取り締まるべきは取り締まりを

野川忍先生(@theophil21)の週末のつぶやきから。

≫ theophil21 野川 忍 (1)刑罰や民事責任を担保としてルールを強制する「ハードロー」より、行政指導などにより自主的なルール形成を促す「ソフトロー」の役割を重視する見解が強い。しかし、労働法制の現状を見ると、膨大な法違反案件のほとんどは、「微妙な事例」では全くなく、あからさまな暴挙である。
5月22日
http://twitter.com/#!/theophil21/status/72173924284235777
≫ theophil21 野川 忍 (2)むき出しの強制過重労働、疑問の余地のない賃金未払い、現実とは思えないほどの労働者へのハラスメント(「死ね!」「殺すぞ!」の怒号も、相手を奴隷としか思っていない物理的暴行も全く珍しくない)を前にすると、それに対抗できる有効な法的手段が何かについては再考が必要であろう。
5月22日
http://twitter.com/#!/theophil21/status/72175490600943616
≫ theophil21 野川 忍 (3)経済団体に訴えたいのは、「日本の労働法制の規制緩和」を訴えることと並行して、業界における「労働者への暴虐」を自主的に排除することである。労基法完全無視のブラック企業を洗い出して、業界として制裁を加えるくらいの毅然とした態度を示せば、規制緩和の主張にも説得力が生まれよう。
5月22日
http://twitter.com/#!/theophil21/status/72176945156202498

例によってツイッターというメディアの制約の大きさゆえの限界はあるわけですが。
さて先日労働政策研究・研修機構(JILPT)から資料を送っていただいた(ありがとうございます)中にhamachan先生ほかによる労働局の紛争処理事案の分析の第二弾(「個別労働関係紛争処理事案の内容分析II」http://www.jil.go.jp/institute/reports/2011/0133.htm)が入っていましたが、ああいうのを見ると野川先生が(1)のごとく慨嘆されるのもむべなるかなという感じです。
(2)も書かれている限りではそうかなと思いますが、しかし「あからさまな暴挙」についてはすでに強行的に禁止されているよなあとも思います。「むき出しの強制過重労働」に関して言えば強制労働は労働基準法5条、過重労働は労働基準法労働安全衛生法などの諸法の諸規定、「疑問の余地のない賃金未払い」は労働基準法第24条や最低賃金法第4条などで多くは刑事罰をもって禁止されていますし、「怒号」や「物理的暴行」に至っては刑法で罰則をもって禁止されています。十分有効かどうかは別として(刑が軽すぎるとの声あり)、「あからさまな暴挙」に対してはすでに対抗可能な法的手段がハードローで規定されているわけですから、「あからさまな暴挙」の存在をもってそうでない部分についてまでソフトローの役割を否定されるのは遺憾に思います。
そうはいっても「あからさまな暴挙」が放置されているではないか、という話に対してはまずは取締や摘発の強化で臨むべきであり、つまりは労働基準監督署や警察の仕事(前述のとおり罰則強化という方法もあるので法律の役割も否定しません)なわけで、まあ民間人の仕事ではないですよねえ。それを経済団体に訴えられても頭を抱えるしかないでしょう。
なおこれはもちろん個別の労働基準監督官や警察官がさぼっているということを言いたいわけではなく、「あからさまな暴挙」を取り締まるに十分なリソーセスが配分できているかというと多分に疑問であり、また労使の力関係からして労働者が通報・告訴に至らないことも多かろうとも思われますので、私としては現場には同情的です。もっとも「あからさまな暴挙」をなす使用者の中にはコワモテの人が多いと想定されるところ、警察官はともかく労働基準監督官はその手の使用者をしっかり監督しているかというとどうかなあ行きやすいところに行ってるんじゃないかなあと想像するわけではありますが、まあリソーセスが不十分な中ではそういう傾向が出てくることはとりあえず自然ではあるかなとも思いますが…。いずれにしても官憲のリソーセスが不足な分は民間が自警団を組んで取り締まれというのは全くありえないことではないにしても限定的に考えるべきではないでしょうか。
野川先生は、経済団体が規制緩和を主張しても「業界における「労働者への暴虐」を自主的に排除」「労基法完全無視のブラック企業を洗い出して、業界として制裁を加える」といったことが行われていない以上は説得力がないと指摘されるわけですが、当然ながら法令遵守や労使関係の安定、人事管理の高度化は企業経営上も重要なポイントですし、経済団体としてもその促進に取り組んでいるところでしょう(これは野川先生も否定されないものと思います)。しかしもともと「あからさまな暴挙」をなす企業は経済団体なんか入ってないことも多いわけですし、「制裁」といわれてもせいぜい経済団体から除名するとか、あとはやれても取引を打ち切ったりするくらいのことにとどまります。除名では問題の解決になりませんし、取引打ち切りはかえって一段のブラック化につながったり倒産・失業に結びついたりしかねないわけですから、やはり公的な摘発と処分によるべきものではないでしょうか。
ということで、労働法規においてハードローで対応すべき分野があるということ、そうした分野ですら法違反の事例が多数あることについては同意するのですが、しかしそれがただちにソフトローの役割を後退させるべきであるとか、経済団体による規制緩和の主張の説得力を削ぐとかいう主張の根拠にはならないでしょう。「あからさまな暴挙」についてはしっかり規制し、取り締まり、処罰する一方で、労使間のコミュニケーションで適切なガバナンスがはかられている企業においては、労使の合意によって規制を緩和・解除・除外することを認めたり、政策目標に向けての労使の努力を促すソフトローを活用したりすることがむしろ望ましいのではないでしょうか。