規制改革・民間開放推進会議の意見書

日曜日の日経新聞でも、労働条件分科会の空転が取り上げられていました。いやはや、こうしたゴタゴタはマスコミには面白いようで。その関連記事として紹介されていましたが、規制改革・民間開放推進会議が、21日に労働契約法についての意見を発表したそうです。

 規制改革・民間開放推進会議(議長、宮内義彦オリックス会長)は、労働政策審議会が審議中の労働ルール改革に関する意見書をまとめた。厚生労働省の議論の進め方に苦言を呈するとともに働き方の多様化など労働市場の変化に対応した柔軟な仕組み作りを急ぐよう促している。
(平成18年7月23日付日本経済新聞から、以下同じ)

意見書の全文はhttp://www.kisei-kaikaku.go.jp/publication/2006/0721/item060721.pdfに掲載されています。やはり論点は非常に多く、なかには厚労省とは逆方向にいささか悪乗り気味の主張もみられますが、日経新聞が見出しにしている「杓子定規の法整備やめて」というのにはまったく同感です。


さて記事に沿って意見書のポイントを見ていきますと、いきなり記事はこういいます。

 ホワイトカラー社員が働く時間を自由に設定できる制度に関しては、厚労省案が適用する労働者の範囲をあいまいにしている点を問題視。「制度を作っても要件が厳格すぎると利用されない」として、部長や副部長クラスにとどまらず課長や課長代理級も対象にすべきだとした。長時間労働の懸念については健康管理の観点から対応するよう求めている。

となっています。これはどうやら「自律的働き方にふさわしい制度の創設」と「管理監督者の範囲の明確化」をいっしょくたにして記事にしたもののようで、報告書は前者について「新たな制度を創設したとしても、要件を厳格に規定するあまり、それが利用されない(利用できない)というのでは意味がない。」としており、後者について「一般に管理の地位にある者(管理者)とは課長以上の者をいい、監督の地位にある者とは係長、班長、組長等をいうのであって、部長クラス以上の者を念頭に置いた…管理監督者に関する解釈は、狭きに失するといわざるを得ない。厚生労働省が先に実施したアンケート調査(対象は裁量労働制の導入事業場)においても、管理監督者の職位としては、これを課長クラスとしたものが63.5%と最も多く、課長代理クラスを含めれば70%を超えるものとなっている」と述べ、「仮に管理監督者の基本的要件を法律上定めるとしても、以上に述べた実態等を踏まえることは当然必要であり、その範囲が従前の解釈にとらわれることなく、より実務の現状に即したものとなるよう要件の明確化が図られるべきである。」としています。
まあ、規制改革・民間開放推進会議の立場からすれば、現状の実態を超えた規制強化はすべきではないという主張にならざるを得ないでしょうから、こうした見解になるのでしょう。一方の極論として理解すべきものだろうと思います。実際には、社員の大半が管理監督者とか、明らかに問題があると思われる実態があることも事実なので、現状をすべて追認せよとの主張は実務的にはいささか無理があるとの印象は禁じ得ません。
いっぽうで、たしかに高度な専門性と創造性を発揮する仕事についてはいるものの、たまたま裁量労働制の適用範囲に入るかどうかがグレーなため、部下が一人もいないだけではなく、仕事を手伝ってくれるスタッフもおらず、権限も予算も持っていない、ボールペン一本買うにも上司の決裁が必要といった、どう考えても「管理監督者」とは言えそうにない人まで、労働時間の規制を適用除外するには『「管理監督者」として』やるしかない、というのはいかにも不自然です。このあたりは法制度としてきちんと整理していく必要があると思います。
そういう意味で、報告書が「確かに、アメリカでは、週40時間を超える場合における割増率が5割と日本のそれを上回っているが、一方では全労働者の約40%がこうした規制の適用を除外されているという事実にも目を向ける必要がある。したがって、割増賃金の引上げを図る場合には、一方で適用除外の範囲を大幅に拡大することが必要になるものと考える。」と主張しているのは、理屈として厳密にどうかという問題は別として、実務的にはなかなか有力と思います。賃金を時間割計算するのが適当な人については、それなりの割増賃金を支払い、そうでない人は適用除外するというのは実務的にはわかりやすい考え方です。誰を適用除外するかは、対等性を確保したうえで労使自治で決めることを原則に、契約法制らしく個別同意を求めるとか、一定の最低年収要件(米国水準とまではいわないものの、そこそこの専門性を持つホワイトカラーであることは担保できる程度の水準)を設けてもいいでしょう。求人求職がそれを前提に行われるようになれば、徐々に適当な賃金水準などの相場観ができてくるように思います。短期的には、時間管理すべき人まで適当な肩書をつけて適用除外にして、そういう人も含めて長時間残業をさせているような中小企業(中小に限らないでしょうが)には打撃かもしれませんが、しかしそれは改められるべき実態と考えるべきではないでしょうか。

 厚労省案は労使紛争を未然に防ぐため、労働条件の基本ルールを「労働契約法」という新法で明文化することを提唱。その中で試用期間中の解雇について30日以上前の予告を義務付けるなど解雇権の乱用を正社員並みに制限する考えを示しているが、意見書は「企業が採用しやすい環境をつくるため採用後の一定期間は解雇規制の適用を除外する」のも一案とし、「杓子定規の法制はかえって紛争の増大をもたらす」と指摘している。

すでに現実にはトライアル雇用とか紹介予定派遣とかがあるわけで、一定の上限(実務実態からは半年でしょうか)を設けて、除外はしないまでも、規制をゆるやかにすることはあってもいいように思います。なお、意見書は労働契約法については否定しているわけではなく、「労働契約法制及び労働時間法制の検討に当たっては、…その内容が労使自治を尊重したものでなければならないことはいうまでもない。また、労働契約法制については、あくまでも民法の特別法としてこれを位置付けるべきであり、そうである以上、その内容は任意規定を主とするものでなければならないと考える。労働契約法も契約法である以上、契約当事者の意思を尊重し、当事者自治を本旨とすべきことは当然である。」との正論を述べていることには注目すべきでしょう。

 残業代の割増率の引き上げでは「引き上げになれば企業が割増賃金の算定基準になる賃金そのものを低く抑える」とし、それを埋めるため社員の残業時間がかえって増える可能性があるとした。

これはこのブログでも以前から指摘していることです。現実に労働する労働者に対して、長時間労働インセンティブを増やすことがなぜ長時間労働対策になるのか、一度納得のいく説明を聞いてみたいものです。

 非正規社員の待遇について厚労省案は「一定期間・回数を超えて契約を継続した非正規社員に対し、企業は優先的に正社員に登用する機会を与えなければならない」としている。これにも意見書は「使用者が契約を更新しないことなどが予想され、雇用がかえって不安定になる」と批判した。

これもまったくそのとおりで、やはりここでも以前から指摘しています。非正規雇用を規制すればするほど、あるいは正規雇用の方向に誘導(試用期間の解雇規制も同類)しようとすればするほど、どんどん不安定雇用が増える、不安定の程度が増すということは実務家であれば自明なことなのですが。それ以前の問題として、「正社員だけが良い働き方、それ以外は悪い働き方」という石頭はなんとかならないものでしょうか。
意見書にはほかにも論点が多々ありますが、長くなってきましたので、記事で紹介されていない部分はまたの機会(あれば)にしたいと思います。全体的にはもっともな内容が多い意見書だと思いますので、今後の議論がよりよい方向に向かうきっかけになってくれればいいと思います(まあ、規制改革・民間開放推進会議の性格上、なかなかそうはならないかもしれませんが)。