いい知らせ

5月10日のエントリでご紹介した「事業仕分け」におけるJILPTの「仕分けられぶり」ですが、モリタク先生がこれを材料にして事業仕分け民主党を批判したエッセイを発見しました。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20100511/225150/
私も少し触れましたが、テレビニュースなどでも繰り返し伝えられた「プロ野球選手」の職業情報に関するやりとりです。

 「ボールを打つ、投げる、走る。実際の試合では判断力が求められる。学歴は必要とされていない」
 2010年4月23日、民主党政権の「キラーコンテンツ」とも言える「事業仕分け」の第2弾。
 「仕分け人」の1人、市川真一氏(クレディ・スイス証券チーフ・マーケット・ストラテジスト)が、厚生労働省所管の独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の作った「プロ野球選手」の仕事内容を紹介すると、会場は苦笑と冷笑に包まれた。
 そんなくだらない解説を作るのに税金を使ってきたのか――。
 仕分け会場に詰めかけた報道陣や聴衆ばかりでなく、インターネットの動画などを見ていた人も、一様にそう思ったに違いない。
 この時点で、労働政策研究・研修機構の「事業廃止」はほぼ決まったも同然だった。
 厚労省は、インターネットのホームページと携帯サイトで、職業の適性判断や求人情報など、仕事関連の情報をまとめて提供する事業を行っている。
 その中に、500程度の職業について仕事内容や就職方法、労働条件などを解説したコンテンツがある。
 そうしたコンテンツを作っているのが労働政策研究・研修機構で、その仕事ぶりが今回の事業仕分けでヤリ玉に上がったのだ。
 もちろん、機構の幹部は仕分け人の指摘に反論した。
 「自分たちは40年間にわたって職業情報を集め、その成果をインターネットで公表している。ある高校では誰でも知っているくらい使われている」
 しかし、仕分け人の尾立源幸参議院議員聞く耳を持たず。「事業廃止です。これまでご苦労様でした」と、バッサリと切り捨てたのだ。
 これに対して、国民は拍手喝采した。実際、事業仕分けを生中継していたインターネット回線が一時パンクしたほどだった。

 本当に、これでよいのか。いくら税金のムダ遣い削減のためとはいえ、出来合いの時代劇のような“演出”で安易に事業を切り捨ててもよいものなのか――。
 私は労働政策研究・研修機構の総合評価諮問会議の委員を務めていることもあり、この仕分け作業に対して、そんな疑問を抱かざるを得なかった。
 そこで、改めて機構のウエブサイト(http://cmx.vrsys.net/TOP/)で、問題のプロ野球選手の仕事内容を調べてみた。
 すると、プロ野球選手になるための方法については、仕分け人が引用した「(入職にあたって、)学歴は必要とされない」という文章の後に、こんな解説が続いていることが分かった。

 「高校または大学卒業後、あるいは高校・大学卒業後に実業団野球を経験してから入団するのが一般的である。高校卒の新人選手の場合、入団後は球団の合宿所に入ることが多い。
 球団と契約するには、才能と将来性をプロ球団のスカウトに認められ、希望入団枠選手として契約するか、ドラフト会議(新人選手選択会議)で指名を受けなければならない。
 中学、高校、大学、実業団などの全国大会や地方大会に出場して活躍し、自分の実力をアピールすることが、スカウトの目に触れる最もいい機会といえる。
 日本中から才能ある人が集まり、さらに優劣を競って勝った者だけが生き残れる厳しい世界である。選手は、チームメートに勝ってポジションを獲得し、試合で相手球団に勝つことが必要であることから、肉体・精神ともにタフであること、チームの勝利に向けて協力できる協調性が求められる。また、健康管理はプロとして必須である」

 このほか、「労働条件の特徴」などの説明もあるので、プロ野球選手に関する解説はもっと長い。しかしこの部分を読んだだけでも、「学歴は必要とされない」との説明とは印象がずいぶん異なることが分かるだろう。
 つまりは、労働政策研究・研修機構の事業(職業情報)に対しては初めから「廃止」の方針(あるいは、シナリオ)が決まっており、仕分け人はそれを劇的に演出するための“観衆ウケ”を狙ったとしか思えないのだ。

 仕分け人が取り上げたプロ野球選手というのは、比較的よく知られた職業であるだけに一般の人にも理解しやすい。だからこそ、仕分け人もそれを取り上げたのだろうが、プロ野球選手は機構が解説している全職業(500程度)の中のほんの一例に過ぎない。
 当然のことながら、一般の認知度は低くても、大切な職業は世の中にたくさんある。機構はそうした職業についても一つひとつ丁寧に解説をしているのだ。
 たとえば「NC旋盤工」について一般の人はどれだけ知っているだろうか。機構の職業解説には、こうある。少し長いが引用する。

 「コンピュータのプログラムに基づいて作動するNC(数値制御)旋盤を使って、金属工作物の旋削(せんさく)加工を行う。
 まず加工手順を確認し、加工方法と順番に従って、切削条件などをNC装置に入力し、プログラムを作成する。機械に組み込んだプログラムによって加工作業は自動的に行われる。NC旋盤の金属をつかむ装置(チャック)に金属工作物を固定した後、回転させながら取り付けた刃物を移動させて旋削する。その間、加工がプログラムどおりに進んでいるかをチェックし、必要に応じて調整する。
 加工終了後、工作物の寸法が設計図と一致しているか、ノギスやマイクロメーターという測定器で確認する。プログラムを修正する必要がある場合は修正を行い、その後は連続して加工に入る。加工の終了した工作物は清掃と防錆処理をして、所定の場所に格納する。加工作業終了後は、機械の清掃を行い、防錆油を塗り、切削くずを処理する。
 人の手で行うのは、加工前の段取りや材料の取付け・取外し、加工の終わった工作物の精度を計る作業、機械の清掃や片づけである」

 NC旋盤工については、このほか就職方法や労働条件などの解説も併記してあるので、興味のある方はぜひ機構のサイトで確認していただきたい。

 はっきり言おう。事業仕分け第2弾は、人気取りのためのパフォーマンスに過ぎない。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20100511/225150/

私は5月10日のエントリでは「これは報道した側の問題だろうとは思うのですが。」と書いたのですが、どうも報道側ではなく主催者側の問題だったようです。
で、この後モリタク先生はJILPTの必要性・重要性について論じておられ、労使に中立な研究機関の必要性や、JILPTがフリーター研究などで労働政策研究の最先端を走ってきたといった実績を紹介しておられます。さすがにモリタク先生は「中立」の意味を間違えてはいません。まあ、大原社会問題研究所が「中立」だと言われるとおいちょっと待てよと言いたくはなりますが、それはそれモリタク先生の「中立」感覚はそういうものだというところなのでしょう。石原都知事から見れば都労研も「中立」ではなかったのでしょうし。
余談はさておき、この記事に対する一般からの「皆様からお寄せいただいたご意見」の最初のものが、この「事業仕分け」パフォーマンスに対する大衆の受け止め方のひとつとして大変面白かったので、ご紹介させていただきます。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20100511/225150/?P=11#comments
パーマリンクはないようで、いま現在ではいちばん最初に掲載されていますが、時系列で新しいものから表示されるようですので、そのうち「そのほかのコメントも読む」のほうに移ってしまうかもしれません。

 森永さんは気の利いたことを書くことも少なくないが、タバコのことや自分が関係していることとなると、とたんに単なる愚者になってしまう。
 野球のことにしても、こんなことを研究する必要があるのかと、森永さんの文章を読んで改めて思った。全くばかばかしいの一語に尽きるし、NC旋盤の解説にしても何も知らない素人がマニュアルの丸写しをしたとしか思えない内容だ。実際の現場ではあのようなことは行われていないことが殆どだと思う。ほんとうのことを知りたければ、実際にそうした物を使っている所に電話をかけて聞けば、5分ですむ程度の内容ではないか。
 とにかく、愚にも付かないことに大勢の人が関わり、高給を食んでいる。これが問題なのであり、こうしたことは遙かな前から批判を受けながら、自民党政権では放置され続け、巨額な財政の赤字を増やし続けてきた。
 これ以上このようなばかげたことに税金を費やすことは止めさせなければならないという流れの中での行動だと思えば、何の問題もないはず。勿論、問題がないとは言わないが、批判をするよりも、より効果的になるようにアドバイスをすると言う方が遙かに建設的なのではないだろうか。(toshi)(2010年05月26日 19:23)
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20100511/225150/?P=11#comments

最初の一文からし何様ですかという感じですが、まあ意見表明は自由にすればいいだろうと思います。実際、じゃあ貴様はどうなんだと言われると反論困難で、自分のことは棚の上に置かざるを得ませんし。
続く「野球のことにしても、こんなことを研究する必要があるのかと、森永さんの文章を読んで改めて思った。全くばかばかしいの一語に尽きるし、NC旋盤の解説にしても何も知らない素人がマニュアルの丸写しをしたとしか思えない内容だ」というのは、モリタク先生は機構のサイトを参照して書いているわけで、モリタク先生の文章だけ見て文句をつけるのではなく、文句を言いたいぞという程度の「興味のある方はぜひ機構のサイトで確認していただきたい」ものです。
「何も知らない素人がマニュアルの丸写しをしたとしか思えない内容」というのも素人さんの陥りやすい勘違いで、それではそのマニュアルというのはどこにありますかということを考えなければいけません。リクルートがNC旋盤工を含む職業データベースを持っているかどうか私は知りませんが、とりあえず誰でも無料で利用できるかといったらあまり期待しないほうがいいでしょう。この事業自体が、誰でも無料で丸写し可能で、それなりに使い勝手のよいスタンダードなマニュアルを作ろうというプロジェクトなのですね。
「実際の現場ではあのようなことは行われていないことが殆どだと思う。」というのも証拠があるのかなあという感じですが、これとか「愚にも付かないことに大勢の人が関わり、高給を食んでいる」とかいった言い分を読むと、どうもこの人は「天下りの役人が適当に資料を作っている」くらいの印象で発言しておられるのではないかと想像されます。まあ、これはそのようなミスリードが行われている感もあるので、致し方のないところかもしれません。しかし、研究員のプロフィールhttp://www.jil.go.jp/profile/index.htmlをみればわかりますが、実際にこれに従事しているのは専門のトレーニングを受けた研究者、それもバリバリの産業心理学者揃いです*1
「ほんとうのことを知りたければ、実際にそうした物を使っている所に電話をかけて聞けば、5分ですむ程度の内容ではないか。」というのは一理あるのですが、しかし本当のことが電話でわかるのかという感はありますね。それはそれとして、NC旋盤工の仕事の内容と、NC旋盤工になるのに必要な能力や資格、その労働条件の特徴などを電話で5分で知ろうとしたら、いったい何番に電話してどこの誰に尋ねればよいのでしょう。とりあえず、私のところに誰ともわからない人から電話がかかってきて、人事担当者の仕事の内容と、それになるために必要な能力や資格、その労働条件の特徴など、本当のことを今から5分で教えてくださいと言われたら、まあ口には出さないでしょうが内心ふざけるなではなかろうかと。まあ私には無理なご注文だと思います。いや忙しくなくて機嫌がよければ多少のことはしゃべるかもしれませんが、それでは私のいうことがどれほどあてになるかというとはなはだ疑問でもあり、したがって手軽に、無料でアクセスできてそれなりに内容が信頼できるものが必要だということになるわけです。
まあ、類似のものがないかといえば全くないわけでもないので、重複を整理すべきだという議論はありうるかもしれませんが、しかし事業仕分けでそういう議論がされた形跡はありません。また、なにもJILPTで作らなくても、厚生労働省リクルートあたりに発注して作ってもらえばいいじゃないかという議論ももちろんあり得て、事業仕分けでも「こういうのは民間のほうがうまいんじゃないか」という議論がありました。ただ、「こういうの」ではなく、具体的に「無料提供で、あまり商売にならないような職業まで含めて広範囲をカバーするデータベースの作成」について本当に民間のほうがうまいのかどうか、メンテナンスなども含めて検証することは必要なわけで、なんとなく民間のほうがうまそうだから事業は廃止、というのはいかにも暴論でしょう。別に事業仕分けそのものが悪いというわけではなく、そういうところまである程度ていねいに検証した上で、ムダならやめる、民間や地方が効率的ならそちらに移す、という仕分け方が望ましいのではないかということです。
この人は最後の方では「…何の問題もないはず。勿論、問題がないとは言わないが、」と若干混乱しておられるようですが、事業仕分けがいわゆる「大衆」にどのように浸透したか、そのパフォーマンスを示す事例としてご紹介してみました。実際、事業仕分けは世間の耳目を集め世論を誘導するイベントとしてはまことに効果的で、その運営手腕の高さは率直に認めたいと思います。この点、「派遣村」と共通するものがあるかもしれません。
さて、モリタク先生のエッセイの最後のほうにいいニュースがありました。実はこれが本日の本題のはずだったのですが。

 ただし問題は、仕分け人の“演技”だけではない。
 多くのメディアが、労働政策研究・研修機構の事業のうち「労働政策研究」と「成果普及等」を「廃止」と報じた。

 仕分け人の尾立参院議員に私が直接確認したところ、廃止と判定したのは職業情報の部分だけで、一般の労働政策研究については予算額を減らさないのだという。

 また、同じく廃止と報じられた成果普及等の事業についても、廃止するのは懸賞論文だけで、メールマガジンなどの広報事業は今後も継続するのだという。
 私としてはそれはそれで結構なのだが、事業仕分けの様子や報道を見た人はどう思うであろうか。

よしよし。JIL雑誌も残るし、研究成果のウェブ公開も残るし、労働政策研究の予算も減らさないということですね。キャリアマトリックスと労働関係図書・論文優秀賞だけの廃止であれば、旧日本労働研究機構としてみれば最小限に近い被害にとどめたと申せましょう。労働大学校は被害甚大ですがまあいいや(こらこら)。表彰は読売新聞が続けてくれないものかなあ。ナベツネさんぜひよろしくお願いします。キャリアマトリックス厚生労働省本体が引き取るのかな?いずれにしても職安で必要なツールですし、捨ててしまうのは(そして民間から新しく買うのは)いかにももったいないですし。

  • 毎度ながら為念申し上げておきますが、このエントリではモリタク先生のエッセイを好意的に取り上げていますが、これは私がモリタク先生の他の主張、ふだんの論調に同調しているということを意味するものではまったくありません。誤解なきようお願いします。

*1:もちろん官僚もいますが、しかし研究者としての能力を備えている人たちです。ちなみに現役官僚の出向者は大半は研究部門ではなく管理部門にいるようです。