キャリアラダー

続いて議論のなかばくらいの場面です。北大の宮本太郎先生からいくつかご質問をいただいた中に、「私たちは連合総研の提言ではキャリアラダーを提案しているのだが、実現可能性についてどう考えるか」といったご質問も頂戴しました。
このときも、他に質問があったのに加えて、えーと連合総研の雇用ニューディールにキャリアラダーの話は出ていたかなあと思い出そうとしたものの思い出せず(思い出せないわけで、あとから見てみたら出ていませんでした。宮本先生は別のものを言われたのでしょう)、とりあえずフィッツジェラルドの本とかの一般的なものを前提にして「文書として書き出すようなやり方は基本的にうまくいかないと思う」という一般的なお答えに終わってしまいました。
まあそれに尽きているわけではありますが、いまのわが国でキャリアラダーが普及・発達しているのは医療の世界、それも看護師の世界というのが実情です。これはもちろん、看護職は職務要件や職能要件が明確に規定しやすく、それにあてはめて評価がしやすく、上位に到達するために必要なOJT・Off-JTも比較的明確だという条件が整っているからによるのでしょう。
実際、看護職はかなり流動的で、数年くらいでの転職が多く(必ずしもキャリア形成につながらないような移動も多いらしいので、いささか不思議でもあるのですが)、看護職の賃金が公定価格である診療報酬に依存することともあいまって、結果として多少の差はあれ地域によっての賃金相場みたいなものも形成されているようです(特にパートの看護職。このあたりは記憶頼りでウラを取りながら書いているわけではないので自信はないのですが)。
職務給マンセー厨のみなさま(ここでは宮本先生がそうだといいたいわけではない)にしてみれば、ほかの職種でもこうしたことができて、それが社会横断的なものになって、賃金水準もそれで決まるようになれば…とバラ色の夢想にふけるのでしょう。
もちろん、職種によってはこうした条件を満たすものもあるでしょうから、それがかなりの程度可能なものもあろうとは思います。ただ、うまくいくために重要な条件として、看護職のように供給不足・人手不足であることと、要素技能の変化が漸進的であることが必要な点には留意がいると思います。
つまり、キャリアラダーを上に上っていくと、上に行けば行くほどに必要な人数が限られてくるというのが大方の実態だろうと思われるからです。優秀な人はいくらいてもいいはずだというのは思い込みに過ぎません。典型的にはライン管理職、ポスト長といったマネージャーがあげられますが、たとえば多額の費用をかけて先端技術の実験を行うエンジニアなども、いればいるほどいいということにはなりにくいというのも見やすい理屈ではないかと思います。人手不足で、ラダーを上がっても十分な需要がある場合でなければ、決められた手順どおりに能力を伸ばして要件を満たしているのにそれに見合った職がない、ということに陥ることになるでしょう。
また、ある程度以上に要素技術の変化が速い場合には、キャリアラダーの文書をそれにあわせてメンテナンスしていくことのコストが高くなり、結局直しても直しても現実に追いつかないということになってしまう可能性があります。こうした場合は、要素技術そのものより技術変化に対応する能力といったメタレベル?のスキルを伸ばすことが重要になるわけですが、それはキャリアラダー・職務給からはかなり離れてきて、むしろ職能給の世界に入ってくるでしょう。
で、うまくいく可能性があるのは介護職かもしれません。賃金という点では公定価格が低いために労働移動を通じた相場ができにくいのが難点ですが、そこが解決されれば、今後しばらくの間に職務要件、職能要件などが実務を通じて整理されて、看護職のような体系ができる可能性はあるだろうと思います。