大学生は学問などしていない?

hamachan先生のブログでの、海老原嗣生『学歴の耐えられない軽さ』の紹介エントリから。
この本の中では、「大学と社会を近づけ、企業人となってから生かせるような学問を」ということで、社会人に必要な教科を各学部から拾い上げ、それを横断的に教える、具体的には「地誌」「ビジネス英語」「簿記」「税務」「価格理論」「マーケティング」「労働法」「商法・会社法」「特許法」「給与・社会保険・年金計算」「組織心理」「経営ブンガク」「商業金融」などを集める、そのための基礎力として、小学校社会・算数、中学英語の復習を、一般教養課程に盛り込む…ということが主張されているそうです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-db85.html
これだけ読むとそのくらいのことなら就職してから勉強すれば足りるような気がするのではありますが、まあ勉強しておいて悪いことではありませんし、ビジネス英語や簿記などができると、特に中小企業ではありがたい人材になるかもしれません。いずれにしても私はこの本は未読なのであれこれ論評はできません。
で、これに対しては当然ながらアカデミックサイドからは「学問の府である大学が、金儲けの片棒担ぎになってしまう」という批判が予想されるわけですが、それにはこんな反論が準備されているのだとか。

 しかし、すでに今の大学生(特に文科系)は学問などほとんどしていないのが現実だ。大学での専攻について、就職活動の面接でまともに語れる学生などいない。それ故に、企業も面接でそんな質問をしなくなっているくらいだ。
 こんなていたらくよりは、簿記なり会計なり民法なり、といった「ビジネスよりの学問」でも真剣に学んだ方が学問の府として意義はある。

hamachan先生は「まあ、わざと挑発している嫌いもないわけではない文章ですが、本気で反論しようと思うと意外と手強いですよ。アカデミック派の方々には、是非挑発に応じていただきたいところです。」と書かれていて、おそらく文科省や大学の人、教育学の人にはいろいろ反論もあるのでしょう。
それはそれとして、私は東京在住だったこともあって3〜4年前までは採用の面接員として毎年動員され、それなりに場数を踏んできましたが、この文章は私の経験からくる実感とはかけ離れていることは申し上げておきたいと思います。正直なところ、ちょっと失望しました。『雇用の常識本当に見えるウソ』はけっこう面白く読んだんですけどねぇ…。
まず、「今の大学生(特に文科系)は学問などほとんどしていないのが現実」というのは、まあ「学問をする」ということの定義にもよるのですが、少なくとも講義に出て、試験を受けて答案を作成して単位を取得し、あるいは演習に参加するという意味でよろしければ、私の印象は正反対です。もちろん個人差は大きいでしょうが、今の大学生は実によく講義に出席していますし、演習にも熱心だというのが私の実感です。文科系の大学生がサークル活動やアルバイトに明け暮れて「学問などほとんどしていない」というのは、たぶん20年前くらいまでの話ではないでしょうか。
「大学での専攻について、就職活動の面接でまともに語れる学生などいない。それ故に、企業も面接でそんな質問をしなくなっているくらいだ。」というのも、私の実感とは正反対です。まあ、これはそういう企業や採用面接員もいるのでしょうから、私の個人的経験には「100%そうだというわけではない」という意味しかないわけではありますが。
もちろん、これまた「専攻」とはなにか、という問題はあるわけで、たしかに理科系の学部に較べると曖昧ではありましょう。ただ、私は少なくとも面接したすべての学生さんに専攻はなにか、演習に参加したか、誰のどんな演習にどのように参加してなにを学んだか、ということは必ず質問しましたし、多くの学生さんはそれに対してきわめて「まともに」語ってくれました。
実際に質問してみると、教員の指導を得ながら、いろいろないい勉強を「まともに」以上にしている人がけっこういるのです。こんなアルバイトやサークルの話じゃなくて、それをエントリーシートに書きなよ、と何度も言った記憶があります。語学留学や、ダブルスクールで取得した資格の話を一生懸命してくれる学生さんが、聞いてみたら実はゼミの調査で飛び込みで企業の担当者にアポを取り、事例をいくつも集めて整理してインゼミで報告していた、なんていう例もありました。これも私の印象に過ぎませんが、学生さんは勉強のことをエントリーシートにあまり書きたがらない傾向があるようです。いわゆる銘柄大ほどそうした傾向があるようにも感じました。であれば、それを質問で引き出すのは面接員の役割でしょう。
まあ、これは私の経験談に過ぎませんので、それでもなお「簿記なり会計なり民法なり、といった「ビジネスよりの学問」でも真剣に学んだ方が学問の府として意義はある」という場面もあるかもしれません。企業が求めている人材というのも多様ですから、そうそう簡単に決めつけることもできないでしょう。本当にそういう教育を行う大学がいくつも出てくれば、就職成績も判明しますし、それを受けて受験の偏差値も変わってくるでしょうから、おのずとその存在意義も明らかになっていくのではないでしょうか。実際、「ものつくり大学」のように実作業やインターンシップを中心にした教育で優れた就職実績(http://www.iot.ac.jp/cooperation/employment/jisseki.html)をあげている大学もありますし。ちなみに代々木ゼミナールによるものつくり大学の偏差値(http://www.yozemi.ac.jp/rank/gakubu/shiritsu/riko.html)は43となっておりますな。