないので、ジョブカードを普及促進する必要はない。
● キャリア形成促進助成金については、大企業への助成は必要なし。
● 有効性指標を適切に設定することにより効果を把握すること。その結果、事業の廃止も含めて見直す。当面は実績に応じた予算規模圧縮。

まあ、このあと仕分けられたほかの助成金も含めて、たしかに厳しい雇用情勢が長引く中で雇用対策に関してはやれるものはなんでもやるという状況が続いており、全体としてみればたしかに煩雑ですし重複もあるでしょう。それを少し整理してはどうかという議論はわからないでもありません。
それはそれとして、ジョブカードについてはかなりの程度広く普及して一定の相場観ができて初めて効果が現れるものなので、まずはジョブカードを作り、広めることが重要なのです。企業の採用担当者がしょっちゅうジョブカードを見かけるようになり「これまでの経験からして、Aがある人は使えるな」といった経験知が積みあがることで、マッチングの効率が改善されるわけです。ですから、それこそ「(訓練の評価が)Cなら破り捨てるだけ」でなんら問題ない、というかそれでいいわけです。ジョブカードを持っていない人に対しては「ああこの人Cばかりなんだろうな」と想像されても仕方ないわけで。

  • なおジョブカードそのものについては、私自身は導入当初はあって悪くはないけれどほとんど効果はないだろうと思っておりました。ところがやってみた結果をみると私が思ったよりは再就職促進効果があったようで不明を恥じているのですが、これはやはり仕分け人に不評な事業主助成の貢献も大きいと思われます。まあ私としては依然として行政がいうほどの効果はなかろうと思っているのではありますが、続けてみる価値はあるかなという気はしています。結局普及せず、効果がなければ自然となくなっていくわけで、それを無理矢理延命しようとしたらそれこそきっちり仕分けていただけばいいわけで。

ということで、「普及して評価が定まる」→「ジョブカードを持っていると就職に有利という実態になる」という厚労省の目論見こそまともな手順なのであって、本末転倒は仕分け人の方だと申し上げざるを得ません。よかったですね匿名の議事録で。いやまさか「ジョブカード保有者の優先的な採用を企業に義務付けるのが先だ」とかお考えなのでしょうか。だとしたらああやはり素人なんだなあということになるわけですが。
そう考えれば、企業への助成金とセットで普及をはかるというのもありうる話ですし、実際それは足元の就職につながってもいるわけなので、結論がどうなるにせよもう少し掘り下げて議論してもらいたいものです。
そのほかにもいろいろ仕分けていますが割愛しまして、それとは別に特会そのもののあり方についても議論されたようで、結論としては「雇用調整助成金以外の必要性の低い雇用保険二事業は、特別会計の事業としては行わない。」ということで、やりたいなら一般会計で予算確保してやれ、ということになったようです。

● 雇用二事業にまわす保険料財源については、雇用安定資金の中で、まず優先的に雇調金など雇用の維持につながる事業にまわすべき。(その際には、雇調金以外の雇用二事業は大幅に圧縮すべき。安定資金の財源が足りずどうしても必要なものは一般会計で行う)
● 一般会計で行っている事業と特会で行っている事業を精査し、統合できるものは統合し、受益と負担がもっとわかりやすい特会にすべき。(雇用安定に直接貢献するもののみに限定。)

● 事業主負担ですべきではないものが多々ある。一部の事業は一般会計に統合すべき(独法への支出分等)。これによって保険料を引き下げ。
http://www.shiwake.go.jp/data/pdfs/217.pdf

まあ、これは考え方としては十分ありうるものだと思います。たしかに雇用保険(失業保険)の枠組みでこれだけ幅広い事業を行っているというのは国際的には少数なのではないでしょうか。国庫負担の存在がそれを間接的に正当化しているという面もありそうなので、国庫負担の廃止もセットにして雇用保険は失業給付に特化し、他の雇用対策事業は一般財源でやるというのも筋は通っているし、むしろ諸外国にはそういう例が多いと思います。このあたりも、過去のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20081112http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060515#p2)で少し議論しました。
ただまあ、仕分け人のコメントにもありますが、二事業を一般会計に移すということは財源が事業主100%負担の保険料から国民の血税に変わることになりますがそれでいいんですねということでもあります*2。これはそのせいで厚労省のほかの事業にカネが回らなくなって、自分が利用しているサービスが受けられなくなっても文句言わないでくださいよという話でもありますね。いやもちろんそれでいいと思って発言しておられるのだと思いますが。

*1:もっとも今回はかなり熱も冷めて観衆も少なかったとのこと。これまでは観衆が多いせいで仕分け人が高揚して派手な結論になっていたとしたら地に足がついてけっこうなことですが、注目度を復活させるためにさらに派手な結論を出す方向に働くとしたらいかがなものかとも思います。

*2:もちろん、経済学的には事業主負担も労働者負担もたいして変わらないということになるのでしょうが、自営業者や無業者もいますし、政治的には理念や考え方としてどうなんだという議論もあるでしょう。