海老原嗣生氏のさりげなく大胆な提案

職場の回覧で「週刊エコノミスト」8月25日号が回ってきました。一応まだ最新号かな。表紙に大書された特集は「大学と就活」。ということでパラパラと読んでみたのですがあまり面白くなかった(笑)。そんな中で海老原嗣生氏の1ページものの記事がいつもながら異彩を放っていたのでご紹介したいと思います。ここでの肩書は「雇用ジャーナリスト」という見慣れないものになっていますね。
さてここでの海老原氏の問題意識は冒頭の小見出しにある「「普通の学生」と中小のマッチングを」ということであるらしく、現状は「一部の超人気大手企業にばかり、焦点が当てられている…結果、圧倒的多数の「普通の学生」がかえって面倒なことになっていく」状況だといいます。
「その理由として、新卒採用市場の構造が、よく理解されていない」ということで、大学の卒業生が55万人、旧帝大早慶だけでも入学定員4万人なのに対して人気ランキング100位以内の人気大手の採用数は年2万人弱、従業員1,000人以上の大手で10万人前後という数字をあげ、「残りの学生は、中堅・中小企業に行くしかない。つまり、大卒者の就職先のメインは大手ではない」と指摘しています。
続けて景気動向による採用数の変動もメディアが言うほど大きなものではないと指摘したうえで、「新スケジュールは愚策」と主張します。

 好況だろうが不況だろうが、条件の有利な学生は比較的、納得のいく企業に決まっていく。裏を返せば、偏差値55以下のいわゆる「ボリュームゾーン」にある大学の学生は、いつだって就職に困ることになる。
 彼らの就活をいかにうまく進めるか。この視点が欠けているため、新卒採用スケジュールの後ろ倒しという天下の愚策が生まれてしまった。
 今年から経団連加盟企業は8月に面接解禁、10月に正式内定というルールになった。現実的には、就活学生のほとんどが「入れはしない」人気企業に夢を抱き、秋口まで逡巡することとなる。そして入社の夢が砕かれてから、ようやく、中堅・中小企業の受験へと流れる。こんな動きを続けていて卒業までに就職先が決まるだろうか。
 さらに、問題が一つある。こうした「受かりもしない」大手人気企業の説明会に学生たちはせっせと通う。今年から企業の採用広報活動が解禁される3月から、面接が解禁される8月1日まで、説明会の実施期間は5カ月も延々と続くのだ。大学4年生の1学期はまるまる潰れてしまう。
 昨年までは、広報活動の解禁は3年時の12月で、面接解禁は4月だった。1月の後期試験と重なるため、大手企業の会社説明会は1月末〜3月末の2カ月間に集中した。春休みにあたったこともあり、学業への影響は少なかった。
 学業に大きな影響を及ぼす変更を果たして「改革」と呼べるだろうか。このような現実を知っていたから、私は大手企業の面接解禁時期を3月に前倒しすべきだと訴え続けてきた。それなら、4月中旬には人気企業の採用活動はほぼ終了し、学業への影響はさらに少なくなっていたはずだ。大手企業に欠員が出た場合でも、ゴールデンウイーク中に再度採用活動を行うことを許す。経団連がこうした流れを作っておけば、夏休み前には活動が一巡したことで目の覚めた学生が、自分に合うような中小企業をじっくりと探せたことだろう。
 大多数を占める普通の学生と、中小企業をどう結びつけるかに軸足を移すべきだ。
(「エコノミスト平成27年8月25日号から)

例によってあけすけな物言いですが、つきつめれば打順の問題ということであってそれは私もここで繰り返し書いてきたことです。採用・就職市場における競争力の高い人から順にマッチングしていくわけであり、ありていにいえば大手人気企業や「条件の有利な学生」さんから決まっていくわけです。
そこで海老原さんはさりげなく「大手企業の面接解禁時期を3月に前倒しすべき」(強調引用者)と主張されるわけすが、時期は別としても、「大手企業」といったような層別したルールづくりができれば楽だろうなとは思います。考えるだけならいろいろ考えられると思いますが、それこそ従業員数とか総付加価値額とかなんとかかんとかを使った採用競争力の基準を作ってA(大手)B(準大手・大手系列)C(中堅)D(中小)くらいに分けて、それぞれに始期と終期を規制するわけです。でまあ海老原説をとるなら大手は3月1日開始で4月15日終了、ただし5月第1週に再募集可という感じで、以下準大手・大手系列は4月16日開始で6月末日終了、ただし7月3週に再募集可、中堅は7月1日開始でまあ数も多くなるので9月末日終了くらいの感じで、中小は8月16日くらいから中堅と重なってくる…という調子でやればたしかに卒業までには全部終わりそうな感じはするわけで、海老原説もそこから逆算しているのかもしれません。フライングした企業は翌年から何年間かは1ランク後に格下げ、Dでフライングを繰り返したら政府調達や各種助成金の対象から除外…とかいうペナルティをつければ案外実効性もありそうが気がします。
でまあ大学の方はそれこそ入試偏差値や過去の就職実績とかでグレード分けしてAグレード校はAグレード企業から、Bグレード校はBグレード企業から以下同じとすればさらに効率的にこらこらこらこらこら、いやこの場合は学生さんのほうはどこから参入するかはご自由ということでよさそうで、「条件の有利な学生」さんたちは海老原さんの言われるように4月中旬にはあらかた決まって、その後の期間は安心して勉学なりなんなりに励むことができるわけですし、そうでない学生さんが「入れはしない」「受かりもしない」企業に就活するのもまあ7月までということになって「秋口まで逡巡」は避けられるわけですね。要するに終わりを切ってここであきらめなさいとすることが大事ということでしょう。もちろん、大学サイドが3年3月から卒業まで就活専念では困るということであれば、大学が自主的に応募開始時期を決めて、守らなかった学生には卒業証書を出さないということにすればいいでしょう(まあそんなことしたら志願者が激減して自殺行為でしょうけど)。
ということで海老原氏が問題視する「大多数を占める普通の学生と、中小企業をどう結びつけるかに軸足を移す」という観点からは、マッチングという面ではたしかに内定率は上がりそうですし、長期化という観点からもまあ学生さんがやりたいというのを無理やりに止めることもできないでしょうが、しかし中堅や中小に狙いを定めて開始までの時間は戦略的に使うといったことは理屈上はできるわけで、まあ少なくとも現状に較べれば全体としては短縮されそうな気はします。
しかしまあこんなことを気楽に書くのも正直できっこねえだろうと思っているからではあって、企業の方だって実際にこういうグレード分けをするのは大きな困難をともなうでしょう。ましてや大学のグレード分けとかはじめたら血の雨が降りかねないわけで(しかし案外冨山和彦氏あたりはこういうのがお好きかもしれないとふと思ったりもする)。結局のところ無理にはできないので私としては自然とそういう流れになるように新卒採用・就職市場がうまく機能してくれないかと期待しているわけで、ただそれには、市場の機能を甚だしく阻害するオワハラのような行為に対するペナルティが必要という毎度の話になるわけです。

  • なおどうでもいいことですが記事前半にある海老原氏の「新卒採用市場の構造」はやや厳しさが強調されすぎている印象はあり、たとえば就職人気ランキングには通常入ってこない公務員や公的団体などの採用が毎年1万人以上あるはずですし、規模は中小だけれど大手の100%子会社で、大手そのものではないけれどまあ大手みたいなものという企業も相当数の採用を行っていると思われます。具体例として、たとえば最近お騒がせの東芝のウェブサイトには「最初に東芝と名のつく関連会社のリスト」があって100社近くがリストアップされており、中には東芝機械のような堂々たる大企業もありますが例外で、ざっとみた限りほとんどは中小規模です。