学生がバカだからby池田信夫先生

きのうのエントリとの関連で、池田信夫先生のツイッターから。ご教示いただいた方ありがとうございます。

誰もいわないが、学生がバカなことが就職難の原因。 RT @makoto_naruke: 東洋経済1.15号。大学生が就職したい会社No.1はJTBだそうだ。不思議な国だ。

10:50 PM Jan 8th Echofonから
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返信 リツイート ikedanob
池田信夫
http://twitter.com/ikedanob/status/23738243946119168

ツイッターにコメントする際にいつも書いているように、ツイッターというのは非常に制約的なメディアなのでコミュニケーション上の限界が大きく、かなりの部分を想像で補わざるを得ない、すなわち誤解が発生しやすいことを念頭においておく必要があります。
しかも、話題になっている東洋経済の記事を読んでいないので、トンチンカンな議論になってしまうおそれも大きいわけですが、とりあえずウェブ上には同じ調査の速報と思しきものが公開されていますので、これをもとにコメントしていきたいと思います。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20101202-00000000-toyo-bus_all
まず結果ですが、総合ランキングベスト20は次のページに掲載されています。
http://www.toyokeizai.net/life/rec_online/topics/detail/AC/9955389189a23a6e5cac0c8ef5d7d7f7/page/5/
ベスト10はこうなっています。

  1. JTBグループ
  2. 三菱東京UFJ銀行
  3. フジテレビジョン
  4. 資生堂
  5. 全日本空輸
  6. 明治グループ
  7. 電通
  8. 博報堂博報堂DYメディアパートナーズ
  9. 集英社
  10. 三井住友銀行

近辺のページに業種別や文理別のランキングも紹介されていますのでご関心のむきはご参照ください。
さてこれがどういう調査かというと、調査概要がhttp://www.toyokeizai.net/life/rec_online/topics/detail/AC/9955389189a23a6e5cac0c8ef5d7d7f7/page/12/にあります。回答者数が約11,000人、得票数が約49,000票とけっこうな数のサンプルがあります。

【調査主体】文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所
【調査対象】2012年春卒業予定の「ブンナビ!」会員(大学3年生、大学院1年生)
【調査方法】文化放送キャリアパートナーズ運営の就職サイト「ブンナビ!」上でのWebアンケート、文化放送キャリアパートナーズ主宰の就職イベント会場での紙アンケート(投票者1名が最大5票を有し、志望企業を1位から5位まで選択する形式。グループ採用を行う企業はそのグループ名)
【調査期間】2010年6月1日〜2010年10月8日

近年では3年生になるとかなり就職・就活が気になりはじめるのだそうですが、学部3年の6月〜10月といえば、就活イベントなどがスタートし、企業研究や会社訪問準備などが本格化する時期になるでしょうか。よしあしはともかく、この段階ではまだ学生さんも志望なども絞り込まれておらず、就職・就活への理解も深くは進んでいないでしょうから、大方の回答は漠然としたイメージをもとになされたものと思っていいでしょう。実際、記事をみれば「就職『ブランド』ランキングとなっているわけで、求職者をひきつけるブランド力のランキングだとすれば、上位には業界トップ企業、知名度の高い最終消費財取り扱い企業、マスコミや広告代理店、旅行代理店などはなやかなイメージのある企業が並ぶのも自然な結果かもしれません。
さて、元マイクロソフトの成毛真氏がなにをもって「不思議な国」と感じられたのか、想像するしかないわけですが、まあいくつか考えられそうです。
まず、1位になったJTBの業績をみてみると、昨期連結で約1,500億円の減収となり、約150億円の最終損失で2年連続の赤字決算となっていますので、決して良好とはいえません。これは不況で法人の出張需要が減退しているという循環的な要因に加え、店舗型の旅行代理店業がウェブにおされているという構造的な要因もあり、JTBも2011年度に約200店舗の閉鎖を予定、ウェブへのシフトを計画していると報じられています。これだけ見れば、JTBが人気トップというのはたしかに不思議な感じがします。
一方で、直近の業績は円高で好転しており、今期の中間決算は黒字転換(もっともこれが発表されたのは調査終了後の11月ですが)していますし、観光産業自体は成長産業(ということになっていると思うのですが)でもありますから、その業界トップ企業が人気を集めることはそれほど不思議でもないという見方もできそうです。
まあ、元マイクロソフトの成毛氏としてみれば、人気企業が相も変わらず大企業、しかもイメージ先行で選ばれていることをみて「不思議な国」と感じられた可能性もありそうです。成毛氏のオリジナルのツイートはこのあと「内定率低いことに納得感があるランキング。」と続いているので、おそらくはこちらかなと思います。実際、過去5年(2007年4月卒-2011年4月卒)のベスト5も掲載されていますが、これをみると5年間でのべ25社のベスト5入り企業のうち、22社までが今年のベスト10企業で占められており、上位企業は常連化していることがわかります。ちなみに過去5年にベスト5入りしたことがあり、今回ベスト10入りしなかったのはオリエンタルランド(今回16位)、テレビ朝日(今回20位)、サントリー(今回はサントリーホールディングスが30位)の3社です。「学生の大企業志向が強すぎるとあれほど言われているのにこれかよ」とか、「これだけ就職厳しいのに大企業に入りたいとは非現実的な」とか、「ベンチャーに身を投じていずれは起業をめざす学生はいないのか」とか、あるいは「旅行することと旅行関連の仕事をすることの違いがわかっているのだろうか」「表面的なはなやかさだけしか見ていないのではないか」などと思われたのでしょうか。学生さんが就職先選びという人生の一大事を前にしてこの程度の意識しかないのか…ということで「不思議」と思われたのかもしれません。もっとも、私などはこの時期にこういう調査をすればこういう結果が出るのは不思議でもなんでもなく、むしろ自然だろうという気もするわけですが、成毛氏にしてみればこんな自明なことがなぜわからないのだろうということでしょうし、あるいは「大学のキャリア教育はなにやってんだ」という皮肉をこめて「不思議」といわれたものかもしれません。
さてそれに対する池田先生のコメントですが、正直申し上げて大学の教員が「学生がバカ」と言い放つのもいかがなものかと思うわけですが、しかし池田先生ご自身は教え子に対してご持論であるところの「諸悪の根源たる長期雇用はもはや崩壊するのだから若者は起業をめざすべき」(このご持論の記述は不正確な可能性大)という教育をしておられるのでしょうから、したがって池田先生の教え子たる学生はバカではないということになるのでしょう。池田先生のゼミ生(がいるのかどうか知りませんが)がどんな就活をしているのか見てみたいなあ。
それはそれとして、上記で想定した成毛氏の「不思議」を池田先生が「学生がバカ」と言い換えたということであれば、まあそれは表現としてはあり得るものかもしれません。実際、昨日ご紹介した金融経済の専門家たちのご意見にあるように、中小にも優良企業や成長企業があるのに大企業を希望するあまり就職を逃してしまうという事態も起こってはいるのでしょうから、それをみた池田先生が「賢明ではない」という意味で「バカだなあ」と思われたという経緯は十分に可能性がありそうです。
もっとも、きのうのエントリでは記載しませんでしたが、たしかに中小企業の求人はたくさんあるとしても、中小企業の良好な求人はほんとうに十分あるのかという未検証の重大な問いが残っていることには十分な注意が必要だろうと思います。池田先生や成毛氏の議論(と思われるもの)は、「就職難の原因は不況による求人不足」という一般的な見方に対して「いや中小企業には十分な求人があるのだから問題は求人不足ではなく現状に適応できない学生・大学の側にある」と主張するものですから、もし中小企業の良好な求人が十分でないとすれば、劣悪な(これも乱暴な二分法ですが)求人であっても就職せよという議論に陥ってしまうからです。いや仕事というものはおよそどんな仕事であっても有意義だという建前はありうるのかもしれませんが(昨日紹介した山崎元氏の意見はこれに近い)、しかし就労の現場を見ればさすがにそうもいえないはずで。いずれにしても就職難を改善するという観点からは景気が回復して企業規模を問わず求人が増えることが望ましいというのは常識的な発想ではないかと思いますが、さて「学生がバカだから」と言ってはばからない池田先生はどうお考えなのでしょうか。