高卒就職に重要な「実社会での適応力」

労働経済学者で京都大学教授の有賀健氏が、今朝の日経新聞「経済教室」に「グローバル経済下の高卒就職 実社会での適応力が重要」という論考を寄せておられます。どこかでコピペできないものかと(ry、いや興味深い知見を多く含んでいてぜひご紹介したいのでせっせとタイプすることにしました。
まず、高校卒業時の就職に関し、高校三年時の学業や生活がどの程度説明力を持つのか、についてです。

…学業成績がよい、クラブ活動に熱心に取り組む、友人の数が多い、アルバイトに多くの時間を割く、家事(家業)をよく手伝うといったことで、正社員として就職できる確率が高まる。…特に重要なのは、在籍した高校の特徴である。全日制、公立、普通科以外の学科、就職中心のクラスに在籍するといった特徴があると、就職活動は有利になる。…学校主催の説明会や、就職指導行事も全体として非常に重要である。
 逆に、遅刻や欠席の多さ、小中高いずれかで不登校の経験などがあると、正社員としての就職は不利になる。通学時間の長さ、進路指導など就職関連の学校行事の欠席などもマイナスに働く。クラブ活動以外のスポーツや習い事、ボランティア活動の経験、アルバイト先での友人の多さも不利であったが、高校生活より学外の活動に興味が向くことが影響しているという解釈が可能だろう。
…高卒で就職したいなら、普通科の進学中心で、就職活動を支援する体制に欠ける高校に在籍するのは不利である。また、学業成績のよい学生ほど正社員就職の確率が高いことは、学校内選抜や推薦のしくみが成績中心であることを示唆する。
 それと並んで注目すべきは、「社会的スキル」とでもいうべき、学業成績には表れない、実社会での適応力にかかわる多くの項目の重要さである。交友関係の広さやクラブ活動の経験が重要なのは、それが社会的スキルの「代理変数」であると解釈できよう。
 不登校の経験や遅刻欠席の多さが一貫して負の効果を持つこともこの文脈で理解できる。…
…米国では、高校中退者が高卒資格を得る…GEDと呼ばれる資格試験が…労働市場ではほとんど評価されていないという研究結果が報告されている。…卒業資格は高卒程度の学力を保証する一方、学校生活になじめなかったという事実も反映し、労働市場ではその面で社会的スキルに乏しいという負のシグナルになっている可能性がある。…
(平成21年10月29日付日本経済新聞「経済教室」から、以下同じ)

次は、卒業直後の就職が現在の就業状況をどの程度説明するのか、についてです。

 高卒者の場合、学校卒業後に最初に就職した先では平均的に見れば長続きしない。…その後どうキャリアを積んでいくことがより重要と見ることもできよう。…
 第一に、高校卒業後に正社員として就職できれば、現在の就業状態にとってもプラスだ…。高校卒業時に正社員として就職した者は平均して、現在も正社員として勤務している確率が高い(必ずしも卒業時と同一企業ではない)が、年齢とともにその平均確率は緩やかに低下する。他方、卒業時には正社員として就職できなかったグループは、年齢とともにすこしずつその確率が高まっているのが見てとれる。実際27歳のグループでは…統計的に有意な違いはない。
 第二に、「卒業時の就職結果」が同じグループの中だけで見ると、学校での就職支援、学業成績、学校の属性などは、現在、正社員で就職しているかどうかと直接関係がなかった。
 他方第三に、高校時代の友人の多さや、部活動、アルバイトに多くの時間を充てたことなどは現在、正社員として就職していることにプラスに働き、逆に不登校の経験や高校での遅刻欠席の多さなどはマイナスに働いていた。…高校3年の生活に表れた社会的スキルのシグナルは、最初の就職以降の転職の際も影響する。
…経済学の観点で吟味すると…高校の属性や学業成績が、現在の就業状況を説明しないのは、それが既に学校卒業時の就職に集約されているからである。他方、社会的スキルや適合度と相関すると思われる多くの要素が、卒業時だけでなく現在の就業状況まで説明しているのは、これらが必ずしも卒業時の就職活動では十分に評価されていないからで、こうした資質は、キャリアを次第に形成していく中でだんだんに説明力を増す…。
 学業成績は内申表やそれをもとにする学校推薦や選抜という客観的な情報として労働市場に伝わる。一方で、その人物や性格、対人関係能力、といった情報は客観的データとして伝えるのは難しく、雇用関係が継続するなかで次第に明らかになるのであろう。…

ああ疲れた(笑)。タイポが(ry
実務実感ともよく一致した分析で、おそらく学校や企業からの事前ヒヤリングがていねいに実施された上での調査なのでしょう。
若干の感想を書きますと、「一人一社制」はかなり緩やかになったとはいえ依然として有力で、新卒採用時にはやはり進路指導の結果としての学校推薦というものが採用慣行上大きな影響力を持ちます。有賀先生は学業成績についてのみ指摘しておられましたが、それに加えてクラブ活動、遅刻・欠席といったものが、とりわけ学校内で求人と就職希望のミスマッチを調整するといった場面において、本人にとっても保護者にとっても説得力のある説明材料となっているという現実もあるのではないかと思われます。
また、「クラブ活動以外のスポーツや習い事、ボランティア活動の経験、アルバイト先での友人の多さも不利であった」というのも、有賀先生は「高校生活より学外の活動に興味が向くことが影響している」と上品に書かれていますが、進路指導にあたってマイナスに勘案されている可能性もなくはなさそうです。邪推でしょうか。
特に、細かいところですが「友人の数が多い、アルバイトに多くの時間を割く」がプラスなのに対して「アルバイト先での友人の多さ」がマイナスであるというのは面白い結果です。学業などの学内生活とアルバイトなどの学外生活はトレードオフと考えるのが自然でしょうが、アルバイト自体は就職指導にあたって好意的に見られているのでしょうか。求人サイドは好意的に見ることも多そうなので、学校サイドもそれを意識しているのかもしれません。あるいは「多くの時間を割く」とは言っても、多数の友人ができるほどに長時間のアルバイト、あるいはアルバイト先の友人との交友は、有賀先生ご指摘のように学内活動とのトレードオフを通じてマイナスに影響するということかもしれません。学内での交友、人間関係の良好さは学校に認知されやすいでしょうが、学外でのそれは認知されにくいでしょうから…。もっとも、友人の多寡というのは社交性などの性格傾向にもかなり依存しそうですから、学外で友人が多い学生は学内でもまた友人が多いという傾向もありそうです。まあ、このあたりは当然統計的に適切にコントロールされているのだとは思いますが。
「高校卒業後に正社員として就職できれば、現在の就業状態にとってもプラス」というのは、紙上にはグラフも掲載されています。確かに正社員就労している確率の差は年を追って縮小してはいるのですが、27歳時点では有意ではないとはいえまだ明らかに差があります。また、27歳時点で有意でなくなるということは、逆にいえば卒業後8年間の長期にわたって有意な差があるということになります。26日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20091026)で新卒時に正社員就職すること、およびそれを政策的に支援することの重要性について述べましたが、この調査結果もそれを支持するものといえそうです。