家族のために社長を辞任

お蔵出しばかりでもなんですので、連合総研研究会のディスカッションペーパーを中断して、今日はこのネタを取り上げます。日本板硝子が英ピルキントンを買収した際に、買収された会社から招かれた社長として話題になったステュワート・チェンバース氏が「家族のため」に突如辞任を表明したとか。読売新聞ニュースから。

 日本板硝子は26日、イギリス人のスチュアート・チェンバース社長(53)が9月末で辞任すると発表した。日本に単身赴任しているチェンバース社長が、「家族と過ごす時間を増やす」ためとしている。
 後任の社長は、10月1日付で藤本勝司会長(66)が1年3か月ぶりに暫定的に復帰する。
 記者会見したチェンバース社長は、「日本人の仕事第一主義が間違いとは言わないが、自分にとっては家族が第一だ」と述べた。辞任を決めたのは今月、英国に帰省した際、16歳の息子の態度がよそよそしかったのが心配になったからだという。藤本会長は「日本人的な感覚で判断するべきではないと思い、了承した」と、あきらめ顔で話した。
 チェンバース社長は日本板硝子が2006年、6000億円以上かけて買収した英ガラス大手ピルキントンの当時の社長で、08年に日本板硝子の社長に就任した。世界的企業への飛躍のため、買収先からの異例の起用として話題になった。
 日本板硝子は世界不況で、09年3月期連結決算は、経常利益と税引き後利益が赤字に転落、人員削減などリストラに取り組んでいる。トップの突然の「投げ出し」が、社員の士気や取引先の信頼に悪影響を及ぼす恐れもある。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/enterprises/jinji/20090827-OYT8T00328.htm

社内でゴタゴタしたとか、日本人が思い通りに動かないのに嫌気がさしたとか、本当の理由は他にあるという憶測もあるようですが、チェンバース氏は今後企業経営に携わることはなく、経済界からリタイアする意向だそうですから、本当に家族と過ごしたいから辞めたのでしょう。安倍晋三氏も健康問題じゃなくて家族と過ごすために辞任すると言えばよかったのに…んなわけないか。
くだらない冗談はともかくとして、家族のために連結で5万人近い規模の企業の社長職を投げ打つというのは、たしかに「日本人的な感覚」にはなじみにくいでしょう。まあ、家庭より仕事を優先するのが当然だ、親が危篤でも顧客との会議が優先だ、といった感覚はさすがに日本でも薄れてきているでしょうが、経営トップともなるとまだまだ話は別でしょう。経営トップは企業経営に関わる様々な事項、たとえば従業員の雇用であるとか投資家への配当であるとか納税であるとか、これらについて重い責任を負っているのだから、簡単に投げ出してはならない、という倫理観はまだまだ健在ではないかと思われます。
似たような話として、たとえばプロ野球の主力選手(もちろん日本人)がそれこそ親が危篤でも試合に出て「父に捧げる一打」を放つのに対して、外国人選手は家族の病気くらいでも簡単に何試合か休むようです。
これは結局、「自分の代わりはいない」と思うのか、「代わりはいくらでもいるよ」と思うのかの違いなのかもしれません。会社やチームにおいて自分の代わりはいない、と思えば、何があっても休めない、辞められないということになるのでしょうが、代わりがいると思えば「自分がいなくたって大丈夫でしょ」ということで休んだり辞めたりしやすいのではないかと。
もっとも、ことはそう単純でない可能性もあります。「代わりはいくらでもいるけれど、自分がとって代わられるのはいやだ」という気持ちが強ければ、かえって休むことはできない、ということになりそうだからです。チーム内の競争が厳しいプロスポーツの世界では、いかにもありそうな話ですし、企業組織でも似たような話はありそうです(年次有給休暇の取得が進まない理由の一つかもしれません)。後進が育っているのになかなか道を譲ろうとしない経営トップというのも時にはいるようですし。
とりあえずチェンバース氏の場合は旭硝子の社長職に特段の執着はないようなので、「日本の企業なんだし、日本人で社長の務まる人もいるでしょうよ」という発想なのでしょうか。考えてみれば社長の代わりはいても父親の代わりはいない…というか、少なくとも本人はそう信じているでしょうし。
もうひとつ、これだけの経歴の人が53歳で経済界からリタイヤ、というのもやはり「日本人的な感覚」からは考えにくいかもしれません。このあたりは価値観というか人生観の相違もあるでしょうし、経営人材のキャリア形成の違いといったものもあるのでしょう。人生キャリアはもちろん人それぞれでいいわけですから、それこそ人生いろいろということで…私のような一般市民からみればこれまで社長の激務を務めてきた人が、いきなりリタイアしていったい何をして過ごすのだろうか、毎日朝から夜まで家族と過ごすわけにもいかないでしょうし、さぞかし時間を持て余すのではないか…などと思うわけですが、慈善活動なりなんなり、莫大な資産があればそれを活用していろいろとやることはあるのでしょうし、それは余計な心配というものなのでしょう。
実際、30代で起業して10年間で巨万の富を成し、40代後半で引退してフロリダあたりで悠々と暮らすというのがアメリカのサクセスストーリーの一つなのだそうですし、別にわざわざ自分はそうだと言わないだけで、日本でもそういう人もいるでしょう。というか、そもそも資産家の家に生まれ、親から相続した株や不動産を専門家に管理させて、自分は働かなくても優雅な暮らしができるという人もいるでしょう。もっとも、巨額のカネはトラブルを生むこともあるわけで、中にはこんな例も…と負け惜しみを言ってみる(笑)。

 1500平方メートル超の広大な敷地に鬱蒼と木々が生い茂る瀬田さんの自宅。近所に住む40代の女性は「江戸時代から続く大地主で、戦前は池袋辺りまで地続きで土地を持っていた」という。
 地元の不動産関係者らによると、瀬田さんはアパートや土地など約80物件を賃貸。不動産関連の収入だけで生活し、働いた経験はほとんどなかったという。不動産をめぐるトラブルを抱えていたとの証言もある。
 所得税の申告納税額が1000万円を超えた人が公示される「長者番付」(高額納税者公示制度、廃止)には平成に入り2〜6年分と11、14、15年分の8回登場。これらの年には2484万〜1165万円の所得税を納めていた。
 夜はよく地元や池袋で飲んだ。行きつけの飲食店の女性従業員によると、ブランド物のネクタイを締め、内ポケットには30万円程度の現金。釣り銭は受け取らず、羽振りの良さから「会長」と呼ばれた。…
 生活は用心深かったようで、警視庁板橋署捜査本部によると、敷地内には人が出入りする際に反応して音が鳴る赤外線センサーがあった。…敷地内には落ち葉や朽ち木が放置されていたが、「人が踏むと、がさがさ音が鳴って気付くからだ」と説明していた。
 夫婦はなぜ、鈍器と刃物で執拗(しつよう)に襲われ、家に火を付けられたのか。
 精神科医帝塚山学院大の小田晋教授は「放火は現金などを盗んだ痕跡を消し去るためではないか。…残酷な手口は確実に2人を殺害しようとしており、夫婦は犯人のことを知っているかもしれない」と分析している。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090526/crm0905262305041-n1.htm

まあ、高額納税で世のため人のためになっていたことも間違いないのですが、余談ですがこういうのが本当の「ノンワーキング・リッチ」というものだと思うのですが、どんなもんなんでしょうかね?(笑)