現場からみた労働政策(8)派遣規制ふたたび

労基旬報誌に掲載したエッセイを転載します。


 さる10月7日、厚生労働大臣から労働政策審議会に対して今後の労働者派遣制度のあり方について諮問がありました。政権交代後初の諮問で、議論の行方が注目されるところです。
 その文面をみると「…貴会における調査審議を経て、昨年11月4日に「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案」を国会に提出したところであるが、同法案は、本年7月21日、衆議院の解散に伴い廃案となったところである。…上記の法律案において措置することとしていた事項のほか、製造業務への派遣や登録型派遣の今後の在り方、違法派遣の場合の派遣先との雇用契約の成立促進等、派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進のために追加的に措置すべき事項についても検討を行い、改めて法律案を提出する必要が生じている」とされています。普通に読めば、廃案となった法案についてはそのまま踏襲しつつ、さらにここで列挙されたような内容についても追加した法案が必要だ、ということではないかと思われます。
 しかし、この「廃案となった法案」には、日雇い派遣の原則禁止やインハウス派遣の規制強化などあまり適切でない内容も含まれていましたので、これをそのまま踏襲することには疑問があります。さらに、「追加的に措置すべき事項」に関しても、いろいろと論点がありそうです。「廃案となった法案」については本紙1406号(4月5日号)の本欄ですでにご紹介していますので、今回は「追加的に措置すべき事項」について考えてみたいと思います。
 さて、諮問の文面では「製造業務への派遣や登録型派遣の今後の在り方、違法派遣の場合の派遣先との雇用契約の成立促進」と書かれていますが、その具体的な内容については、昨年、現在の与党が野党時代に提出した労働者派遣法改正法案の内容が参考になるでしょう。
 それをみると、まず「製造業務の派遣」については、政令で定める専門業務等を除き製造業派遣を禁止することが考えられているようです。これは、昨年秋以降に製造業各社の売上が急速に悪化し、製造現場の仕事が激減したことを受けて、そこに派遣されていた派遣労働者が多数雇止めとなったり、「派遣切り」にあったりしたことが背景にあるのでしょう。
 とはいえ、今回は製造業で大きな雇用調整がありましたが、次の不況では別の業界がそうした状況に追い込まれる可能性もあります。製造業だけを規制するのであれば、他業種に較べて特に製造業で大きな雇用調整が起きやすいということを検証する必要があるでしょう。また、製造業派遣を禁止しても、結果的にはそれが有期契約の直接雇用に置き換わるだけに終わる可能性もあります。この場合、直接雇用化は進むにしても、雇用の安定という面ではほとんど効果はないことに留意する必要があります。4月5日号で書いたとおり派遣の規制強化は企業にとっても派遣労働者にとっても一定の弊害をともなう可能性が高く、その比較衡量は慎重に検討すべきでしょう。
 「登録型派遣の今後の在り方」については、26専門業務等以外は常用雇用のみとするとのことで、登録型派遣を原則禁止する方向性が示されています。
 これは仕事のない時には働けず、賃金も支払われない登録型を禁止することで派遣労働者の雇用・賃金を安定させたいという趣旨だろうと思います。ただ、登録型には派遣労働者にとってメリットもあることには気をつけなければいけないでしょう。常用雇用となれば、派遣業者は当然派遣労働者稼働率を高めることを意図するはずで、派遣労働者の気が進まない派遣先であっても、そこでの就労を命じることが多くなるでしょう。登録型であれば、派遣労働者は職種や仕事の内容、勤務場所、労働時間、賃金などをみて就労するかしないかを自由に決められますが、常用型ではそのような自由な選択はできなくなります。それを考えれば、登録型を好む派遣労働者も少なくないのではないでしょうか。
 いっぽう、派遣業者としてみれば、登録型であっても派遣先での評価が高く、常に仕事が確保でき、高い派遣料金を得られるような派遣労働者については、自社(派遣会社)の正社員として人材確保したいと考えるのが自然でしょう。つまり、派遣労働者として能力が高く、高度な力量を持つ人ほど常用雇用化しやすいわけで、逆にいえば能力を高め、専門性を向上することが派遣労働者の雇用や処遇の改善につながるというのが正論でしょう。専門能力の高い人は登録型でもいいが、そうでない人は常用に限るという方向性は、その正反対を行くものといえそうで、筋道の立った政策とはいえそうにありません。もちろん、常用化促進そのものは派遣業者による教育訓練やキャリア開発のインセンティブを高めるという意味でも好ましいので、基本的には正しい方向だと思いますが、一律に登録型を禁止するという方法には問題が大きいように思われます。
 もうひとつ、「違法派遣の場合の派遣先との雇用契約の成立促進」に関しては、直接雇用みなし規定の導入が念頭におかれているようです。禁止業務で派遣労働者を受け入れた場合、無許可、無届と知りながら受け入れた場合、期間制限を超えて受け入れた場合、あるいは登録型の原則禁止を前提に、禁止された登録型の派遣労働者を受け入れた場合など、違法行為があった場合には、派遣労働者と派遣元との労働契約は、派遣先とのものに移行するというものです。特に、期間制限を超えた場合については、派遣先との雇用契約を期間の定めのないものに変更できるとすることも考えられているようです。
 これについては、派遣労働者が必ずしも派遣先との直接雇用を望まない可能性もあるわけですので、労働者本人が選択可能とすべきでしょう。派遣元との労働契約が派遣先とのものに移行するというのは、その他の内容等は変更ないということで、これにともなって賃金の低下などが起きないという配慮でしょうが、契約の当事者が変更されているにもかかわらず、労働契約の内容の変更を認めないことには疑問があります。
 また、期間制限を超えた場合には雇用契約を期間の定めのないものに変更できるとするのは大問題でしょう。これに関してはすでに民法629条の解釈をめぐって学説の対立があり、裁判例も分かれていて定説のない状況にあります。派遣労働の実態を考えれば、仮に期間制限を超えた場合に派遣先での直接雇用とみなすにしても、その契約期間は前の派遣元との契約と同様とするのが妥当だろうと考えられます。実務的には、派遣労働者が意図的に期間制限を超えて就労が継続しているがごとき状況を作り上げ、期間の定めのない直接雇用への変更を主張するといった紛争が多発することも心配せざるを得ません。
 廃案となった法案でもそうでしたが、どうも今回の派遣法改正の議論では「日雇い派遣が批判されている。だから禁止する」「製造業派遣で雇用が激減した。だから禁止する」といった場当たり的な近視眼的発想が目立つような気がしてなりません。しかし、こうした施策はかえって労働市場のマッチング機能を低下させて失業を増やしたり、企業が派遣労働者の受け入れを控えることで派遣労働者の雇用機会が縮小したりといった弊害ばかりを招くことになるのではないかと心配されます。
 もちろん、現状をみれば派遣労働者の雇用や処遇を安定、改善していくための政策的支援は必要だろうと思います。ただ、それはやはり能力の向上、キャリアの伸長を通じて実現するのが正しい方法ではないでしょうか。労働政策審議会においては、与党の政策的思惑にとらわれず、公労使がそれぞれ知恵を出し合って適切な答申がなされることを期待したいと思います。