製造派遣禁止ふたたび

きのうに続きまたしても派遣ネタで、今度は製造派遣禁止を復活させようという話です。きのうの日経から。

 舛添要一厚生労働相は五日午前の閣議後の記者会見で、労働者派遣法に関連して「個人的には製造業にまで派遣労働を適用するのはいかがなものか」と述べ、将来的に製造業への派遣労働の見直しを検討する考えを示した。
 製造業への派遣は同法改正で二〇〇四年に解禁された。政府は国会で継続審議となっている労働者派遣法改正案に日雇い派遣の原則禁止を盛り込んでいるが、製造業に対する派遣の規制は含まれていない。
 厚労相は国会提出済みの改正案について、早期成立を目指す考えを示したうえで「各党の意見もいただいて、もっといい形で修正できるなら柔軟に修正すればいい」と指摘。製造業の派遣労働の禁止なども将来的な検討課題になるとの認識を示した。
(平成21年1月6日付日本経済新聞朝刊から)

製造業で派遣の雇い止めが相次いでいる。であれば、製造業への派遣を禁止すれば派遣の雇い止めもなくなる。これはまことにそのとおりでありましょう。実際問題として、いま派遣の雇い止めを行っている製造業者は仕事がないから雇い止めをしているのであって、当分は新たに派遣を受けるニーズもないでしょうから、とりあえず禁止されても即座には困らないかもしれません。困るとしたら景気が回復して増産に移るときで、おそらくその時にはまず有期雇用の契約社員で増員を進めることでしょう。そして、また雇用調整局面を迎えると、今度は派遣の雇い止めはたしかに起こらないでしょうが、契約社員の雇い止めは起こるに違いありません。
派遣は、必要な人員を迅速に集められることが企業にとって契約社員にないメリットとなっています(雇用調整をする場合には、派遣・契約社員とも契約満了にともなう雇い止めになりますので同じことですが)。現状でも、いまからわざわざ職安に求人を出したり、新聞に求人広告を載せたりして1ヶ月もかけて採用するくらいなら残業や休日出勤で対応するけれど、1週間で必要人数が揃うなら派遣を受け入れよう、というニーズはおそらくあるでしょう。その最たるものが日雇派遣になるわけですが、いま「派遣村」に集まってくるような人の中には、派遣でいい、日雇派遣でもいいから働きたい、という人も多いはずです。それにもかかわらず、日雇派遣を禁止する法律案を国会に提出し、さらには製造派遣まで禁止しようというのは、現時点においてはまさに「逆噴射」であり、雇用政策の責任者の発言とは思えません(中期的にみても日雇派遣・製造派遣の禁止は好ましい政策ではないと考えますが、これまで何度か書いているのでここでは繰り返しません)。
たしかに、製造派遣は正社員に較べると雇用は不安定ですし、技能の蓄積やキャリア形成の道筋が必ずしもはっきりしないといった問題点もあります。とはいえ、派遣を禁止すれば派遣がすべて正社員になるかというと、当然そういうわけではなく、派遣労働のような柔軟な雇用形態に対する労使双方のニーズがある以上は、それはたとえば有期契約のような類似形態に置き換わっていくだけのことです。
それでは、一般論として非正規雇用をすべて原則禁止にしてしまえばどうか。そうすれば原則すべて正社員になるかというと、残念ながらそうはならず、現実に起こるのは原則すべて非正社員になる、ということでしょう。
これまた繰り返し書いてきたことですが、いわゆる「正社員」は、法律や行政の世界では「期間の定めのない雇用」とされているようですが、人事管理の実務においては「定年までの長期の有期雇用」と考えたほうが実態にあっているでしょう。企業は、原則として定年までの雇用確保(出向・転籍を含む)を約束して、「企業ニーズに応じた配置転換・職種変更と、必要な能力の獲得・向上」「時間外労働・休日出勤への対応」「生産性向上への取り組み、部下・後進の育成」といった貢献を期待しているわけです。前2者は企業の業績向上に加え、長期雇用を維持するためにも必要になりますし、また、生産性向上への協力や後進の育成が行われるためには、それによって自分の雇用や地位が脅かされないことが大前提となるため、長期雇用の堅持が必要となるわけです。
したがって、いわゆる正社員を定年前に解雇することは重大な約束違反であり、法的にもかなり強く規制されているのも当然のことです。
いっぽうで、派遣や有期契約などのいわゆる非正規雇用は、景気や需要の変動に対応するために一定程度は必要で、多くの場合「1年」などの期間を定めた契約とされています。したがって、期間満了前の契約解除は正社員の途中解雇と同様、あるいはそれ以上に重大な約束違反となります。
そのため──ここが重要なポイントですが──雇用確保に努力したにもかかわらず、減産などの事情によって雇用人員の減少が避けられない場合には、定年・期間満了を問わず、約束した期間が到来した人から順に退職していただくことが、約束に沿った運用となるわけです(これは「解雇」ではなく「定年退職」「契約満了による雇い止め」であることは言うまでもありません)。
ですから、いわゆる整理解雇の4要素において、正社員の整理解雇に非正社員の雇い止めを前置することが求められていることに対して批判的な意見が一部にありますが、これも実務的には必ずしも正確ではなく、非正社員の雇い止めと並行して定年退職の不補充、いわゆる「自然減」も同時に前置されていて、「約束した期間が到来した人には順に退職していただいて」なお人員整理が必要であれば、期間の到来していない人、代表的には正社員ですが、契約期間が満了していない派遣や契約社員なども削減の対象としていく、というのが実務的な筋道になるのではないでしょうか(まあ、現実にはこの筋を外れて、期間満了前の契約社員の解雇や派遣の中途解約も行われているようですが)。
そこで、非正規雇用を禁止して、全員を「定年までの有期雇用」にしたらどうなるか、ということですが、雇用調整が必要となったときに、定年退職や自己都合退職などを補充しない「自然減」がまずは行われるでしょう。これは「約束の期限がきた人から」という意味でまったく同じことですが、当然ながらそれではすぐに追いつかなくなるわけで、そうなると早い段階に大きな規模で定年前の人を削減していかざるを得なくなります。そのときに、どのように削減していくかは労使できちんと協議しながら進めていくことになるのでしょうが、いずれにしても、すべての人が景気後退期には解雇のリスクを負うことになります。
そうなったときに、果たしてこれまでのように生産性向上や後進育成が行われるでしょうか。「頑張って生産性を上げて必要人員を減らしたら、景気後退期に解雇されやすくなってしまう」「後進を育成せず、自分だけしかできない仕事を増やしたほうが、いざというときに解雇されない」ということになりはしないでしょうか。後進の育成が行われなくなると、企業は求めるスキルを持つ人を中途採用、必要によっては引き抜きで確保しようとするでしょう。そうなると、企業としても「従業員を育成しても引き抜かれるだけ」ということになって、人材育成に取り組まなくなるでしょう。こうなると、従業員は自分で、いわゆる「自己責任」でスキルを高めていかなければならなくなります。それができる能力を持つひとはどんどんスキルを高め、より解雇されにくく、より処遇も高くなります。いっぽう、企業や上司・先輩の支援・指導があればスキルを高めることができるにもかかわらず、「自己責任」ではそれが難しいという多数の人たちは、より低いレベルの仕事、解雇されやすく処遇も低い仕事にとどまり続けることになり、社会の格差は確実に拡大するでしょう。米国などには類似の状況があるともいわれますが、これはこれまでのわが国の「正社員」とは似ても似つかぬもので、むしろ「非正社員」に近いものでしょう。
つまり、非正規雇用の原則禁止は、全員正社員という楽園ではなく、全員非正社員という形での、ある意味では機会均等な社会を招来することになりそうです。どちらを選ぶかは国民の選択でしょう。現在、望まずに非正規社員となり、そこから脱せない人などは、本人にとってless hatefulな選択肢として、全員非正社員社会を望むかもしれません。舛添厚労相は、さすがに全員非正社員社会を念頭に規制強化を主張しているわけではないと思いますが。