お蔵出し

日記がたまってしまってどうしようもないので、昔書いたエッセイをお蔵出ししてつないでおきます。まずは、「労政時報」第3666号、平成17年11月15日号に掲載されたエッセイです。「人口減少時代の人事戦略を考える」という特集の中で、「人事戦略」を担当しました。以下転載です。



 人口減少社会の到来が人事戦略に与える影響はさまざまなものが想定されるが、もっとも重要なキーワードはおそらく「多様化」だろう。
 人口減少社会は労働力減少社会であり、そのなかで企業が必要な人員を確保するためには、現在まだ十分に生かされてされていない労働力、すなわち女性や高齢者の活躍の場を一層拡大する必要がある、といわれている。それでも不足ならば、外国人の力を借りるべきだとの意見もある。いずれにしても、これまで以上に多様な人が企業で働くことになる。
 また、多様な人々が働くということは、多様な働き方が出現するということでもある。働く人の意識の変化もそれを後押しする。男女を問わず、家事や育児、介護といった家庭的事情をはじめ、健康面・体力面の事情、あるいは働きながら学びたいといったニーズなど、働く人それぞれの価値観に応じた、ワーク・ライフ・バランスに配慮した多様な働き方が拡大するだろう。
 実際、すでにこうした傾向はかなり進んでいる。今後は量的な拡大よりは質的な拡大、すなわち従来は「長期雇用・男性・青壮年・フルタイム」の正社員がもっぱら担ってきた基幹的業務にも、働く人と働き方の多様性が拡大していくという方向かもしれない。
 これはもちろん、人事管理にも大きな影響を与えるだろう。まずは、多様な働き方のニーズにこたえるために、労働時間や勤務場所、あるいは仕事の内容・拘束性などの面で、さまざまな働き方の選択肢を準備する必要がある。雇用管理区分や労働時間制度などを、企業経営と働く人のニーズに応じてうまく組み合わせ、必要に応じて働き方を変更できる柔軟なものとしていくことが求められるだろう。それにあわせて、賃金などの処遇についても整合性ある制度が整備されなければなるまい。
 それ以上に重要なのが、職場におけるマネジメントだろう。労働時間や勤務場所が人によりさまざまな職場では、全員が同じ時間帯に同じ場所で働く職場に比べれば、コミュニケーションの困難は当然ながら大きい。フレックスタイム制の導入がコミュニケーションの悪化に結びついた事例はいくつもある。今後、基幹的な業務が時間的にも場所的にもさらに多様な働き方の人々によって担われるようになると、この問題はきわめて重大なものとなるだろう。幸いにして、急速に進歩する情報通信技術が、こうした職場での情報伝達、情報共有におおいに有効なツールとなりつつある。それに加えて、役割分担や指示・命令の明確化などといった仕事の進め方の改善、さらには面着でのコミュニケーション機会の確保と、本音を引き出す人間関係づくりといった、マネージャーの人間的能力の向上・発揮も求められよう。現場のマネージャーがこうした日常の職場運営をやりやすくするための支援が、これまで以上に人事部門の重要な役割となる。
 苦情処理の重要性も論を待たないだろう。多様化が進むなかで、「賃金などの処遇についても整合性ある制度」とことばでは言っても、すべての人が納得いくような明確で客観的な制度などは望むべくもなく、個別の苦情の発生は避けがたい。であれば、それに対してきちんと説明を行い、場合によってはアピールの機会を付与するなどして、納得を得られるような苦情処理のしくみをつくるほうが現実的だろう。労使が参加するフォーマルな苦情処理制度ももちろん大切だが、それ以外にもさまざまな窓口を設け、苦情があれば相談しやすいところに相談できるような体制をとることが重要ではないか。必要に応じ、外部の専門家を活用することも考えられよう。もちろん、処遇への納得を得て、苦情の発生を防ぐためには、前述した職場でのコミュニケーションの充実が大切であることは言うまでもない。
 さて、こうした「多様性」への取り組みは、人口減少社会において人材を確保していくために必要不可欠なものとなるだろうが、そこでの「戦略」的なポイントとして、ここでは2点指摘したい。
 まず第一のポイントは、「多様性」をコストではなく、価値を生むものとして戦略的に捉えることだ。ここまでを読まれて、いかに労働力減少時代に人材を確保するためとはいえ、多様性とはなんと手間とカネのかかるものだろうかと思われた人も多いだろう。とはいえ、いずれにしても多様性に取り組まなければならないとしたら、それを有意義に生かすことを考えたほうがいい。もちろん、多様性には人材確保だけでなく、生活と調和した働きやすい働き方を提供することで、意欲や士気を高め、生産性を向上する効果も期待できる。しかし、それだけではない。
 「人種差別」を根深い社会問題として抱える米国では、あらゆる差別をなくすという観点から、すでに多様性への取り組みが進んでおり、多くの優良企業では「Valuing Diversity」という考え方が経営理念とされている。多様性を差別防止のためのコストと考えるのではなく、多様な人々がともに働くことで、さまざまな先入観をとりはらい、自由で独創的な発想を生み出す「価値」と考えようというものだ。その効果を数字ではかることは難しいが、これからの時代、わが国でも会社人間ばかりの組織ではうまくいかないのではないか、という直観は多くの人事担当者の共有するところではないだろうか。会社以外の生活を充実させることで視野を広げ、人脈と情報を増やした人のほうが、創造的な成果を期待できるのではなかろうか。
 第二のポイントは、「多様性」のなかにあっても、長期雇用で会社の業績に強くコミットする、いわゆる「正社員」的な働き方は、今後とも重要だ、ということだ。企業の競争力を左右するようなコアな技術、ノウハウなどの中には、企業内で長期間をかけて育成しなければ形成できないものも多いし、そうした人材育成力こそが競争力の本質だという説もある。たしかに、多様な働き方の人々が基幹的業務を担うようになれば、「正社員」「非正社員」といった画一的な名称はすたれていくだろうが、それを「正社員的な働き方」まですたれると勘違いすると大変なことになる。「会社人間」だって「多様性」のひとつとして存在していいし、必要な場面もあるだろうから、それもうまく生かしていくのが、多様性の人材戦略ではないかと思う。
 日本企業でも、多様性を重視する例が増えているようだ。労働力減少社会を先取りした取り組みが望まれるのではあるまいか。