たぶん現場の実態は「同一労働同一賃金」とはほど遠い

日経新聞が毎月曜朝刊で連載しているコラム「経営の視点」で、今日は編集委員の塩田宏之氏が「同一労働同一賃金への道――多様な人材生かす制度に」という記事を書いておられます。その中で、「同一労働同一賃金への道」の一例だということだと思いますが、シャープの賃金制度改定の事例があげられています。

…台湾・鴻海精密工業の傘下で経営再建を目指すシャープ。4月、職務給と似た役割給の制度を管理職に導入した。年齢や経歴を問わず、現在担っている役割の大きさで新賃金を決めたところ、月給が30万円下がる人が出た。激変緩和のため6年かけて下げるが、ショックは大きい。一方、抜てきで一気に20万円上がった人もいる。
 新制度は同社が独自に設計したが、結果的に鴻海の制度に近づいた。従来の職能給制度は年功要素が強く「そのままだと鴻海と正反対になっていた」(高井信吾・人づくり推進部長)。
 属人的要素を排した職務給や役割給の制度は、同一労働同一賃金の方向性に沿っている。…
平成28年5月23日付日本経済新聞朝刊から)

人事管理の経験がある人ならすぐにピンとくると思うのですが、この「月給が30万円下がる人」というのはおそらく「もともとはやり手の部長さんで月給85万円もらっていたが、病気などの事情があってメインラインから外れた」というような人でしょう。これまではそれでも賃金は下げなかったけれど、今回は経営再建という事情もあって月給55万円までは下げましょうということだろうと思います。まあ下げた以上は同一労働同一賃金に近づけたということにはなるかもしれませんが、しかし今現在の仕事の価値だけを考えればそれでもなお相当な高賃金であり、さらに6年かけて段階的に5万円ずつ、ということですから、まあ依然として相当に手厚い配慮と言えそうで、記事がいうほど「ショックは大きい」こともないのではないかと思われます。

  • いやもちろん実務経験に基づく感想と推測なので、普通に働いていた・働けている人で、制度変更前後で仕事はなにも変わらないのに降格して60万円の賃金が30万円になりました、という人が10人とかいるのであれば参りましたと退散するにやぶさかではありません。ただまあそれこそいかに経営再建下であっても合理性のない不当な賃下げである可能性が高くコンプライアンス上どうかと思いますが。

つまり、繰り返し書いていますが日本の長期雇用というのは定年まで40年とかいう単位の超長期の雇用であり、長い間には上で例示したような、病気などでそれまでと同様には働けなくなってしまうリスクも存在します。そういう場合にも賃金が下がって生活に困難が発生することのないよう、配置転換しても賃金は変えない(まあ賞与はかなり減るかもしれませんが)、下げてもわずか、という、互助的な一種の保険機能がある賃金制度を労使で構築してきたわけです。これは経団連などのいう「将来も含めキャリア全体を通じての同一価値労働同一賃金」ですらなく、およそ同一労働同一賃金とはほど遠いものです。今回のシャープの例もそれでしょうから、これをもって同一労働同一賃金を論じるのは的外れの感が強くあります。