たまには労働運動の話題でも。いわゆる「JR不採用問題」について、1人平均約2,200万円の和解金が支払われることで決着がはかられる方向となったとのことです。asahi.comが比較的詳しく報じていますので、引用します。
国鉄分割・民営化に反対した国鉄労働組合(国労)の組合員ら1047人のJR不採用問題で、政府と与党3党と公明党は8日、1人平均約2200万円の和解金を支払うことで合意した。4党が9日午前、組合員側に提示する。
与党関係者が明らかにした。組合員側は正式な提示を受けた後、対応を協議するが、受け入れるとの見方が強まっている。合意できれば、所属組合による「採用差別」が問われた問題が、23年ぶりに解決に向かう。
4党は和解金を約2400万円とする解決案を3月18日に政府に提出。その際、前原誠司国土交通相は「かなり現実的な額を提示され、その根拠も示された」と前向きな姿勢を示していた。だが、政府側から異論が出て、200万円減額される見通しとなった。
この問題では、1047人を解雇した国鉄清算事業団の業務を引き継いだ独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」を相手に、組合員側が損害賠償などを求めて訴訟を続けている。組合員たちは当初、職場復帰を強く求めたが、23年の間に60〜70代に達した人も増え、組合員側は「人道的救済」としての政治解決を模索。政権交代を「最大で最後のチャンス」(国労幹部)ととらえ、与党関係者への働きかけを強めていた。
4党の解決案は、遺族を含めて1人平均2406万5千円の和解金を910世帯に支払うもので、総額は218億9900万円。昨年の東京高裁判決では、慰謝料として550万円が示され、23年分の金利を加えると1182万5千円。それと、分割民営化時の離職者への就職支援金から算出した救済金1224万円を合計したものだ。
しかし、政府側は2400万円という金額が、高裁判決をはるかに上回り、他の訴訟の和解金額との比較などから「そのままでは国民の理解を得にくい」と判断し、減額を決めたとみられる。
和解金などは、旧国鉄職員の年金支払いなどに充てられている支援機構の特別会計「特例業務勘定」から支出する。同勘定には1兆3千億円を超える利益剰余金がある。
4党案は雇用について、JR北海道、九州を中心に200人程度の採用を要請するとしていた。しかし、JR各社は「法的に解決済みの問題」などとして採用拒否の姿勢を変えていない。
和解金について国労幹部は8日夜、「提示を受けた後、関係団体が集まって協議し、対応を決めたい」と述べた。
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〈JR不採用問題〉 中曽根内閣が行革路線の核として進めた1987年4月の国鉄分割・民営化で、JRに採用されず、国鉄清算事業団に残って職場への復帰を求め続けた1047人が90年4月に解雇された。国鉄労働組合(国労)などは地方労働委員会に救済を申し立て、各地労委は87年にさかのぼる採用などをJR側に命令。中央労働委員会も北海道や九州の事件で(1)一部は不当労働行為が成立し、責任はJRにある(2)「相当数」を3年以内に就労させる、などとする救済命令を出した。しかし、03年の最高裁判決はJR側の使用者責任を否定。自民党などによる政治決着も失敗し、組合員側は事業団の業務を引き継いだ鉄道建設・運輸施設整備支援機構を相手に、損害賠償などを求める訴訟を続けてきた。http://www.asahi.com/politics/update/0408/TKY201004080571.html
この事件はかなり入り組んだもので、あらためてウラを取ったわけではないので私の勘違いなどもあるかもしれませんが、記事の解説にもあるように、国鉄清算事業団による解雇とJR各社の不採用については最高裁でも有効とされ、法的には決着がついています。ただ、その中でも「旧国鉄は不当労働行為を行ったが、JR各社にその責任を負わせることはできない」とされていたため、この不当労働行為に対する損害賠償などを求める訴訟が継続しているわけです。
当時の状況には不明なことも多いのですが、組合云々を別にして数字だけで追いかけると、約28万人の旧国鉄職員のうちJRに採用されたのが約21万人、あとは税関などの公務員や国鉄関連企業、取引先企業などへの在籍・転籍出向や希望退職となったと記憶しています。もっとも、希望退職とは言っても昨今のそれとは異なり、旧国鉄は希望退職者にも再就職のあっせんを行い、半数以上がそれで再就職しています。民営化会社発足時に国鉄清算事業団で行き先が決まっていない人は数千人にまで減っていたはずで、しかもその後にもその大半は事業団のあっせんで再就職先を決めており、民営化後3年の1990年3月までそれをも拒み続けた1,047人がついに解雇された、という経緯だったと思います。千人といえば大きな人数ですが、しかしJRに採用されなかった人が約7万人いることを考えればかなりの少数派であり、大多数は円満に退職、再就職していったわけです。
その1,047人の内訳をみると、北海道と九州で1,000人を超えており、大半は最後まで地元就職(さらには地元JRでの採用)にこだわり、本州での再就職を拒んだ人たちだと思われます。実際、JRの本州3社(東日本・東海・西日本)の採用枠は最終的に充足しなかったといいます。もっとも、それ以前から3島から本州への異動は相当行われていたようなので、移動しにくい人が残っていたという事情はあるのかもしれません。
ということで、JR各社にしてみれば、組合どうこうにかかわらず、ここまで手を尽くしたのにすべて拒んで解雇されることを選んだのは、訴訟に打って出ることを予定しての意図的な選択なのだろうと考えた(JRとしては不当労働行為も解雇も与りという建前でしょうから)としても無理からぬ感はあります。もちろん、組合員としてみれば、自分たちは組合員であるがゆえに新会社採用や再就職のプロセスから排除され続け、受け入れられない再就職先ばかりを提示されて最終的に解雇に追い込まれた、ということになるのでしょう。
そこで慰謝料の550万円ですが、この金額の評価は難しく、私にはよくわかりません。解雇事件では慰謝料300万円というのが「相場」らしいことを考えれば、それなりに妥当な水準ということになるのでしょうか。
ただ、この判決も解雇は有効としましたので、バックペイの支払いは命じていません。したがって、そのままでは原告にとっては人生の中で23年を費やした結果が550万円の慰謝料のみということになってしまいます。まあ理屈で考えればそれで仕方ないと受け入れるしかないだろう、ということになるのでしょうが、そうは言っても現に不当労働行為はあったとされているのだし、23年を500万円で棒に振った形となるのは情においてあまりに忍びないというのもよくわかる話です。とりわけ労働組合を主要な支持基盤とする民主党・社民党および現政権としてはなんとかより高い水準での救済を行いたいと考えるのも自然なことで、なんとか理屈のつく形での上積みをはかったというところでしょうか。
そこで、まずは慰謝料550万円に23年分の法定金利(年5%単利)を乗せて1,182.5万円ということのようで、これは複利だと3.5%程度相当ですから実勢をかけ離れているようにみえるわけではありますが、法定は法定ですからこれでいいのでしょう。もっとも、23年間フルに乗せるのがいいかどうかは微妙で、たしか高裁判決では解雇となった平成2年から起算されていたような記憶があるのですが…手元に判決文がないのでわかりません。私の勘違いかもしれません。まあ、理屈のある範囲内でなるべく多く、という意図なのかもしれません。
さらに、そこへの加算として「分割民営化時の離職者への就職支援金」が登場するわけですが、これが具体的に何なのかはよくわかりません。想像するに、民営化時にはかなりの規模の希望退職があり、割増退職金も支払われていたと記憶しますが、それを指すのでしょうか。これが1,224万円ということで、慰謝料と同様に法定金利23年分で割り戻すと約570万円となります。1987年当時の月給が25万円(国鉄は薄給で有名だったはずですが)とすれば、570万円は約23か月分で、希望退職の割増退職金としては結構な水準でしょう。ここ十数年は超低金利が続いていることを考えれば、実勢で割り戻せばもっと高い水準になるように思われます。
いずれにしても、それなりに根拠がありそうな数字の積み上げでなるべく大きな数字にしようという計算ですから、当然ながら記事にもあるように「高裁判決(利息が平成2年からだとすれば1,100万円)をはるかに上回り、他の訴訟の和解金額(不当解雇の相場は300万円)との比較などから」高すぎる、との批判が出てくるのも一方では避けがたいわけで、そこに政府が若干の減額を行うことで「減らしたのだから」ということで理解を求めたい、ということでしょうか。増やしたり減らしたりと忙しいことですが、まあ明確な理屈のない話なので「姿勢」を示すには必要な手続きなのでしょう。
ちなみに記事にはありませんが、与党・公明党が求めていた「不採用者が設立した18の事業体への助成金10億円」も政府案では見送られました。これは減額姿勢もさることながら、実態の明確でない事業体に対する助成という方法があまりに不透明過ぎて理解を得られないという判断もあったのかもしれません。
さて、この金額が高いのか低いのか妥当なのか、私にはなかなか判断できません。23年もの間法廷闘争に身を投じた原告の心情を思えばなおさらです。労働運動にシンパシーのある人からみれば、そもそも不当労働行為なのだから解雇が無効であり、今からでも職場復帰(?)させてバックペイも支払え(これは1人あたりで億単位の「桁違い」の金額になるでしょう)、ということになるのかもしれませんし、分割民営化と経営再建を進めたJRの使用者・労担にしてみれば「決着済の話で、独法が払うならご自由に」くらいのところかもしれません。
もっとも、金額の多寡はそれほど重要ではない、という考え方もあるのかもしれません。原告にとっては、解決金を受け取っての和解は当然「勝利和解」ということになるのでしょうが、しかし本当の意味での勝利は、記事にも「当初、職場復帰を強く求めた」とあるように、「職場復帰」なのだろうと思われるからです。記事によれば、「4党案は雇用について、JR北海道、九州を中心に200人程度の採用を要請するとしていた。しかし、JR各社は「法的に解決済みの問題」などとして採用拒否の姿勢を変えていない」とのことで、他の報道(毎日新聞)によれば「政府側は要請の主体になることに難色を示しており、9日に協議する」ということになっているそうです。23年も経過すれば当然ながら原告も高齢化するわけで、原告1,047人に対して「200人程度の採用を要請」に止まっているのは、各社の定年規定などから、現実に採用を要請しうる人がこの人数にとどまっているからでしょう。JR各社にしてみれば、しょせん定年までの短期間であれば、200人を雇用して「花を持たせる」ことにしてもそれほど大きなコストではないでしょうが、「不当労働行為も解雇もJRとしては与り知らぬことであり、法廷で決着はついている」という筋を通すという意味でも再雇用に応じる可能性は限りなく小さそうです。だからこそ政府も尻込みしているのでしょう。
組合としてみれば、労委に救済を申し立てた当時はそれなりに「勝算」があり、ある程度は覚悟していたとしてもここまで長期化するとは思わなかったのかもしれません。いっぽうで、JRサイドとしてみれば、長期化すればするほど原告の高齢化が進んで現実問題として有利になるわけです。実際、中労委の決定取り消しが最終的に最高裁で決着したのが2003年末ですから、すでに解雇から13年を経ており、仮に最高裁が中労委を支持して敗訴となったとしても、バックペイはともかくとしても採用しなければならない人数は(定年などにより)大幅に減少し、その期間も短くなっていたわけです。もちろん、訴訟の長期化はどちらにとってもコストの増大であって歓迎できないでしょうし、経営サイドが裁判を引き伸ばしたということもない(実際、裁判所ではJR各社の勝訴が続き、JR各社はいつでもやめていい状態でした)でしょうが、それにしてもこのあたり、特に大企業相手の労働事件では長期化すればするほどどうしても体力のある経営サイドに有利になる傾向は否めないようです。とりわけ不当労働行為事件は労委と裁判所の合計「五審制」と言われており、長期化しがちな傾向があります。裁判の期間短縮が強く望まれるゆえんであり、それゆえに労働審判制も導入されたわけですが、それにしてもこれほどの事件となると労働審判だけではおさまらないでしょう。
すでにかなりの長期が経過していることもあり、早期の解決が望まれることは言うまでもありません。あれこれを考え合わせれば、特段の根拠があるわけではありませんが、ある程度まとまった金員による金銭解決がはかられることは妥当ではないでしょうか。とりわけ、今回はおそらく職場復帰は実現しないでしょうから、それを思えば一人平均2,200万円という金額も納得いかないほど高いということもないように思われます。
この事件は旧国鉄が公社であり、その民営化が国策として政府の関与のもとに行われたということで、かなり特殊なものであるといえそうです。とはいえ、近年でも社会保険庁の解体にともない、あえて分限免職されて訴訟に打って出ようとしている職員もいるという話もあるくらいで、決して古い話ではありません。社保庁については国鉄民営化とはまた事情の異なる部分も多いのでしょうが、ひとつの前例として考慮に入れる価値はあるように思われます。